表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
歴めろ。  作者: 武田 信頼
第二章:学校動乱編
74/108

第七十三話:望まない未来

いつも拙作を読んで頂き、誠にありがとうございます。


急に暖かくなったと思いきや、ちらほらと桜が咲いているのが目につき始めました。


密になるような場所は避け、ひっそりと花見をしたいですね。。。。







             ※※ 73 ※※



 ややおそめの朝食を終え、安らぎを求めて居間のソファーに身をしずめた時だった。


 「あんた、今日は特に予定ないよね?」


 軽くいてきた灼が、熱々の湯気が上がるミルクティーを満たしたカップを二つ持って、俺の隣にポフンッと座る。キャメルブラウンのフレアスカートが柔らかく風に流れた。

 俺は無言の感謝でカップを受け取り、


 「……まあ、来週からテスト週間だが、俺はいつも通り地元国立大学に入れるくらいの学力がキープ出来れば良いから、特に用事はないな」


 と呑気のんきに答えると、食卓の椅子に腰を落として新聞を読んでいた父親が低い声をあげる。


 「お前たち、試験勉強は良いのか」


 灼はミルクティーをテーブルに置いて、勝ち誇ったような満面の笑顔をする。


 「あたしと平良は普段から積み重ねてるから、特段に準備する必要はないわ。今回もあたしが学年首位を取るから全く問題ない」

 「そうか。学生の本分は勉強と運動だ。灼ちゃんは両方とも安心だな。平良の方は、昨日きのう母さんも言ってたが、もう少し身体からだを動かした方がよいぞ」


 父親は相槌あいづちを打ち、ついでに俺をたしなめた。俺は灼とは逆にぶすっとして、熱々のミルクティーをすする。


 「で? どうするんだ、灼」


 ぶっきら棒な俺の態度を気にせず、灼は満面の笑みのまま俺に視線を向けてきた。


 「だったら、これから映画をに行こうよ」

 「え……ええ、映画!? 今、特に面白おもしろそうなモノ来てないし……おまえ、何かたいのがあるのか?」


 俺の顔にいきなり緊張きんちょうが走る。


 「別にたいモノがなくても、たまにはその場で決めていいんじゃない。映画はつぎで二人で出かけることに意味があるのよ」


 灼はへへへっと、年相応としそうおう以下の幼い顔で恥ずかしに笑った。つられるように俺の顔の熱さが増していく様を、父親の対面に座って見ていた母親が、


 「あら、良かったじゃない愚息ぐそく。灼ちゃんからデートにさそってもらって」


 にやりと意地悪な笑みを浮かべている。灼も動揺どうようする心中から、みるみると真っ赤になっていく。


 「デ……デデデ、デートじゃないわッ。単なる気分転換よッ! 平良も、()()()()()と準備して出かけるわよ」


 ろくに口を付けていない、たされたままのミルクティーを置いて、灼は逃げるように俺の手を引いて居間を出た。




 

 最寄もより駅から数十分の距離、東武アーバンパークライン『流山おおたかの森』駅には、小ぢんまりと言うにはやや広い公園が隣接りんせつしている。

 よく手入れの行き届いた木々は冬空をかし、綺麗に刈り取った白い芝生しばふの上を枯葉がう。俺と灼はその景色が良く見えるイタリアン料理のファミレスに入っていた。

 そして俺と灼の間、テーブルの上にはチキンのシーザーサラダ、辛味からみチキン、パンチェッタのピザ、ミートソースボロニア風パスタが所狭しと並んでいる。午後二時過ぎの昼食だが、朝が遅めだったので問題ないだろう。

 俺はドリンクバーの炭酸ジュースをすすり、灼はピザを切り分けた。


 「何も調べずに映画館まで来たけど、なかなか良かったわ。久々のアタリね」


 灼は先ほど購入した映画のパンフレット『風よ吹け~公爵令妹(れいまい)の短い生涯~』を取り出し、嬉々(きき)として胸に抱く。


 「昭和八年<1933>に起きた『赤化華族事件』で逮捕され、保釈中に自殺した岩倉公爵家・岩倉靖子(やすこ)の話だ。共産主義に傾倒けいとうしていく過程かていで恋愛要素を入れてたのは蛇足だと思ったが――」


