第161話 関西Div2第12節①(21/9月)
(簡易人物メモ)
栗田靖: 南紀ウメスタSC監督
下村健志: 南紀ウメスタSCヘッドコーチ
※選手は割愛
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2021年9月。今シーズンの昇格を占う運命の3連戦の初戦が幕を開ける。リーグ3位の南紀ウメスタSCが同リーグ2位の守山Stilを迎え撃つ。前節から続いてのホームゲーム開催である。
黒船サッカーパークのロッカールームに選手達を集めた監督の栗田が、当日のスターターを発表した。
(スターター@11)
ソジュン
椋林 畑中
三瀬
中城 大西
ティル 源口 榎本 若村
久保田
(ベンチ@9)
FW: 西野、手塚、アド
MF: 平、堀尾
DF: 坪倉、大橋、白井、(江崎)
GK: 礒部
「よし。改めてになるが…まずは相手のハイプレスに対して、確実な突破方法はない。試合が始まってから相手がどこでボールを刈り取りたいのか見極めて、周りと連携して対処するアドリブ力が必要だ。…だが、前にあいつらとやった時みたいに引いて守ることはしないぞ」
リーグ2位の守山Stilとの勝ち点差は2。ここで勝ち点3を積み上げることができれば、ウメスタは今シーズン初の昇格圏内に浮上する。そして、単独2位に上がってからは他会場の結果を気にする必要がなくなる。目の前の試合を勝っていけば、来季1部への昇格切符が手に入るのだ。
裏を返すと、この試合は引き分けではダメだ。これまでと同じように勝つことが求められる。したがって得点チャンスを自ら減らすような守備戦術は取らないという栗田の判断に、選手達は同意した。
ポイントはゲームの入りと先制点である。守山Stilのハイプレスを掻い潜り、攻撃陣にボールを供給できるか。そして先制点を奪って、最終ラインを下げて守り勝つという戦術のオプションを手持ちのカードに加えられるかである。
「次に攻撃だが…ハイプレスを突破すれば勝ちが見えてくるかと言うと、そうでもない。相手の守備力はリーグNo.1。『守りの守山』と自負してるだけある。だから攻撃陣、気合でどうにかしろ」
選手の数人から笑いが起きる。冗談で言ったわけじゃないと栗田が声を荒げた。
「俺が攻撃に関してごちゃごちゃ指示するタイプじゃねえのは知ってるだろうが」
「分かってますよ。試合の中で具体的に思いついたことがあれば指示してください」
キャプテンマークを巻いた畑中がその場を締めると、部屋の隅でいつものようにリンゴジュースを飲むカンソジュンの元へ歩み寄る。
『ソジュン、調子はどうだ?』
『ん〜…ちょっと身体が重いかな』
『おう、わかった』
ソジュンは非常に感覚的なプレイヤーである。先程の畑中の質問はほぼ毎試合のルーティンであり、身体が重いと答えた時はいわゆるノーマルな状態だ。ちなみに元気だと答えた場合は遊びのプレイを混ぜてくるのでアシストが増える。ちなみにちなみに調子が悪いと答えた場合は出さない方が良い。
栗田は畑中が頷いたのを確認してから、選手達の背中を押した。
「よし、いってこいや。死んでも勝て」
「あんまり監督が言っちゃいけない類のセリフですよそれ」
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今日で2試合目の先発となる源口康生は、その場で軽く跳躍して試合に入る前のアドレナリンスイッチを入れる。この特徴的な黒の差し色が入った白梅のユニフォームにも慣れてきた。
ふと横を見ると、相方の榎本壮一がその場で大きく深呼吸して、まっすぐに視線を前に向けていた。
「榎本」
「はい?」
「多分またおまえに来るぞ」
第3節アウェーでの守山Stil戦は、キックオフ直後から、センターバックに対して強烈なハイプレスを掛けてきた。ウメスタの早い段階での失点は榎本のパスミスから生まれたことを対戦相手を研究する中で、源口は映像で確認していた。
榎本は意識して笑おうとしたのか、わずかに口元から息が漏れる。
「大丈夫です。前節終わってからハイプレス対策の練習しかしてないわけですから」
「おう。俺が足を引っ張らないように気をつけないとなぁ」
昨今のサッカーのトレンドであることもあって、Jリーグでも前線からプレスを掛けてくるチームは多い。元々ボランチからセンターバックに転向した源口はそれなりに足元のボールの扱いには慣れているつもりだが、その源口から見ても榎本のボールタッチは柔らかい。いつも通りやれれば問題ないはずだ。
「源口さん、ありがとうございます」
「…くるぞ!」
レフェリーの笛が鳴り南紀ウメスタボールで前半の45分が始まった。#09ソジュンがちょんと出したボールを#20中城がDFラインまでバックパスした。勘のいいサポーターならば、それだけでウメスタの今日の戦い方がわかるだろう。
大きく前に蹴り出して相手にボールを渡しながら守備陣形を整えるカウンターサッカーをやるつもりはない。あくまでビルドアップを前提とした攻撃的なサッカーをやるというウメスタの意思表示であった。
