第163話 関西Div2第12節③
(簡易人物メモ)
荒木健吾: 守山Stilキャプテン
中谷晴人: 守山Stil所属MF
梅宮圭司: 守山Stil所属FW
※その他選手は割愛
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(どういうことだ…?)
関西2部リーグ第12節、南紀ウメスタSC対守山Stilの一戦は後半の45分間に突入していた。
しかし守山Stilのキャプテン荒木健吾の頭の中に浮かんだ疑問符は、時間が経つにつれてその数を増していった。
はじめの違和感は後半開始前。守山Stilイレブンがハーフタイムのミーティングを終えて、ピッチに戻ると、南紀ウメスタイレブンは全員すでにピッチに入ってアップを行っていた。時間ギリギリまで打ち合わせを行ってもおかしくないような前半の出来ではなかったか。
次の違和感は選手交代のアナウンスがないことに気がついた時である。少なくとも中盤の#08三瀬学人だけは下がると思っていた。そして違和感が明確に疑問へと変わったのが、キックオフ直後である。
ハーフタイムにおける監督の言葉を思い出す。
ーーー後半ウメスタは間違いなく全員守備からのカウンターを狙ってくる。ラインの裏ケアだけはしっかりやっておけ。
荒木を含めて選手達はそれこそ全員何の違和感も覚えずに監督の指示に頷いた。なぜなら、監督と同じように、選手達もまた前回対戦した時のようにウメスタが最終ラインを下げてくると確信していたからだ。
だからこそ驚いた。後半が始まると同時にウメスタは、果敢にも前半と同じようにラインを保ったまま、引き続き三瀬をはじめとする中盤にボールを集め始めたのである。
それを前半通じてやりきった結果、ウメスタのシュートはたったの2本。枠内シュートはゼロであったことの意味を、彼らが理解していないとはとても思えない。
仮に前半のやり方以外のゲームプランをまったく用意していなかったとしても、勝ちたければ、後半は別の方法を選ぶはずなのだ。
「ーーー荒木さん!」
チームメイトの言葉に思考を中断して荒木は走り出した。相手右サイドバックの#13若村のパスが弱く、パスカットを狙った守山StilのFWと相手ボランチの#06大西がもつれ、ボールがアタッキングサードに転がっていく。
素早くボールを拾い上げた荒木は視界の隅で捉えたFW梅宮の走り出しに合わせてスルーパスを選択した。
しかしそのボールは梅宮に渡る前に、パスコースに素早く身体をいれた相手DF#05源口によりカットされた。
「おらぁ!」
源口の咆哮とともに高々とボールは空に舞い上がり、守山Stil陣内に戻される。梅宮は舌打ちをして再びギアを入れ替えるように走り出した。
不思議でならない。これほどまでに押し込まれれば苦しいはずだ。試合を通じて守山Stilが流れを握っているはずなのに、なぜそんなにも活き活きとした表情でプレイできるのか。
そんな時、スタジアムから大きな歓声が上がる。周囲の状況を見てすぐに理解した。選手交代の知らせである。
6月の大怪我から3ヶ月。右サイドバックの白井慶太がピッチに戻ってきたのである。交代で下がる#13若村は足が攣っているのか、ピッチに横になって応急処置を受けていた。
「荒木さん」
中谷晴人が選手交代の折に荒木に声をかけた。
「ポポ、疲労は大丈夫か?」
「全然、余裕です」
中谷は今日マッチアップ相手である南紀ウメスタの三瀬をほぼ完封していた。前半の途中から相手は前を向く素振りすら見せなくなったが、それでも三瀬にボールが入るたびに全力で寄せに行く作業を中谷は丁寧に繰り返していた。
一方で彼の言葉通り、体力にはまだ余裕がありそうである。試合展開が想定通りに運んでいることによるメンタルの影響が身体的にも良い方向に作用しているのかもしれない。
とはいえ、未だ得点はない。チャンスらしいチャンスはいくつかあったが、いずれもDFやGKのセーブによってゴールを阻まれていた。
