第七十三話:望まない未来
いつも拙作を読んで頂き、誠にありがとうございます。
急に暖かくなったと思いきや、ちらほらと桜が咲いているのが目につき始めました。
密になるような場所は避け、ひっそりと花見をしたいですね。。。。
※※ 73 ※※
やや遅めの朝食を終え、安らぎを求めて居間のソファーに身を沈めた時だった。
「あんた、今日は特に予定ないよね?」
軽く訊いてきた灼が、熱々の湯気が上がるミルクティーを満たしたカップを二つ持って、俺の隣にポフンッと座る。キャメルブラウンのフレアスカートが柔らかく風に流れた。
俺は無言の感謝でカップを受け取り、
「……まあ、来週からテスト週間だが、俺はいつも通り地元国立大学に入れるくらいの学力がキープ出来れば良いから、特に用事はないな」
と呑気に答えると、食卓の椅子に腰を落として新聞を読んでいた父親が低い声をあげる。
「お前たち、試験勉強は良いのか」
灼はミルクティーをテーブルに置いて、勝ち誇ったような満面の笑顔をする。
「あたしと平良は普段から積み重ねてるから、特段に準備する必要はないわ。今回もあたしが学年首位を取るから全く問題ない」
「そうか。学生の本分は勉強と運動だ。灼ちゃんは両方とも安心だな。平良の方は、昨日母さんも言ってたが、もう少し身体を動かした方がよいぞ」
父親は相槌を打ち、ついでに俺を窘めた。俺は灼とは逆にぶすっとして、熱々のミルクティーを啜る。
「で? どうするんだ、灼」
ぶっきら棒な俺の態度を気にせず、灼は満面の笑みのまま俺に視線を向けてきた。
「だったら、これから映画を観に行こうよ」
「え……ええ、映画!? 今、特に面白そうなモノ来てないし……おまえ、何か観たいのがあるのか?」
俺の顔にいきなり緊張が走る。
「別に観たいモノがなくても、たまにはその場で決めていいんじゃない。映画は二の次で二人で出かけることに意味があるのよ」
灼はへへへっと、年相応以下の幼い顔で恥ずかし気に笑った。つられるように俺の顔の熱さが増していく様を、父親の対面に座って見ていた母親が、
「あら、良かったじゃない愚息。灼ちゃんからデートに誘ってもらって」
にやりと意地悪な笑みを浮かべている。灼も動揺する心中から、みるみると真っ赤になっていく。
「デ……デデデ、デートじゃないわッ。単なる気分転換よッ! 平良も、ちゃっちゃと準備して出かけるわよ」
ろくに口を付けていない、満たされたままのミルクティーを置いて、灼は逃げるように俺の手を引いて居間を出た。
最寄駅から数十分の距離、東武アーバンパークライン『流山おおたかの森』駅には、小ぢんまりと言うにはやや広い公園が隣接している。
よく手入れの行き届いた木々は冬空を透かし、綺麗に刈り取った白い芝生の上を枯葉が舞う。俺と灼はその景色が良く見えるイタリアン料理のファミレスに入っていた。
そして俺と灼の間、テーブルの上にはチキンのシーザーサラダ、辛味チキン、パンチェッタのピザ、ミートソースボロニア風パスタが所狭しと並んでいる。午後二時過ぎの昼食だが、朝が遅めだったので問題ないだろう。
俺はドリンクバーの炭酸ジュースを啜り、灼はピザを切り分けた。
「何も調べずに映画館まで来たけど、なかなか良かったわ。久々のアタリね」
灼は先ほど購入した映画のパンフレット『風よ吹け~公爵令妹の短い生涯~』を取り出し、嬉々として胸に抱く。
「昭和八年<1933>に起きた『赤化華族事件』で逮捕され、保釈中に自殺した岩倉公爵家・岩倉靖子の話だ。共産主義に傾倒していく過程で恋愛要素を入れてたのは蛇足だと思ったが――」
