季節の輪舞曲 立冬
歴史はいつ止まり、今度はいつ動くのだろうか。僕は歴史の授業が好きだ。ただ単純に記憶力が良くて、受験に有利だからという理由だけではなくて、純粋に読み物として面白い。歴史の教科書は概要的なことしか書かないし、受験用の歴史も、単なるクイズ問題としか思えない。でも歴史を一つ一つ紐解いていって、この時に誰が何をしていたのかというのを想像すると、とんでもない人間ドラマが見える。大抵のストーリーは過去の模倣になることが多いのは、社会という性質上、そのようにしかならないというだけだ。もっと突き詰めれば、格好は違えどやってることは同じって話。それにしても、半世紀を過ぎても、1世紀前の出来事が、ずっと繰り返されているような気がする。もしかしたら、僕たちのエデンの物語も、過去に幾度となく行われてきたのかなぁと、一見重要に見えて、実はどうでもいいようなことを、頭の中で反芻していたら、いつの間にか授業は終わっていた。
時は西暦2061年立冬、周りのクラスメイトもすっかり冬服に衣替えしてしまった。僕はというと、しっかりとブレザーを着ているが相変わらずの裸足。そして、隣りに座るマウラは、未だに半袖で裸足という、獣の性質を丸出しにしていた。なぜ彼女がずっと半袖なのかと言うと、あまり寒くないし、家も近いからどうとでもなるらしい。でも廊下に出てみれば、マウラもかなり寒そうに体を縮めて廊下を歩くので、それが面白くてニヤニヤしてしまった。ミワはというと、ちゃんと防寒具までしっかり着ているのに、足元は一糸まとわず、かわいい指先を晒す姿に、いじらしくなる。彼女は、これも剣道の修行だと位置づけているが、単純に足を晒したいだけなのかもしれない。マリについては、僕が上履きを履かなければ、自分も上履きを履かないという、新しい主義を見つけた。相変わらずの自己顕示欲で、新しいアカウントを作成してしまっていたが、今度は自分の足を晒すだけにとどめるらしい。フォロワー数は1万人に程度にとどまっているが、純粋なファンばかりで、健全かどうかは分からないが、以前よりは穏やかに自分の欲求を満たした。奏には、そういう類の絆は薄いので、上履きを履いているが、なぜ靴下を履かないのか聞いてみると、単純に気分が上がるかららしい。やはり学校で足を晒すというのはフェチズムを換気させるには十分すぎるインパクトだ。しかし、ただ足を晒しているに過ぎないから、夏であろうが冬であろうが特に何かが変わるわけでもない。
周りのみんなも、裸足でいる数名のことには慣れてしまった。例えば、マウラは、常にすっぴんだが、何処か女番長の風格を見せ始めている。昇降口から堂々と半袖に素足で現れ、おもむろにローファーを脱いで、堂々と裸足で教室へモデルのように足を前に突き出して歩くのだ。マニキュアなどしていないが、まるで指先を黒く染めているようなカリスマ性を感じる。それに、今は裏でネットの有名人になっているから、もしかしたらこの娘ではと直感する人たちのあいだでファンクラブができているのをマウラは気づいていて、満更でもない様子だった。ミワについては、律儀にマフラーを巻いて、清潔なダウンを着ているのに、足元を晒しているから、マッチ売りの少女のような健気さを覚えてしまう。しもやけになった可愛い足先を晒しながら、元気に歩くのだ。マリについては、いつものポーカーフェイスで、きれいな筋の入った学生らしい清楚な足でペタペタと歩く姿は、初めて会った頃のマウラのミステリアスさを想起させる。僕はただ、野蛮な足を晒すだけ。
結局それ以上でもそれ以下でもない。この寒い中、また全裸で学校を逃げ回ろうなんて思いもしないだろうから、ただ指先を温めながら、それぞれが裸足でいることを楽しんだ。