 言葉を切ると俺はピザを一切れ、口中にめる。しかし呑み込む前に、灼が上品にパスタをフォークでまるめながら、


 「あんた、何も分かってないわね。()()()あるから良いのよ。でも、女子学習院時代に知り合った、 東京帝大生で左翼活動家の八条隆孟(たかなが)は「俺は秀才なんだ」みたいなキザ男で好みじゃなかったわね。むしろ年下の上村邦之丞(くにのじょう)との、ぎこちない恋愛関係が観ててドキドキしたわ」


 夢見心地の瞳で、何もない宙を見つめる。俺の憮然ぶぜんとした顔がんでんで、ごくりと呑み込んだ。先ほどの言葉はつながず、別の話題を持ち出した。


 「岩倉公爵家は靖子やすこの父、岩倉具張(ともはる)の代で事業に失敗した挙句、花街はなまち通いの放蕩三昧、現在の金額で約90億円の債務を作り、高利貸し――現在の消費者金融に屋敷を差し押さえられて家財全てを失う。靖子やすこが生まれた翌年、大正三年<1914>父・具張ともはるは愛人とともに失踪し、兄・具栄ともひで襲爵しゅうしゃくする。

 昭和二年<1927>靖子やすこは女子学習院を退学し、日本女子大学付属高等女学校に編入するが「花嫁修業のため」と退学してる。俺の私見では『岩倉家』は明治の元勲げんくんでネームバリューが高い分、醜聞も世間に広がりやすいため、靖子やすこは肩身がせまい思いをしたのだろうと思う」


 灼はゆっくりとパスタを口に運び、ナプキンで口元をぬぐう。


 「劇中でも人目をけるように、母の実家である西郷従道(つぐみち)の屋敷に入るシーンがあったわ。物心ものごころが付いた頃の靖子やすこが、母の実家で間借りしつつ頑張る兄の姿を見て、世の中の理不尽りふじんさを考えるようになるのよね」

 「ああ。そもそも兄・具栄ともひでは英文学研究をしたかったようだが、家庭の事情で内務省の嘱託しょくたくになり、昭和三年<1928>宮内省帝室林野局の属官となる。つまりはアルバイトから準職員になったという感じかな。

 給料も現在に換算して約15万円。稼ぎたくても『岩倉公爵家』の家名が邪魔をする。母・櫻子さくらことともに一家の家計を必死に工面してたのだろう」


 灼はフォークを置いて、押しだまる。俺は炭酸ジュースで口をうるおし、


 「この時期、昭和二年<1927>に金融恐慌きんゆうきょうこうが発生する。これは第一次世界大戦の大戦景気から一転して不良債権が増え、さらに関東大震災での震災手形が膨大ぼうだいな不良債権となって起きた恐慌きょうこうで――」

 「――平良」


 灼が急に言葉を重ねた。


 「平良……ごめん。あんたとの歴史の話は好きよ。でも、今のあんたって『歴史研究部』の存続や『生徒会』の劃策かくさく、会長の『歴史検証ゲーム』のせいで()()()()()()()()()()()。文化祭の時みたいにあんたと歴史で喧嘩けんかはしたくない。でも、あの時のあんたは……あんたの好きな文献学ぶんけんがくは、もっと自由で明朗としてたわ」


 俺は灼の意図がつかめずだまり込む。数秒の沈黙を経て、灼が戸惑いから視線を逸らそうとするが、強い意志で踏み留まり大きな瞳がれた。


 「あたし……あんたがずっと心配だったの。最初は『歴史検証ゲーム』で会長を見返してやるって感じだったけど……。でも『生徒会』に入って『部室整理令』に関わり過ぎて、いつの間にか平良の中で()()()()()()()()()()

 岩倉靖子(やすこ)は特権階級の上に胡坐あぐらをかいてた父親の放蕩ぶりによって、苦労を強いられた母と兄を見て世の中の不公平さを知る。もっと社会を知りたいという熱意から社会主義思想にのめり込む。靖子やすこは華族という息苦しい特権や格式から逃げたかったんだと思う。自由になりたかったんだと思う。だから……あんたも――」


 灼の大きな瞳が迷いを捨て凛と輝く。


 「あんたが好きな歴史を見失うくらいなら『生徒会長』にならなくてもいいわ。誰かに非難されても、『歴史研究部』が無くなっても、あたしは……ずっと、あんたのそばにいるんだから」