予想通りセンターバック目掛けて猛然と突っ込んでくるのは守山Stil所属FWの梅宮圭司である。#05源口は、梅宮に連動して動く両ウィングの距離を確認しながら、一旦横にスライドして#15榎本へボールを出す。それを狙っていた梅宮が一気に加速して榎本との距離を詰めた。
榎本はボール、相手FW、左右の味方の位置に視線を配ってから、一旦ボールを止めてすかさず左サイドに蹴り出した。梅宮はボールの行方を追いながら足を緩める。先程まで最終ラインに混じっていた新加入の左サイドバック、#24ティルタットがハーフウェイライン付近でボールを収めた。
「よーし!!」
「それだよそれ」
その様子を眺めていた下村が大袈裟にガッツポーズをかます横で栗田がゆっくりと手を叩いた。
#24ティルタットはきびきびとした動きで縦に速いボールを供給したが、相手DFの出足が早く、#16椋林がパスを受ける前にカットするもボールはラインを割った。
「とりあえず第一段階はクリアですね」
下村の言葉に栗田は大きな反応は見せなかった。イレギュラーな状況でもない最終ラインのパス回しでプレスに捕まるようでは勝負にならない。それすらできなかった前回対戦の例があるので強気な発言をするつもりはないが、言ってみれば当たり前である。
そして問題はここからであった。守山Stil攻略のポイントは決して最終ラインのボール処理ではない。
ティルタットのスローインから試合が再開されると、ピッチを横切るようにウメスタはパスを繋いでいく。しかしピッチ中央で#08三瀬がボールを持った瞬間、背後からのプレッシャーを感じて、思わず前を向くことなくそのまま一列後ろの#20中城へボールを戻した。
やや慌てたように中城がボールを受けると、ピッチを広く使うべく、右サイドの畑中へ展開する。
「あれ、来ないの?」
三瀬が振り返ると、ボール奪取に走ってきた守山Stil所属の中谷晴人が笑みを浮かべていた。
守山Stilのシステムは4-3-3。ほぼウメスタと同じ陣形であり、中盤3枚の中で守備的な役割を担っているのがこの中谷だ。守山Stilは中谷にボールが渡る=攻撃の始まりであり、彼が攻守の切り替えスイッチとなっている。
「三瀬くんだっけ。まだ20歳なんだよね、若いなぁ」
試合中であるにも関わらず独特な絡み方をする中谷に、血気盛んな三瀬はもちろん突っかかっていく。
「中谷さんこそ若いのに、なんだって社会人サッカーなんてやってるんですか?」
「滋賀の生まれだから、かな」
「もっと高いレベルでやりたいとは思わないんですか」
「それはもうスペインで経験したよ」
「…3部ってレベル高いんですか?」
その答えを聞く前に前線から跳ね返ってきたボールがピッチ中央に飛んでいくと、半ば強引に中谷を押し除けてポジションを確保した三瀬が、ジャンプして胸トラップする。しかし着地と同時にすかさず三瀬の懐に入った中谷がボールを奪い取ると、バランスを崩して三瀬が倒れた。周囲の選手が手を挙げて主審にアピールするも、レフェリーの笛は鳴らない。
「…それは今日教えてあげるよ三瀬くん。この試合はたぶん、君と僕の勝負になるみたいだからね」
三瀬がすぐに起き上がり奪い返そうとするも、間髪入れずに中谷はひとつ前に待機している守山Stilのキャプテン、荒木健吾にパスを送った。
「…スペインでのプレイ経験があるからテクニックに注目しがちだが、中谷はフィジカルも悪くない」
「そう、みたいですね…」
一連の流れをベンチから見つめていた栗田が口を開いた。隣の下村がピッチから視線を外して頷いた。
中谷のスペイン3部におけるキャリアは飾りではない。それくらいのことは強化部が調べてある。ほぼ先発メンバーの一角として戦力とみなされていた。
守山Stilの繰り出すハイプレスは、中谷の守備能力によって前を向けない中盤の選手が、バックパスや横パスで逃げるところから始まる。攻略の鍵は、中谷のプレッシャーを掻い潜って攻撃の起点を作れるかどうかであった。
しかし、やや分が悪い賭けであったと感じ始めているのは栗田だけではないだろう。
どういう経緯で関西リーグに流れ着いたのかは不明だが、あの負けん気の強い三瀬が、何の意図もないバックパスを思わず選択するほどのオーラを放つ相手である。
「中城に指示を出しますか?」
「…まだ始まったばかりだぜ。それに中城はそのあたり分かってるからな、言われなくてもやるよ」
中城のサポートをつけて、二人で中谷を突破するプランも練っている。もちろん相手もそれに合わせて人を割いてくるので数的優位を作れるとは思っていないが。
だがどのような戦術変更を行うにもまず三瀬の性格、プライドに配慮する必要があった。選手は心理的な状態が多分にパフォーマンスに影響する。一度ピッチに送り出したからには、まずは信じるべきだ。
「…今日は仕事しなくちゃあ、いけねえかもな」
「は…?」
この試合は引き際の見極めが勝敗を左右する。
嫌な仕事だと栗田は空を見上げた。
つづく。




