第四話 対等の証明
投稿ペースが遅くてすみません・・
翌朝、屋敷を再び訪れた俺を待っていたのは、昨日とは違う、張り詰めた空気だった。
玄関先で、恰幅の良い中年の男が、執事のエルドンに何やら詰め寄っている。仕立ての良い服装からして、貴族ではなく裕福な商人といったところか。
「イザベラ様にお伝えしろ。今月中に耳を揃えて返済がなければ、この屋敷ごと差し押さえさせていただく、とな」
「グラント様、どうかもう少しお時間を……」
「待てと言われて、もう三月だ。慈善事業ではないのでね」
男——グラントと呼ばれた商人は、鼻を鳴らすと踵を返した。その視線が、ふと俺を捉える。
「なんだ、お前は。新しい使用人か? まあ、いい。せいぜい、沈む船から今のうちに逃げ出すことだ」
嘲るような笑みを残し、グラントは屋敷を後にした。
俺はその後ろ姿を見送りながら、内心で舌打ちする。
(絵に描いたような悪徳商人だな)
屋敷に入ると、応接間でイザベラが険しい表情で椅子に座っていた。昨日の凛とした雰囲気は影を潜め、疲労の色が滲んでいる。
「聞いていたのね」
「借金の取り立て、か」
「ヴァレンティア家は、三年前に父が亡くなってから傾き始めたわ。使用人を減らし、資産を売り払い、それでも足りずに、あの男——グラントから融資を受けた」
イザベラは自嘲するように笑った。
「今思えば、最初から罠だったのでしょうね。返せない額を、返せそうな顔をして貸し付けてくる。典型的なやり口だわ」
「契約内容は?」
「え?」
「借用書だ。利率、返済期限、条項。見せてもらえるか」
イザベラは訝しげな顔をしたが、やがて引き出しから一枚の羊皮紙を取り出した。俺はそれに目を通す。
(……やはりな)
前世で散々見てきた、悪質な契約書の典型だった。表面上は妥当に見える利率だが、細かい条項に「支払いが一日でも遅れれば、即時全額請求」という一文が紛れ込ませてある。しかも、返済期限の計算方法が意図的に曖昧にされていた。
「イザベラ、この条項に気づいていたか?」
「……いいえ。急いでいて、細部までは」
「グラントは、最初からお前たちが払えないよう仕組んでいる。恐らく、狙いは金じゃない。この屋敷そのものか、この家の持つ何らかの権利だ」
俺の言葉に、イザベラの顔から血の気が引いた。
「そんな……どうすればいいの」
「悪質な契約には、悪質な契約で対抗する。幸い、俺には向いた力がある」
俺は不敵に笑って見せた。腹の中では、まだ具体的な策があるわけではない。だが、こういう場面でこそ、はったりと交渉力がものを言う。
「本当に、何とかできるの? あなたはただの——」
「乞食だ。だが、乞食だからこそ、失うものがない。グラントのような男は、自分より弱い者しか相手にしない。だったら、対等に渡り合ってくる相手には、案外脆いものだ」
「……随分な自信ね」
「根拠のない自信ほど、危ういものはない。だから、これから根拠を作りに行く」
俺はそう言うと、借用書を丁寧に折り畳み、懐に収めた。
【契約】新たな条件を確認しました
対象:グラントとの契約書に不当条項を発見
提案:イザベラ・フォン・ヴァレンティアとの間で、
「グラントとの交渉を代行する」契約を締結できます
「イザベラ、俺に一つ、契約を結ばせてくれ」
「契約……?」
「グラントとの交渉、俺に任せてもらう。成功すれば、正当な対価を要求する。失敗すれば、対価はいらない」
イザベラは、しばらく黙って俺を見つめていた。かつて商社で、幾度となく向けられた「この男に賭けていいのか」という視線と、それはよく似ていた。
「……いいわ。あなたに、賭けてみる」
差し出された手を握った瞬間、視界の文字が輝きを増した。
【契約】が成立しました
契約内容:グラントとの債務交渉を代行する
成功時の対価は別途協議、失敗時は無償
契約者:九条蓮司/イザベラ・フォン・ヴァレンティア
(さて——ここからが、本当の意味での初仕事だ)
乞食の身一つで、悪徳商人と渡り合う。無謀だと笑う者もいるだろう。だが、対等な契約という武器さえあれば、勝機は必ずある。
俺は、懐の借用書を握りしめながら、静かに闘志を燃やしていた。
(第五話につづく)