 あの文化祭――『設楽原したらがはらの合戦・実験考古』から、まだ数か月もっていない。人と人との関係、取り巻く環境、思いいだく未来……こんなにも変わってしまうものなのか。

 俺は思わず深く溜息をらす。


 「自分では全く気が付かなかった。お前の言う通り、かなり気負きおってたのかもな……ありがとう」


 しかし、目の前に何時いつまでも変わらないものもあるのだ。そっと、灼の手の上に俺の手をえる。


 「でも……やっぱり『生徒会長』は目指すよ。成り行きに近いとはいえ、自分で決めたことだ。歴史が武器と言うのなら、俺たち二人が生きるための武器だ。人をおとしいれたり、自分を追い込んだりには使わない」


 真摯しんしな眼差しで見上げていた灼が、ほおを上気させ、ようやく安堵の笑みを浮かべた。 

●灼のうんちく


作中の『風よ吹け~公爵令妹の短い生涯~』は実在しない映画です。

ただし内容は浅見雅男著:『公爵家の娘 岩倉靖子とある時代』を原作しているていで参考にさせて頂きました。ご関係者様各位、大変ありがとうございました。


源平時代の話をしてきたのに、急に昭和初期に起きた事件の話になって戸惑った人もいたかと思うわ。この場をお借りしてお詫び申し上げます。


「サンデー毎日」昭和九年<1934>1月7日号には、兄・具栄ともひでが生前の靖子について語ってます。


『靖子はまるで世間を知らず、人夫などの汗水たらして労働している姿を見て帰っては、かわいそうだと涙ぐみ、同族や富豪の贅沢ぶりを見ては、どうしてこうも世の中には等差(差別)がひどいのだろうと思いに沈むし……。そうした単純な疑惑からつい赤に染まっただけに、どうしても“心”を変えない(文春オンライン抜粋)』 


兄から見た靖子は何処までも純粋だったのでしょう。父の放蕩ぶりを聞き、母と兄の苦労を目の当たりにし、自分に何ができるのか愚直に悩む真面目な女性だったのだろうと思います。

昭和八年<1933>7月18日付の国民新聞(現東京新聞)では、靖子が共産主義者として検挙された際、兄・具栄ともひでは『お家再興』のため、身を粉にして働いていた宮内省帝室林野局を辞職しています。同僚の多くが同情を寄せる中で、『この際、何も申し上げられない。ただただ母に気の毒です』と語ったとあります。

靖子は市ヶ谷刑務所に収監されるわ。収監中に共産主義と決別し、12月上旬に釈放される。そして昭和八年<1933>12月21日早朝、靖子は自室で頸動脈を切り自殺するの。新聞によって『自刃』やら『自裁』やらと表現の違いはあったらしいけど、浅見雅男さんによると靖子が自殺した日に華族に対する処分を決める宗秩寮審議会が開かれたことを指摘しているわ。つまり死をもって『岩倉家』に類が及ばないようにしたのだと思います。ここでも兄・具栄ともひでは涙を流しながら語ったといいます。

「我が家は謹慎中の身。なにも申し上げる言葉はありません。ただ世間にも他の華族にもご迷惑をお掛けして顔向けが出来ない中、靖子はよくやったと褒めてやりたいです。でもこのためにご同情はご遠慮申し上げます」


あたしは当時の思想弾圧が惨いとか、自由への侵害とか、そういうのは語りたくないし語るつもりはないわ。歴史を語るとき、現代日本に住むあたしたちの価値観を物差しにしたくはないし、してはいけないと思っている。その時代に住む人々の思いを汲み、社会背景を考察し、時の移ろいを観察する……。それがあたしと平良が学ぶ『歴史』なの。


重たいお話で申し訳ないです。。。。

次回もお楽しみ頂ければ嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 後書きの灼ちゃんの台詞、 〉歴史を語るとき、現代日本に住むあたしたちの価値観を物差しにしたくはないし、してはいけないと思っている。その時代に住む人々の思いを汲み、社会背景を考察し、時の移…
[良い点] デートで映画なのに歴ですな >『歴史研究部』が無くなっても、あたしは……ずっと、あんたの傍そばにいるんだから」 さらっと流したが告白してる メロですね [一言] 首位は私 文武両道スペック…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