第七十九話:つなげる未来に
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十二月も十日ばかり過ぎ、世間では、若者は飾り立てられた街路樹を見てクリスマスの到来を心待ちにし、社会人は年末の膨大な仕事量に追われ、学生は苦しめられた今年最後の関門、期末試験からようやく解放された。
テスト期間最終日・最後の科目であった日本史の答案用紙が、最後尾の机から順々に最前列まで回され、教師のもとへと集積していくのに従って、教室の各所では悲鳴と安堵の声が飛び交う。俺はいつも通りの手応えを感じて、とりあえず安堵側の生徒として黙々と帰宅の身支度を整えていた。
「……平良、ちょっといいか?」
賑わう教室から出て行く数組の集団に紛れて、急に富樫が声を掛けてきた。数日ぶりの富樫との会話だが、彼なりの気遣いだろう、朗らかな明るい笑みで俺を自販機コーナーまで誘った。
「……ミルクティーは売切れだな。ほうじ茶ラテでいいよな?」
「おう」
俺が灼にメールを打とうと、ポケットに手を入れる。しかし、富樫は取り出し口から、ほうじ茶ラテの缶を、すでに俺に向かって放っていた。俺は慌てて缶を受け取り、熱いので拙いお手玉のように掌で転がす。
その間に富樫はプリペイドカードで決済した缶コーヒーと取り上げ、プルタブを起こしていた。
「悪りぃ。双月ちゃんには連絡、待ってくれ」
ばつが悪いことを隠さず、苦笑交じりに笑った。富樫は手にした缶コーヒーを一気に飲み干し、決意を表そうと言葉にしかけて躊躇し――だが、立ち向かうように続ける。
「実は俺……『生徒会長信任選挙』に出ることにした」
「えっ」
ほうじ茶ラテに軽く付けた口を離し、思わず俺は驚きの声を上げた。その躊躇いがちな態度、しかし言い澱まない声に、俺は強い意志を感じた。
「……そう、か」
としか、答えようがない。親友と戦う、突如として現れた衝撃的な事実が、今まであった光景が変化していく、そんな予感に動揺を覚えた。
見かねた富樫が、いつものようにおどけて、
「俺、お前に会長のやり方には反対だって言ったじゃん。でも、反対ばっかり言ってたんじゃ、三流政治家と一緒だし……お前なりに頑張ってるし。で、高橋先輩と藤川先輩が主催する『部室整理令反対集会』に出席したんだ。
しっかし、まあ……皆も例に漏れず、反対や批判を主張するばかりで『じゃあ、どーすんだ』って話し合いに全然ならないんだな。結局、生徒会役員である両先輩の推薦ということで俺が出馬することになった。
なんというか、この間平良が正面から覚悟を見せてくれたんだ。俺も何か示さないと格好がつかないだろ」
誰に向けてなのか、言い訳めいたことを混ぜて笑った。
「でもさ、正直何をしたら良いのか、さっぱり思い浮かばない。シンユウと見込んでお前に頼みがある。何か案を出してくれ」
「富樫、お前なあ……」
親友――嬉しさを悟られないように、俺は呆れの声で返した。代わりに冷えた頭で思考を巡らし、落ち着きを取り戻した俺は一拍置いて言葉を継ぐ。
「俺と灼は『部室整理令』を長期的に計画してる。だから実際に施行されるとしたら、俺たちの次の代――灼たち一年の頃だろう。俺はその露払いだ」
「それは……」
富樫の途切れた疑問に、
「ああ、そうだ」
俺は肯定の笑みで大きく頷く。
「当初、生徒会は『許田射鹿』――ハードルの高い課題を与えて、クリアを試みる部あるいは同好会、反発を示し拒否する部あるいは同好会を選別することで待遇の優劣を築く――という策を四字熟語が提案したらしい。それを採用し、実行した結果、こうなってしまった。
しかし、俺は『許田射鹿』を継続しない。部室も直ぐに取り上げたりはしないつもりだ」
「……俺たちの懸念は杞憂ということか」
今ひとつ不分明な表情で確認した富樫は、
「じゃあ、平良。お前は具体的に何がしたいんだ?」
「聞きたいか」
俺の間髪入れない答えに狼狽える。
「教えてくれるものなら……。でも、いいのか?」