「そろそろ上がっていいですか?」
「なに?」
この前話したことですよと中谷は続けた。
これまで守山Stilは中谷がボール奪取、荒木がカウンターの起点として明確に役割分担して戦ってきた。しかしその形で得点が入らなければ、勝ち点3を奪いに行く上で、やり方を変える必要がある。
中谷がボールを奪ってからそのままドリブルまたは味方にボールを預けてポジションを上げることで、攻撃の起点を荒木と中谷の二人にするというのが中谷の主張だった。
しかし守山Stil監督の回答は中谷が期待していたものではなかった。中谷が上がることによるカウンターのリスクを取れないとの判断だと荒木は整理した。一方で、戦術的なオプションとしてタイミングを見てやること自体は監督も否定していなかった。
「監督が決断するまで待つべきだよ、ポポ」
「ーーーいや、俺は上がります。試合内容でここまで圧倒していて、結果スコアレスドローなんて冗談じゃないですよ」
「ーーーおい」
「ここまで相手の攻撃を抑えてきたんですから、少しくらい冒険したってバチは当たらないでしょ」
「ポポっ!」
荒木の呼び止める声を中谷は背中越しに聞きながら、右手を挙げて返事の代わりとした。
荒木はため息をついて気持ちを落ち着ける。監督と選手の意見が分かれる時などいくらでもある。
こういう時はどちらに寄せるべきか。…中途半端に意見が割れるくらいなら、もう中谷に乗っかった方がいいのではないか。そう思った。
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プレッシャーを受けた時に咄嗟に右足を軸として左足でコントロールしようとする癖がある。必ずではないが、ほとんどの場合はそうだ。
例えば今のタイミング。浮き球を処理するところではプレッシャーを与えない。ボールが芝に落ちる直前に、がっと身体を寄せれば相手が僅かに硬直する。中谷は相手に体重を寄せたまま股の間から右足を出して、#08三瀬のトラップを邪魔してみせた。
ボールが一瞬コントロールを失った時を見定めて、中谷は三瀬を押しのけるように身体を入れ替えた。ボールの動きを予想できていた者とそうでない者では、プレイのトランジション(切り替わり)における初速が変わるのである。
「パスコース!」
南紀ウメスタの選手が三瀬に対して声を上げた。三瀬が頭をわずかに振って確認したのは、荒木のポジショニングだった。さすがにここまで何度もボールを奪われていれば、奪われない工夫と同じように奪われた後のプレイも工夫し始めるのだろう。
そんなウメスタ側の予想を裏切って、中谷は大きな一歩を踏み出して、ドリブルで自らが前進した。
「!!」
「ポポっ!」
三瀬を抜いてもその先には#20中城、#06大西のダブルボランチが行手を阻む。二人を抜き切れる自信もあったが、一瞬視界の片隅で捕まえた荒木と目が合うと、中谷はすかさずパスを選択して、そのまま減速せずに相手ボランチの間を駆け抜けた。
「ワンツーだ!」
相手が気づいた時には、すでにボールは中谷の足元に吸い付いていた。荒木からのダイレクトパスを受けバイタルエリアへ斜めに侵入する。その表情には笑みすら浮かんでいた。
ウメスタもこの一連の流れで守山Stilが仕掛けてきたことをすでに認識していた。ボールホルダーである中谷を止めるべく一斉に周りが動き出す。
ウメスタの守備陣はもちろん、守山Stilの選手達、荒木でさえ、中谷がいくところまでいってゴールを決め切ることを想像しているのかもしれない。ここまで守備一辺倒でプレイしていた選手がオーバーラップして得点を上げるのはストーリーとしては綺麗だ。
しかしポジションを流動的に動かしながらチャンスメイクするのはスペインのフットボールではいたってノーマルである。中谷の頭の中は冷静だった。
ペナルティエリアぎりぎりのラインまでセンターバックが距離を詰めてきたところを見計らって、シュートコースを防ぐことで精一杯のウメスタDF陣の間に、中谷はゆるいパスを通した。そして、源口の背後から飛び出した守山StilのFW梅宮がそのボールを丁寧にトラップする。