言葉を切ると俺はピザを一切れ、口中に詰める。しかし呑み込む前に、灼が上品にパスタをフォークで丸めながら、
「あんた、何も分かってないわね。それがあるから良いのよ。でも、女子学習院時代に知り合った、 東京帝大生で左翼活動家の八条隆孟は「俺は秀才なんだ」みたいなキザ男で好みじゃなかったわね。むしろ年下の上村邦之丞との、ぎこちない恋愛関係が観ててドキドキしたわ」
夢見心地の瞳で、何もない宙を見つめる。俺の憮然とした顔が噛んで噛んで、ごくりと呑み込んだ。先ほどの言葉は繋がず、別の話題を持ち出した。
「岩倉公爵家は靖子の父、岩倉具張の代で事業に失敗した挙句、花街通いの放蕩三昧、現在の金額で約90億円の債務を作り、高利貸し――現在の消費者金融に屋敷を差し押さえられて家財全てを失う。靖子が生まれた翌年、大正三年<1914>父・具張は愛人とともに失踪し、兄・具栄が襲爵する。
昭和二年<1927>靖子は女子学習院を退学し、日本女子大学付属高等女学校に編入するが「花嫁修業のため」と退学してる。俺の私見では『岩倉家』は明治の元勲でネームバリューが高い分、醜聞も世間に広がりやすいため、靖子は肩身が狭い思いをしたのだろうと思う」
灼はゆっくりとパスタを口に運び、ナプキンで口元を拭う。
「劇中でも人目を避けるように、母の実家である西郷従道の屋敷に入るシーンがあったわ。物心が付いた頃の靖子が、母の実家で間借りしつつ頑張る兄の姿を見て、世の中の理不尽さを考えるようになるのよね」
「ああ。そもそも兄・具栄は英文学研究をしたかったようだが、家庭の事情で内務省の嘱託になり、昭和三年<1928>宮内省帝室林野局の属官となる。つまりはアルバイトから準職員になったという感じかな。
給料も現在に換算して約15万円。稼ぎたくても『岩倉公爵家』の家名が邪魔をする。母・櫻子とともに一家の家計を必死に工面してたのだろう」
灼はフォークを置いて、押し黙る。俺は炭酸ジュースで口を潤し、
「この時期、昭和二年<1927>に金融恐慌が発生する。これは第一次世界大戦の大戦景気から一転して不良債権が増え、さらに関東大震災での震災手形が膨大な不良債権となって起きた恐慌で――」
「――平良」
灼が急に言葉を重ねた。
「平良……ごめん。あんたとの歴史の話は好きよ。でも、今のあんたって『歴史研究部』の存続や『生徒会』の劃策、会長の『歴史検証』のせいで歴史学が重たくなってる。文化祭の時みたいにあんたと歴史で喧嘩はしたくない。でも、あの時のあんたは……あんたの好きな文献学は、もっと自由で明朗としてたわ」
俺は灼の意図が掴めず黙り込む。数秒の沈黙を経て、灼が戸惑いから視線を逸らそうとするが、強い意志で踏み留まり大きな瞳が揺れた。
「あたし……あんたがずっと心配だったの。最初は『歴史検証』で会長を見返してやるって感じだったけど……。でも『生徒会』に入って『部室整理令』に関わり過ぎて、いつの間にか平良の中で歴史が武器になってる。
岩倉靖子は特権階級の上に胡坐をかいてた父親の放蕩ぶりによって、苦労を強いられた母と兄を見て世の中の不公平さを知る。もっと社会を知りたいという熱意から社会主義思想にのめり込む。靖子は華族という息苦しい特権や格式から逃げたかったんだと思う。自由になりたかったんだと思う。だから……あんたも――」
灼の大きな瞳が迷いを捨て凛と輝く。
「あんたが好きな歴史を見失うくらいなら『生徒会長』にならなくてもいいわ。誰かに非難されても、『歴史研究部』が無くなっても、あたしは……ずっと、あんたの傍にいるんだから」
