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黒船サッカーパークへようこそ!  作者: K砂尾
シーズン3(2021)

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169/173

第160話 淡海の侍

(簡易人物メモ)

荒木健吾: 守山Stilキャプテン

中谷晴人: 守山Stil所属MF

梅宮圭司: 守山Stil所属FW


ーーーーーーーーーー

 滋賀県守山市。日本最大の湖として知られる琵琶湖の東岸に位置する人口約8万人の都市で、京都や大阪へのアクセスに優れていることから、ベッドタウンとしても人気の街である。


 そんな守山市を拠点に活動する社会人サッカーチームが守山Stilだ。現在関西2部リーグに所属しており、和歌山県と同様にJなし県の一角として、県内初のJリーグクラブを目指す内のひとつである。


 滋賀県でサッカーといえば、野洲商業高校のイメージが根強い。高校サッカーにおいてはあまり馴染みのないパスを主体とする攻撃的なサッカーを提げてインターハイで旋風を巻き起こし、滋賀県勢として初の全国制覇を成し遂げた。


 それから15年。社会人サッカーカテゴリにおける滋賀県は一定の存在感を発揮している。まずはJリーグに最も近いアマチュアリーグJFLには、レイラーゴ滋賀。ひとつ下の関西1部カテゴリにレジェンダ野洲、そして関西2部には守山Stilが所属している。


 その守山Stilは現在リーグ昇格争いの中に身を投じている。第11節終了時点で現在2位。今年1部から降格した彼らは、このまま終われば無事に一年で1部リーグへの復帰が果たされるわけだが、下位との勝ち点差は僅かであり、残り3試合は当然ながら全勝が求められていた。



『ーーー試合終了! 南紀ウメスタSC、2位の高砂サントスFCに完勝です! これで第6節から6連勝、ついにリーグ3位に浮上しました! そして、次節からは2位の守山Stil、そして首位の洲本淡路FCとの連戦が控えております!』



 守山市内のマンションの一室。守山Stilのキャプテンである荒木健吾あらきけんごの自宅である。


 南紀ウメスタSCのwetubeチャンネルを流していたデスクトップPCの電源を切って、家主である荒木が椅子を回転させると、自室に招き入れた二人の顔を交互に見つめた。



「今シーズンのベストゲーム、ってところですか?」



 勝手に他人の家の冷蔵庫を開けてビールを飲みながら観戦していたのが、守山Stilのワンアンカー、中谷晴人なかたにはるとである。



「ここ最近な試合、全部見たわけじゃないが…少なくとも、春に俺らとやった時とはまるで別のチームだなあ」


「楽しみですね」



 屈託のない笑みを浮かべるのは酔いが回っているわけではなく、中谷のキャラクターである。



「いや楽しんでる場合じゃないっすよ!」



 一方、中谷に流されビールを煽ったせいで間違いなく酔っているのが守山Stilの先発FW梅宮圭司うめみやけいじである。リーグ戦第3節において南紀ウメスタSC榎本のパスミスを誘発させた、守山Stilが得意とするハイプレス戦術の要だ。



「俺らは勝たなきゃいけないの知ってるでしょ、荒木さん!」


「わ、わかってるよ…でも夏の補強で相手は確実にレベルが上がった。勝負の結果は時の運だけど、実力的にはもうワンランク上。1部リーグクラスだと思った方がいい」


「うちもじゃないっすけ!」


「噛んでる噛んでる」



 ビールで濡れた口元をごしごしと拭ってから、梅宮は改めて座り直した。



「俺は一年で1部に戻るためにStilに来たんすよ。是が非でも昇格しないと、いけないんすよ!」



 梅宮は昨年まで関西1部のレジェンダ野洲に在籍していた。梅宮の他にも、守山Stilが2部へ降格するとわかっていながら移籍してきた、いわゆる「レジェンダ組」が何人もいる。


 2021年の夏、シーズン半ばにして突然、クラブ運営会社の代表から、チーム全員にレジェンダ野洲の解散が発表された。理由は詳しく伝えられていないが、おそらく財政的な話なのではないかと思う。


 チームはJFLに所属する奈良生駒SCへ組み込まれる形になり、リーグカテゴリが上がることで喜ぶ選手もいたが、梅宮をはじめとして「滋賀県に初のJリーグクラブを誕生させる」志をもってボールを蹴っていた選手達は、揃って守山Stilの門を叩いた。


 サッカーIQの高いレジェンダ組が集まったことによって、「守りの守山」と評される伝統的な守備戦術は、ハイプレスを駆使した攻撃的なそれへと進化し、関西2部リーグを席巻するはずだった。


 しかしリーグ戦終盤に来て台頭してきたのが次節で相見える南紀ウメスタSCである。社会人サッカーチームであるにも関わらず、自前でJリーグクラスのスタジアムを保有し、巨大な資金力とwetubeを活用したブランディングによって才能を集めてきた新興勢力だ。


 オフシーズンに大型補強を敢行した洲本淡路FCが首位を走ることはある程度割り切っていたが、県リーグから上がってきたばかりのウメスタが、いきなり昇格争いに名乗りを上げたのは予想外であった。


 そしてこの2チームに共通しているのは、地元の大きな後押しである。両者ともスタジアムに訪れるサポーターの数が関西リーグのそれではない。そのままJ3に行っても違和感のない規模だ。第12節の南紀ウメスタ戦、そして最終節の洲本淡路戦はいずれもアウェイゲーム。守山Stilにとって乗り越えなければならない壁は高い。