梅宮は、迫り来る相手GK#22久保田を一目見ると、咄嗟の判断にて繰り出した山なりのシュートが、久保田の頭上を越えた。
なんて美しいフットボールだと中谷は半ば悦に入っていた。ボールは軽くバウンドしながらも一直線にゴールラインに向かって転がっていく。あとは最後に花を添えるだけだった。
GKの久保田を含めて全員が動きを止めているように感じられた。今から追いかけても間に合わないところにボールはある。その状況はドラマのワンシーンのようだった。
しかし、ボールは白線を跨ぐ前にその勢いが止まる。まだ監督からカットの声は聞こえていないというのに。
突如として横からカメラにフレームインしてきた背番号21、白井慶太の伸ばした左足がボールを止めていた。
「白井!」
「ナイスディフェンスだ白井ーーー!」
ペナルティエリアに近づくとゴール裏のサポーターの声ははっきりと聞こえてくる。中谷の演出したゴールは幻に終わった。
あの時ーーー全員が中谷を目掛けて走っていたわけではなかった。白井だけはDF陣が突破された後のことを考えて、一直線にゴールへ向かっていたのだ。
守山Stilの選手が叫んだのが聞こえた。それは予告だ。白井は立ち上がると、完治した右足を振りかぶって、前線に大きくボールを蹴り出した。
「ーーーカウンターだ!」
守山Stilは全員で攻め上がっていたわけではない。なぜなら彼らの攻撃もまたカウンターの場面から始まっていたからだ。ウメスタの両ウィングが低い位置に留まっており、最前線に張る#09カンソジュンには、センターバック2人がしっかりとついていた。
その2人に囲まれながらも、白井から託されたボールをソジュンがなんとか頭に当てると、芝と泥に塗れたボールが再び宙を舞う。
競り合いを終えた3人は、ボールの行方を追うように振り返った。しかし、後方から全力で走ってきたナンバー8が、誰よりも早くそのセカンドボールを拾い上げたのである。
「三瀬ーーー!」
白井がボールを奪った時、誰よりも早く前を向いていたのが#08三瀬であった。試合開始から中谷に削られ続け、体力は限界を迎えていた。それでも足を前に進めるのは、これがまさに千載一遇のチャンスだからである。
ソジュンと競り合っていたセンターバックが猛然と三瀬の後を追いかける。左から#16椋林が駆け上がってきた。
外から見ればプレイの選択肢は複数あるように見えたが、三瀬は中谷とはまったくタイプの違うプレーヤーであり、自分で決められる限りは自ら決め切ること以外頭にない。椋林の存在は眼中になかった。
GKとの駆け引きが始まる。先程の梅宮のシュートのように頭上を抜かれるリスクを考えればキーパーは迂闊に飛び出せない。
右からキーパーを抜く。
三瀬は最初からゴールの絵を決めていた。その上で、そこからキーパーの裏をかくための細かな演技が始まる。
ドリブルの中であえて大きめにボールを蹴り出した瞬間に、相手GKが一気に距離を詰めてこようと前傾姿勢になる。
結果として、三瀬はGKを抜くことができなかった。
なぜなら、三瀬は後ろから迫ってきた守山StilのDFに倒されて、芝生に転がっていたからだ。
「DOGSOだ!!」
唯一ゴールに絡むことができた椋林が大きな声を上げた。
DOGSO、Denying an Obvious Goal-Scoring Opportunityとは、決定的な得点機会の阻止を意味する反則行為のことである。
レフェリーの笛が鳴り、倒したDFに対して赤いカードが提示される。
バイタルエリアとペナルティエリアのほぼ境目で倒されたように見えた。微妙な場所だと、椋林は固唾を飲んでレフェリーの挙動に注視した。
そして、レフェリーは倒れた三瀬にゆっくりと近づき、そのまま通り過ぎると、ペナルティエリアをはっきりと指差したのだった。
つづく。




