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能ある夫は爪を隠す  作者: 神月いろは


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37.婚前契約書

母の再婚相手の娘と話す事になり…

「あの…ご兄弟は?」

「兄が1人おります」


目の前の娘さんがここまで来るという事は、この再婚に反対はしていないのだろう。しかし兄はどう思っているのだろう。高齢の再婚は財産や介護の問題があり、特に子供が反対する事が多いと聞く。

相手がなんでも聞いてくれって言ったから聞いてみた。すると微笑んだ娘は


「正直申し上げると兄は初め反対しておりました。しかし父の真剣な想いと事前に婚前契約書と遺言書を作成する事を条件とし、その契約書作成に兄が関与する事で、2人の再婚を認めた次第です」


そうなるだろう。お兄さんは跡取りで代々続く病院を継ぐ。ポッと出の後妻に口を出されたくないと思うのは至極当たり前だ。田舎で名家の笹川家だから資産も多いだろう。

揉めることの無いように婚前契約書の作成なんて、ハリウッドスターの結婚でしか聞いた事ないが、

これについては母も同意しているそうだ。別に私は母の遺産が欲しい訳では無いが、決める前に一言話して欲しかった。そう思うともやっとし口調がきつくなる。


「母からお聞きだと思いますが、私は近いうちに夫の故郷に移住し、遠方の為簡単には帰国する事は出来ません。だから母に何かあっても駆けつける事が出来ないし、私以外身寄りのない母に介護が必要になった場合…」


母の介護を心配すると娘さんは鞄からパンフレットを取り出しテーブルに置いて


「私は父の病院と提携し老人介護施設を経営しております。雅子さんも生活が困難になった場合は、ウチの施設に入る事を望まれており…」


そう言い母の老後の心配は要らないと言い、最後まで看取る事を約束した。そして母が笹川先生の遺産相続を放棄するかわりに、娘さんの介護施設に無償で入る事になっている。

母は元々定年した後に再雇用まで働き年金は十二分にあるし、自宅を売却すれば施設の入居の初期費用も払う事が出来るはず。しかしそこは先生と娘さんの気持で負担した貰えることになっている。


「香里さんからしたら突然現れた者に親を任せるのは不安でしょう。ですが安心して下さい。雅子さんとは仕事でもご一緒し長い時間過ごしてきました。雅子さんは尊敬の出来る女性です。何より雅子さんと再会してから父が元気になりまして、兄が病院を継ぐのが遠くなったと嘆いておりましたわ」


そう言い娘さんは楽しそうに笑い、先生は娘さんに喋り過ぎだと苦笑いをした。今のやり取りで親子の関係が良好である事が見て取れた。それに母の事を大切に想ってくれているのがよく分かる。でも…


「お2人の仰りたい事は大体分かりました。しかし私からしたら突然沸いて出た話にすぐ受け入れる事はできません。ですからお時間をいただきたい」


そう言うと真剣な表情をし頷いた2人は、最後に母を家族だと思っていると言い、出来れば年内に籍を入れたいと話した。

こうして短い時間で母の再婚相手と話をした。話を終えた時点で井鷺氏が2人に退室を促し、2人は職員と共に部屋を出て行った。

そして井鷺氏と2人になると井鷺氏は(母の事を)今まで黙っていた事を謝罪した。それに関しては母が自分で話したいとい願った事だし、ウチの家族の問題だから井鷺氏が謝る事ではない。それより…


「正直な気持ち(王国への移転は)まだまだ先だと思っていました」


夫にも言えない本音。心に留め置けず思わず口に出してしまった。すると井鷺氏は何も言わず静かに聞いてくれている。変な慰めや相槌が無く妙に安心してどんどん口が軽くなり、本音がどんどん出て来る。


「私ね親を最後までみて上げたいと思っていたけど、それを母は望んでいなかったと知りショックだった。それに母は自分の事より夫と永人を優先しなさいって…」


それは至極当たり前の事だ。親も大切だが今は私も親になっている。子供の事を思えば早くクラトスカ王国に行って、永人を環境に慣れさす必要がある。

でも結局私は母を言い訳にして自分がクラトスカ王国に行きたく無いのかもしれない。私の事が自分よりも大切な夫の気持が分かっていてあの条件を出したのだ。


「結局私が一番我儘で皆さんをそれに巻き込んでしまったんだと今気づきました」


そう言うと涙が溢れ視界が滲む、そんな私に井鷺氏がハンカチを差し出し何か言おうとしたら…

お読みいただき、ありがとうございます。

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