「ああ。どうせ全校生徒に知ってもらわないといけないし、理解してもらった上で了承もほしい。ここでお前に話したところで全く問題ない。むしろ、お前から『部室整理令反対集会』で話してくれても構わない」
俺は不敵の笑みを閃かせて続けた。
「文化祭の時、『歴史研究部』が稼いだ興行利益132億2001万円を使用し、老朽化した部室棟を壊して新しく建て直す――という話は知ってて、新しい部室の割り当てはどうするって俺に訊いたよな?」
「ああ」
お互いに主義主張があったとはいえ、縺れる原因を作ったのは自分だという自覚がある富樫は、心の奥に疼きを覚えつつ、僅かに頷いた。
「俺はまず今認可されてる学校中の部・同好会・愛好会の全てを活動する内容、様式によって適切な小集団に分ける。当然にその集団には部長や同好会の会長たちがいるわけだが、代表を選んでもらい生徒会がそれを査定し承認する。承認された代表は生徒会の執行委員となるのが義務だ。そして執行委員は『美化委員』や『運動会実行委員』などに入ってもらう。任期は一年。
次期生徒会役員は執行委員を経験した者の中から現職生徒会長が信任し、全校生徒に投票してもらう。ここまではいいか?」
「お、おう……」
長々と話した内容が晦渋だったのか、富樫は表情を固めて答えた。俺は構わず進める。
「新築する部室棟には『部室』は作らない」
「部室を作らないってどういうことだッ」
思わず叫ぶ富樫の声に、俺は恬淡とした面持ちで返す。
「限りある部屋の占有権を認めるから特権意識が芽生え、またそれを奪おうとするものが現れる。それの繰り返しだ。俺が考えてる部室棟は……そうだな、『サロン』とでも仮称した体育館ぐらいの広さのフロアーが三階くらいあって、そこにあるテーブルとイスで部活動をしてもらう。自販機コーナとかもあって、部活に所属しない生徒が放課後の憩い場として使ってもいいんじゃないか。
同じくらいの面積で、男女に分かれたロッカールームにシャワー室を併設して、体育の授業はもちろん、体育会系部・同好会等の共有スペースとする。
その他、ミーティング等は大小会議室を多数設置して、生徒会へ申請し自由に使用することにする。こうすれば、部室がゴミ屋敷にならないし、たまり場にもならない。当然、犯罪もなくなる」
すらすらと語る俺の言葉に、富樫はグウの音も出ない。多少無理のある部分もあるが、大部分は気に入った。何より『自転車ツーリング愛好会』の会長として、これほどの魅力な提案はなかった。
しかし、問題は残る。
「なあ、平良。仮にお前の案を実行した場合、その『サロン』という場所にも占有権とやらを主張する生徒が出てこないか?」
想定していた問いに、俺は即答する。
「まあ、可能性はあるな。公共の場を自分勝手に占有する大人だっているくらいだ。そういう揉め事を解決する生徒会執行委員を組織すれば問題ないだろう」
「なるほど……」
ほとんど同意の色を示し、その情動から僅かな妥協が生まれた。しかし、私怨にすら感じる高橋先輩と藤川先輩の態度。独占欲の強い有力体育会系部の面々。彼らが求めるものは利便性や快適性ではなく――。
富樫は一瞬、言い遅れ、
「……それでも、変化を嫌うやつらがいるんだ」
声を殺して呟いた。その気配だけを感じて、
「ん? 何か言ったか」
俺の発言に答えず、富樫がとぼけるように誤魔化すように、中庭を挟んだ向かいの校舎を指さす。
「あっ! 双月ちゃんがこっち見てるぞ」
俺は驚き、指さす先に視線を移すと、ツインテールを逆立てて、仁王立ちで叫んでいる灼が確かにいた。届かない声に埒が明かないと思ったのか、渡り廊下を目指して走り出す。
「じ、じゃあ……俺は退散するかな。また今度な」
「――っちょ、ま……!?」
俺が振り向いた時には、脱兎のごとく逃げ去る富樫の背中は、すでに小さくなっていた。
●富樫のうんちく
再び『俺』回で申し訳ありません。
決意表明ということでご勘弁願います。。。。。
次回も『歴』はないかもですが、『めろ。』は戻って参るはずです。。。(多分)
お楽しみにお待ちくださいませ。