「注意するのは前回対戦した時にいなかった補強選手だ。攻撃では#09カンソジュン、守備では#05源口。高砂サントス戦では二人の活躍が目立っていた。もちろん彼らだけじゃなくて、#16椋林の縦への突破、#08三瀬のセットプレイ…洲本淡路も似たような感じだけど、個の力は向こうが上回っていると考えた方が良い」


「そんなの、へっちゃらっすよ! こちとらポポさんがいるんすから!」



 普段は礼儀を重んじるタイプの梅宮は、ポポこと中谷の背中をばしばし叩いた。酒の席では無礼講であるが、そもそも酒の席を用意したつもりはない。



「ポポさんはスペインでサッカーやってたんすよ! 海外組です! ウメスタにそんなヤツいますか!?」


「海外組どころかカンソジュンは外国人なんだが…」


「ぐっ…ポポさんもなんか言ってやってくださいよ! あのぺぺの兄貴じゃないっすか!」



 ポポとは中谷がスペインの下部リーグでプレイしていた頃のニックネームみたいなものだ。さらに梅宮の言うぺぺとは、中谷晴人の実弟である中谷卓人なかたにたくとの愛称で、一時期は世界最強とも評されたスペインの強豪、エルマドリッドFCの下部組織に所属するユース選手だ。将来の日本代表を背負って立つ金の卵と言われている逸材である。



「弟の威光っていうのが格好悪いんだけど」


「まあまあまあ、でもぺぺの兄貴だったら自慢しても大丈夫っすよ! それに、荒木さんだって野洲の優勝メンバーじゃないっすか!」


「ううん…過去の栄光なんだよなあ…」



 守山Stilのキャプテンを務める荒木は、かつて2005年に高校サッカー選手権大会において、野洲商業高校で日本一の座に輝いた優勝メンバーのひとりである。高校日本一の看板を提げ、J2横浜アビオンズや栃木レザンFCなどでプレイした経験を持つ元Jリーガーだ。



「俺が足でかき乱しますんで! ポポさんがボール拾って、荒木さん決めちゃいましょう! たまには俺にも回してくださいね!」


「…ああ、できればな」



 今梅宮が口にしたのが、まさに今季における守山Stilの勝ちパターンである。


 梅宮を中心とした3トップが前線から激しいプレスを仕掛けることによって相手のミスを誘発する。プレイエリアの広い中谷が溢れ球を拾って、攻撃のタクトを振るう荒木へ繋げる。


 この場で唯一アルコールに頭をやられていない荒木は冷静に来週行われる大一番のシミュレーションしていた。前回ウメスタと対戦した第3節のスコアは2-0であったが、正直そこまで磐石に勝利したという印象は持っていない。


 後半、リードされているにも関わらず彼らは引いて守る戦術を取ってきたことはよく覚えている。次の直接対決に勝利するための布石として、その試合はある意味捨てたということである。選手の個の力だけでなく、クレバーなチームであると言わざるを得ない。実際にその作戦は当たっていた。


 ウメスタに限らず、極端に守備的な戦術を取られるとハイプレスは通じない。局面を打開できるような攻撃的な選手のいない守山Stilは、引いて守ってくる相手に対しては平凡なチームになってしまうのだ。2節前、最下位の聖フィリップに足元を掬われたのも結局はこの問題を解決できていないからである。



「荒木さんが自分で行かないからですよ」


「え?」



 2缶目のビールを空けながら、まるで荒木の頭の中を見透かすように、中谷が口を開いた。



「俺が自分で?」


「最後のシュートをFWに撃たせようとして逆算してるから、引いて守ってきた相手を揺さぶるような攻撃の引き出しがなくなるんです。荒木さんがFW陣に加わって、厚みを持たせればいいと思いますね」


「じゃあ誰がパスを出す?」


「…そりゃあ、僕しかいないでしょ」



 守山Stilの司令塔は荒木である。足元の技術やキックの精度に優れる荒木が3トップを動かしてゴールまでの絵を描くのが、今年の戦い方であった。中谷もテクニックという意味では荒木にまったく引けを取らないが、まだ20代半ばの動ける身体とスペイン仕込の戦術眼を評価され、攻撃と守備のリンクマンとして、荒木の一列後ろで使われている。


 中谷が提案しているのは、中谷がボールを奪い攻撃の起点である荒木に繋げるのではなく、そのままボールを保持したまま自らが起点となって、荒木+3トップを使うという意味であろう。


 マイペースで気分屋なところがある中谷からの意外な提案に荒木は驚いたが、首を横に振った。



「だめだ。そうすると守備が薄くなる。『守りの守山』なんだぞ、俺達は」



 荒木の答えに中谷は肩を竦めた。守山Stilに3年所属している荒木とは違い、中谷は梅宮らレジェンダ組と同じタイミングでチームに入ってきた新参である。



「…ポリシーを貫いて2部に甘んじるか、殻を破って上に行くか、悩むところじゃないと思いますけど」



 問題に直面した時こそ参加するチャンス。変化を恐れるクラブに将来はない。実際に守山Stilのサッカーは昨年から変わっている。しかしその変化をネガティブに捉えている選手は少ないだろう。


 攻撃の手段が限られていても、失点さえしなければ負けないというのが守山Stilのサッカーである。しかし今必要なのは勝ち点3。引き分けでは昇格に届かないかもしれないのだ。


 頭の中を整理した荒木は、よくわからないタイミングで腹を括ることになったなと苦笑した。



「……監督に話してみるか」


「はい、そうしましょ」


「賛成!!」


「うわ、びっくりしたあ」


「おまえ絶対話聞いてなかっただろ…」


「聞いてましたよ!」



 拳を振り上げる梅宮を宥めながら、中谷から渡された缶ビールを荒木は勢いよく開けた。






つづく。

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