第164話 関西Div2第12節④
(簡易人物メモ)
三瀬学人: 南紀ウメスタSC所属MF
中谷晴人: 守山Stil所属MF
田村泰輝: 洲本淡路FC監督
伊東誠也: 洲本淡路FCエース
大嶺: 洲本淡路FCキャプテン
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試合終了を告げるホイッスルの音を聞いた時、三瀬学人は空を眺めていた。
ハーフタイムにおける南紀ウメスタSC監督の栗田からの指示の通り、三瀬は愚直に前半のプレイを繰り返した。
三瀬は何もやり方を変えなかったのだ。ボールを持ったらシンプルにゴールの可能性が高まるプレイを選択する。それが終盤の飛び出しに繋がったが、それは三瀬が相手のディフェンスを突破したからではない。変わったのは守山Stilの方だった。勝ち点3を奪いにいくため、機能していたシステムをいじったのだ。振り返ればそこが唯一の付け入る隙だった。
結果は1-0。ペナルティエリア内で倒された三瀬が自らPKを決めて、その後は全員で守って、南紀ウメスタSCが逃げ切った。
走り切った充実感や望む結果を得られた達成感もあるはずだったが、マッチアップ相手に手も足も出なかったという事実がそれらを覆い隠しているような複雑な心境である。
視界からぬうっと手が伸びてきて焦点をそこに合わせると、守山Stilの中谷晴人が倒れ込んだ三瀬に手を差し伸べていた。
機械的にその手を取って三瀬は立ち上がる。中谷はどこか爽やかな表情でピッチを見渡していた。
三瀬は珍しく謝ろうと思っていた。スペイン三部なんてたいしたことない、そんなように煽ったように記憶しているが、その認識は見事に砕け散った。
正直格が違うと思った。テクニックもフィジカルもスピードもスタミナも…。監督から指示を受け、チームメイトから声をかけられ、半ば心に蓋をしてプレイしていたが、怖くて仕方がなかった。
「ーーー僕の負けだね」
先に口を開いたのは中谷だった。三瀬は眉をひそめた。
「…どこがですか。まるっきり歯が立たなかった…」
「関係ないよ。1対1サッカーなんて競技はこの世にないからさ。チームの結果は個人の結果」
ストライカーはたとえ100回ミスしても、101回目にゴールを決めれば仕事をしたと評価される。それと同じことだと中谷は言っているように感じた。
「…中谷さんは、どうしてここでサッカーをやってるんですか」
「ん? だから言ったでしょ。滋賀県にJリーグクラブを誕生させたいんだ」
中谷と同じ理由でサッカーをやっている人間がウメスタにもいる。しかし、どちらも三瀬には理解できなかった。
「ああ、三瀬くんはそういう理由じゃなかったね。上手くなりたいの? 世界で活躍したい?」
素直に頷けなかった。地域リーグの社会人サッカーチームの選手相手にこの様である。そもそもプロを目指す資格があるのかどうかすら今はわからない。
「あのプレイ…僕ならパスしたな」
「え?」
「左ウィングが上がっていた。うちのDFはヨーイドンのかけっこでもう全然負けてて、彼…16番はフリーだった。キーパーと駆け引きするようなリスクを冒さず、パスが正解だったと思う。…でも君のプレイはシュートだった」
その時に確信したと中谷は要領を得ない言葉を続ける。
「君は僕には勝てない。でもそれは……極端な話、ゴールキーパーがシュートの技術でフォワードに勝てないと言ってるようなもんだよ」
「…わかりませんね」
「そっか…じゃあ、もしそれを周りが何も言ってくれないのだとしたらーーー君は早くチームを出た方がいいと思う」
「それ、どういう意味ですか?」
言いたいことだけ言って背を向けた中谷の後についていこうとして、足首の痛みに邪魔された。
無理しすぎたかと、三瀬は足元に視線をやった。意識すると、どくんどくんと心臓の音が大きく聞こえてくるようだった。
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「ほらな」
思っていた通りだと言わんばかりに洲本淡路FCの伊東誠也が立ち上がった。
ゲームは生き物だ。戦術も技術もパワーも関係なく、ゲームの流れを掴めるかどうかが重要だと彼は口にする。
