贖罪
気がつくと、ムワっとむさ苦しい熱気のなかにいたので、目覚めは悪かった。朝も早いミワも、昨日はさすがに疲れたのかスヤスヤかわいらしくマウラにもたれかかって眠っていた。マウラはダランとひじ掛けから頭がはみ出していた。
思えば、ミワにこれと言った凶暴性は見られなかった。本当に僕の勘違いだった。それに、自分らの欲求をたっぷりと満たしてくれるこのソファ。マウラにしても、僕にしても、いろんな欲求をこのソファは受け止めて、新しい世界へと動かしてくれる母胎だ。ミワやマウラ、僕も、このソファから巣立っていかなければならないときは来る。
今日は部活も休みだ。今日のうちはゆっくりできよう。そろそろお盆も近いなぁ。宿題も全然やってないし、なんとなくずっとこのソファのうえで、ダラダラと過ごしていると、世間から取り残されるような焦燥感を覚える。もう8月だってのに、花火一つ見てない。プールとか海とか、この子らと楽しく和気あいあいとやるのが自然だってのに、マウラは人混みが苦手だし、部活に縛られてるし。普通の学生ってなんなのかもう分からなくなってきた。
この得体のしれない不安を解消するように起き上がって、テーブルの上のベタベタと汚くこびりつく油かすなどを持参のウェットティッシュできれいに拭いてやった。仮にも女の子の部屋だから、奥に積み重なった荷物や乾かしっぱなしの衣類、奥の部屋には触れず、とりあえず冷蔵庫にあるエナジードリンクを一気に飲み干した。上履きについては、今持っていくと犯人の分からぬ誰かさんに切り刻まれそうだから、このソファの裏に置いておく。その後、惰眠をむさぼる彼女らに抜け駆けで、自分のカバンから宿題を取り出した。それに、裸っていうのも格好がつかないから、とりあえず服は着た。
カリカリと少しずつ問題を解いていけば、膨大な量の宿題も、本来は2〜3日で片付く。黙々と、テーブルの上に向かっていると、今度はミワが起き出した。寝ぼけた様子で僕がいることがわかり、あくびをしながらおはようとだけ言って、背伸びをした。僕もおはようと返した。
あれ、勤勉だねぇ。
何もやることなかったからな。
目覚めたミワはシャンとして、服を着て、僕の隣りに座って、宿題を始めた。マウラは相変わらずだらしなく寝ていた。思えば、こうやってミワと一緒に青春時代を過ごせるのも、マウラが色々かき回してくれたからだな。こんなやつでも感謝しないとな。そうでなければミワも妥協して、不本意に纏わりつく部長らとくっついて恋愛ごっこでもしてたのだろうか。僕が本意とは言わないが、ここまで来たならこの関係をずっと大事にしていきたいな。
この問題、難しいなぁ。
ネットで調べれば楽勝だよ。
今は和気あいあいの、お手本のような学生生活を送った。この部屋がむさ苦しいという点以外は。さらにもう一つ邪悪な存在が目覚めてしまった。マウラだ。
おー、勉強してる。私のもやってくれよ。
ふざけるのではない。自分の分は自分でやるんだな。
うるせぇな。親かよ。
そういえば、マウラの言う親とは母親のことなのかな。この惨状を見たら、どう思うだろうか。マウラがウダウダとスマホを眺めたり、足をパタパタさせたりしながらも、汗を垂らしながら、目の前の課題に集中した。急にピンポーンとインターホンがなったので、マウラは裸のまま出て行って、しばらくすると、何やらダンボールを抱えて、ソファーの上で、雑にビリビリと開け、ガチャガチャと大きな音を上げながら、荷物の中身を取り出すと、隅の物が散乱してる場所に段ボールを放り投げた。あまりにも気が散るので、何を買ったんだと尋ねると、透明の包装から獣っぽいふわふわとした茶色い耳のついたカチューシャと、しっぽのような、ふわふわとしたものを取り出した。
何だそれ。
見てろよ!
マウラはそのカチューシャを頭につけて、アナルに先端の棒を押し込むと、尻を突き上げフリフリと回し、バウバウと騒ぎ出して、僕に椅子越しに密着してきた。
ほーら、あんたの好きな獣娘だよー。宿題なんかやめて遊ぼーよ。
ダメだ。そんな格好しても、今日は遅れを取り戻さなきゃならないんだ。
つまんなーい。
そういってマウラはその格好のまま玄関から走り去ってしまった。ミワは、どこか困惑した様子で、笑顔を見せていた。本当にしょうがないやつだ。あきれているのもつかの間、外から年配らしき女性の怒号が聞こえた。
何をやってるのあんたは!
間もなく、ドアのほうから、マウラが引っ張り込まれて廊下に押し倒された。そして、奥の人物がカチューシャを取っ払い、尻尾を引っこ抜いた。やせ型の体型だが、ショートにパーマをかけて、夏用のカーディガンを着てる、まさに奥様と言った風貌だった。その女性は、倒れたマウラの顔を何度も何度もひっぱたいた。マウラは抵抗せず、ただ、縮こまっているだけだった。それはまるで学校で見かけるマウラそのものの姿だった。僕とミワは慌てて廊下へ出る。
あら、お友だちかしら。
どうも、はじめまして。
あなたたち、一旦帰ってくれないかな?
僕たちは、その冷たく鋭い眼差しで放たれた場を凍りつかせるひと言に、ただ従うしかなかった。荷物をまとめ、マウラのことを思い、上履きは一旦僕のバッグにしまい、お邪魔しましたと、床に倒れ動かないマウラをよそに、そそくさと出ていった。その後、しばらくドア越しの発狂に似た怒鳴り声をバッグに自転車に乗ってその場から立ち去る。ミワはうつむいた様子で何もしゃべらなかった。図書館で続きやるか、と問いかけると、コクリと頷いた。




