剣道少女
思えば剣道部を休むなんて、入部して以来初めてだな。
部員は、すでに3年生が大会終わって引退して、いろんな役割とかも引き継いでいる。それに、いままで部の中で培われてきた伝統とか、過去の実績とか、血筋以上に下らないものを熱く語られて、それも未来永劫引き継いで行ってほしいだと。そんなものが打ち破られるのは、資本主義社会の崩壊以上に容易い。廃校やら、もっと言うと、剣道部は不人気で競技人口自体が減ってるんだ。いつ廃部になるかも分からない。ただ、この学校の、剣道を今までしてきたような人は、真面目なのが多いから、ちゃんと練習もするし、そういう見えない努力が積み重なって、過去には地区の代表の数校のうちの一つに選ばれるまで勝ち残ったこともある。ただ、その後の大きな地方大会には2回戦あたりで負けちまったんだと。相手に未練もない。なぜなら剣道で未来をつかむなんて大きな大義を掲げるほどの強豪校でもないからだ。それを受け継いだところで何になるのやら。それに、男子は1、2年合わせて7人だが、2年であるにも関わらず僕は補欠。手も不器用で負けっぱなしさ。
・・・そんな部活を1日休んだって、何もかわりはしないさ。適当に家族の用事が長引いたと打っておく。するとあまり時間もたたないうちに、剣道部でただ一人いるある女子から返信があった。
彼女は、2年生だ。しばらく女子がいなかったから紅一点だと監督は喜んだが、彼女はなんと、剣道初心者で、男子ばかりの臭い世界に飛び込んできたのだ。大した勇気だが、部員あいさつの時になんで剣道部に入ったのか聞かれた時に、自分を鍛えなおしたいという半ば甘ったれたようなセリフを吐いていたが、いざ入ってみると、上達はものすごく早い。しまいには、下手くそな僕に1本を取るまでになった。結局、自分の自尊心を満たせるから、僕が彼女に剣道の作法から、剣道素人にはわからない面倒なルールまで手取り足とり教えていたが、まさか、師匠である私を超えるとはな・・・。師匠としてうれしい限りだ、なんてカッコいいセリフが浮かんだので、思わずニヤついてしまった。
いや、ともかく返信しなければ。剣道を教えた間柄だから、親しくないわけでもない。
メッセージを見てみると、家族のことは大丈夫?何か辛いことがあったら先に相談したほうがいいよ、なんて書いてあったので、心配かけて悪いね。と、ひと言だけ返したら、有名キャラの泣き顔スタンプが返ってきた。たいてい、スタンプが来れば会話は終わりだから、ま、安否確認程度のものか。ともかくハツラツとして、素直に技術を吸収しながらも、いろんなことに手を焼いてくれて、まるでお母さんのような存在だ。そういう存在がいてくれると本当に心の癒しになるんだよな。
ちなみに、その子も僕の真似をして、いつの間にか素足に上履きを履くようになっていた。若干小柄で目が丸くて明るく、剣道部入部直後は上を伸ばしていたが、私が髪を切ったほうがいいと勧めたら、本当に髪を切って短髪少女になった。女子が髪を切るときは、なにか覚悟めいたものを感じる。男が坊主にするようなもんだ。実は、彼女にスイッチを入れたのは私かもしれないと思った時、私はとんでもないことをやってのけたもんだと、ちょっと誇らしげになった。
さらに、僕だから語らねばならないが、その子は1年の頃は同じクラスだったが、鍵当番を率先して行い、朝早くから制服姿のまま素振りを行っていた。その熱意が監督に届き、部員全員に朝の掃除と素振りが課せられるようになったという経緯があるのだが、さておき、裸足のまま部室の鍵を閉め、そのままペタペタと裸足で職員室まで何の恥ずかしげもなく入り、鍵を戻してから、昇降口まで堂々と歩いて、その汚い足の裏を上履きに突っ込むのだ。要は、私の今の状況は、すでに過去にも行われていたことだったのだ。彼女には剣道部というアイデンティティが強いから、裸足でいることはむしろ彼女にとってあるべき姿なのだと思い込んでいる。だから裸足でいてもなんの恥ずかしさもないらしい。素足でいることは僕に感化されたことなのだが、ここでも僕を超えている気がする。
なので、足の裏を見せることに何の抵抗もない。授業中は、背筋を姿勢正しく伸ばして、決して上履きを脱ぐことはないのだが、音楽室など、上履きを脱ぐ授業では、相変わらず背筋を伸ばし、なんと、スカートの裾を尻の中に収め、足の裏を隠すことなく、左親指の上に右親指を重ねて、僕が教えた剣道の正しい正座を実践しているのである。素振りや廊下を歩く際に付いたであろう黒ずんだ足が、汗でテカっていた。さらに、上履きの中の足裏の摩擦でできたであろう名付けて足カスが消しゴムのカスのように、紐状に所々引っ付いていた。それに部に入りたてだった頃は、足の裏の皮が向けて痛々しかったが、次第に指先からカカトまでゴツゴツとした皮の分厚い男勝りの足裏にまで成長していった。僕はそれを夏が過ぎ、紅葉が山を染め、次第に霜が降り、その霜も溶けて若葉が芽吹くまで、私は飽きもせずずぅーーッと裸足で膝を抱えて、観察していたわけだ。その頃には立派な剣道部員になったものだと足の指を弄びながら感心したもんだなぁ。
さておき、もう放課後だから、あの子に会わなくてはと、屋上へ向かおうと、教室を出ようとしたとき、教室側から声をかけられた。
ちょっと待って!