キャプテンの大嶺は釈然としない表情でピッチの上で喜ぶ南紀ウメスタイレブンを見つめていた。
「内容は明らかに守山だった。こういう結果はフェアじゃない」
「はっ、フェアもくそもねえよ。勝ったほうが強いんだ」
結果としては今年の関西2部リーグはあと2試合を残して、勝ち点3差の中に3チームがひしめく接戦となった。
二人のやりとり聞きながら洲本淡路FCの監督である田村は、次節そして最終節に対戦する2チームの姿を改めて観察する。
次節の南紀ウメスタ戦。もし落とせば、目の前の守山Stilと同じ状況が自分たちにも待っている。
「ウメスタは最後どことやるんだっけ、田村さん」
「聖フィリップ。守山Stilに黒星をつけたチームだから何とも言えないが、順位で考えるなら、よほどのことがない限り、ウメスタは落とさんだろうな…」
「なるほどねえ。ーーーてことは、あれか。次の試合、勝った方がほぼ昇格するってことか?」
伊東の言葉に田村が頷いた。
次節、洲本淡路がウメスタを退ければ、仮に守山が次節勝っても勝ち点差は3のまま変わらない。守山Stilは守備のチームであるが故に得失点差を稼げていない。最終節の直接対決で仮に守山Stilに負けることがあっても、洲本淡路の昇格は固いだろう。
一方、南紀ウメスタが洲本淡路に勝てば、最終節を残してウメスタが単独首位となるため、洲本淡路と守山Stilの直接対決の結果に関わらず、ウメスタは残る聖フィリップ戦を勝利することで昇格が決定する。
「わかりやすいじゃん。そんじゃあ、ウメスタぶっ倒すか」
「…伊東、なんか策があるのか?」
大嶺の質問を伊東は鼻で笑った。
「今までウチが作戦なんか立てたことがあったかよ、大嶺さん」
「あるわ! おまえがいつも自由にやってるだけだ」
「じゃあ…ここは頭でっかちの監督さんに聞こうぜ」
「おまえ、ちょっとはリスペクトしろよ!」
伊東の名誉のために一言添えると、彼は彼なりに周囲へのリスペクトはある。ただ言いたいことをズバズバ言う性格かつ言葉遣いが子供なだけだ。
「…少なくとも、この試合は彼らの力を測る上ではあまり参考にならない。かなり特殊な展開だったな」
「ほーん…じゃあ見に来た意味なし?」
伊東の問いかけに答える代わりに田村はピッチの方に視線を向けた。
ピッチ上では、今日決勝点を挙げた三瀬学人がチームメイトに肩を担がれてロッカールームへ引き上げていく。
「…ウメスタの8番は次の試合出られない可能性がある。それが分かっただけでも収穫だよ」
「8番なんてたいしたことなかったじゃん」
「覚えてないのか? 前にあいつらとやった時、直接フリーキック決められただろ」
「…そうだったっけ? 俺が活躍した記憶しかないわ」
5月に彼らのホームで対戦した際、三瀬に直接フリーキックを決められながらも、伊東がハットトリックを含め全得点に絡む活躍により、4-1で圧勝していた(第140話参照)。
「とにかく、ウメスタのセットプレイはほとんど8番が蹴っている。欠場の影響はそれなりにあるだろう」
「セットプレイは流れに関係なくスコアが動きますからね」
幸い、洲本淡路はほぼフルメンバーで当日を迎えられそうである。しかもホームゲームだ。
今日の試合を見る限り、ウメスタのサポーターはリーグカテゴリ以上の規模であるが、そこに関しては淡路の島民が支える当クラブも引けを取らない。
「まぁ、それなりに昇格を決める相手としては相応しいんじゃない? 実際守山Stil倒して上がってくるわけだし」
「ああ、そのマインドで合ってるよ、伊東。リーグ最強決定戦だ。試合が楽しみか?」
田村の問いかけにエースの伊東は自信を持って首を横に振った。
「そんなわけないだろ。うちが昇格すれば内容はなんでもいい」
決戦は1週間後。
淡路島で両チームが火花を散らす。
(第12節)
南紀ウメ 守山ステ
1 ー 0
70' 三瀬(PK)
最高評価点: 久保田圭吾(8.5)
(順位表)
1. 洲本淡路 28(勝点)
2. 南紀ウメ 26
3. 守山ステ 25
4. 高砂サン 23
5. 京都紫電 13
6. 難波シテ 08
7. 聖フィリ 04
8. 松原大学 03
つづく。