あの文化祭――『設楽原の合戦・実験考古』から、まだ数か月も経っていない。人と人との関係、取り巻く環境、思い抱く未来……こんなにも変わってしまうものなのか。
俺は思わず深く溜息を漏らす。
「自分では全く気が付かなかった。お前の言う通り、かなり気負ってたのかもな……ありがとう」
しかし、目の前に何時までも変わらないものもあるのだ。そっと、灼の手の上に俺の手を添える。
「でも……やっぱり『生徒会長』は目指すよ。成り行きに近いとはいえ、自分で決めたことだ。歴史が武器と言うのなら、俺たち二人が生きるための武器だ。人を陥れたり、自分を追い込んだりには使わない」
真摯な眼差しで見上げていた灼が、頬を上気させ、ようやく安堵の笑みを浮かべた。
●灼のうんちく
作中の『風よ吹け~公爵令妹の短い生涯~』は実在しない映画です。
ただし内容は浅見雅男著:『公爵家の娘 岩倉靖子とある時代』を原作している体で参考にさせて頂きました。ご関係者様各位、大変ありがとうございました。
源平時代の話をしてきたのに、急に昭和初期に起きた事件の話になって戸惑った人もいたかと思うわ。この場をお借りしてお詫び申し上げます。
「サンデー毎日」昭和九年<1934>1月7日号には、兄・具栄が生前の靖子について語ってます。
『靖子はまるで世間を知らず、人夫などの汗水たらして労働している姿を見て帰っては、かわいそうだと涙ぐみ、同族や富豪の贅沢ぶりを見ては、どうしてこうも世の中には等差(差別)がひどいのだろうと思いに沈むし……。そうした単純な疑惑からつい赤に染まっただけに、どうしても“心”を変えない(文春オンライン抜粋)』
兄から見た靖子は何処までも純粋だったのでしょう。父の放蕩ぶりを聞き、母と兄の苦労を目の当たりにし、自分に何ができるのか愚直に悩む真面目な女性だったのだろうと思います。
昭和八年<1933>7月18日付の国民新聞(現東京新聞)では、靖子が共産主義者として検挙された際、兄・具栄は『お家再興』のため、身を粉にして働いていた宮内省帝室林野局を辞職しています。同僚の多くが同情を寄せる中で、『この際、何も申し上げられない。ただただ母に気の毒です』と語ったとあります。
靖子は市ヶ谷刑務所に収監されるわ。収監中に共産主義と決別し、12月上旬に釈放される。そして昭和八年<1933>12月21日早朝、靖子は自室で頸動脈を切り自殺するの。新聞によって『自刃』やら『自裁』やらと表現の違いはあったらしいけど、浅見雅男さんによると靖子が自殺した日に華族に対する処分を決める宗秩寮審議会が開かれたことを指摘しているわ。つまり死をもって『岩倉家』に類が及ばないようにしたのだと思います。ここでも兄・具栄は涙を流しながら語ったといいます。
「我が家は謹慎中の身。なにも申し上げる言葉はありません。ただ世間にも他の華族にもご迷惑をお掛けして顔向けが出来ない中、靖子はよくやったと褒めてやりたいです。でもこのためにご同情はご遠慮申し上げます」
あたしは当時の思想弾圧が惨いとか、自由への侵害とか、そういうのは語りたくないし語るつもりはないわ。歴史を語るとき、現代日本に住むあたしたちの価値観を物差しにしたくはないし、してはいけないと思っている。その時代に住む人々の思いを汲み、社会背景を考察し、時の移ろいを観察する……。それがあたしと平良が学ぶ『歴史』なの。
重たいお話で申し訳ないです。。。。
次回もお楽しみ頂ければ嬉しいです。




