第21話② 勇者たちの新しい家 後半
三人は荷物を片付け終え、団欒室へ集まっていた。窓の外には夕暮れの琵琶湖。穏やかな波が夕日に照らされ、瑠璃色に輝いている。しばらく誰も喋らなかった。勇者になった実感がまだ湧かない。そんな空気を最初に破ったのは姫乃だった。
「よーし、タケル、かるたしよっ?」
「か、かるた?また?姫乃まだ競技かるたやってんの?」
「やってるわよ。大好きだもん。でもね、勇者になってから相手がいなくなっちゃった。だってみんな、私が取り終わってもまだ反応してないんだよ?勝負にならなくなっちゃったの。だからお願い、タケル。また私の相手になって?」
「うーん、分かったよ。でもただやるのは面白くないから、なんかかける?」
「えーー?かけるの?じゃ、じゃあ、タケルが勝ったらなんでも一つ言うこと聞いてあげる。」
「え、えーー?女の子がなんでも言うこと聞くなんて、気軽に言っちゃダメだよ?」
「え?どうして?」
「いや、まあ、なんと言うか、男には男のロマンがあると言うか、その……。」
「あー!なんかエッチなこと考えてる?タケルもそう言うお年頃なんだあ。」
「バ!バカなこと言うなよ。そんなことあるわけないよ!」
「ふーん、どうだか。」
その時だった。
「お二人さん、ラブラブなとこ悪いけど、タケルは俺が先約やで。まだ勝負してへんからな。ちょうどホテルの横には広い砂浜もあるし、勝負し放題やで。かるたは勝負が終わってからやな。」
「ちょっと、いいところなのに割り込んでこないでよ!今喋ってるのは私!だから私が先なの!」
「えー。無茶苦茶やな。タケルタケル、ちょっと。」
雷太はタケルを窓際へ呼ぶ。二人でヒソヒソ話を始めた。
「なあ、あいついつもあんな感じ?めっちゃ強引やん。」
「君も大概だけどね。」
「いや、あいつには負けるで。見た目美人やのに、なんで喋ったらああなるんや?残念美人ってやつやな。」
「ちょっと!誰が残念美人よ!聞こえてるんですけど!」
「うわあ、まただよ。もうどっちでもいいから早くやってしまおうよ!」
「何、その嫌そうな言い方!」
「なんやねんその嫌そうな言い方!」
「あ?」
「あ?」
姫乃と雷太が同時に睨み合う。
「グルルルルルル……。」
「ウウウウウウウ……。」
タケルは頭を抱えた。
「もう二人とも獣になっちゃったよ。誰か助けてよー!」
その時だった。
チリンチリン。
襖の向こうから控えめな呼び鈴が聞こえた。
「は、はい、どうぞ」
襖が滑るように静かに開く。
「失礼いたします。」
一人の女性が部屋へ入ってきた。四十歳前後だろうか。派手さはない。だが、なぜか一緒にいるだけで心が落ち着く。「女将」という言葉が、そのまま人の姿になったような女性だった。さっきまで睨み合っていた雷太と姫乃も、不思議と肩の力が抜ける。二人とも自然に姿勢を正していた。
女将は三人を優しく見回し、柔らかく微笑んだ。そして、ゆっくり落ち着いた口調で話し始めた。
「改めまして。瑠璃温泉 ホテルびわ荘をご利用いただきまして、誠にありがとうございます。当ホテルの女将をしております、豊田と申します。よろしくお願いいたします。」
「当ホテルについて、簡単に説明いたします。**フロント・ロビー**レストランは2階にございますが、今回お客様のご夕食・ご朝食・ご昼食は全てこちらの団らん室兼ラウンジでご用意いたします。」
**「売店は2階ロビー横**にございます。滋賀のお菓子や地酒、びわ湖ならではのお土産を取り揃えておりますのでご利用ください。」
**「天然温泉大浴場は4階**にございます。琵琶湖を一望できる展望風呂で、旅の疲れをゆっくり癒やしていただけます。神経痛・筋肉痛・関節痛・冷え性・疲労回復などに効能がある泉質でございます。」
「トレーニングルームは団らん室の隣に特別ルームがございますので、そちらからご利用ください。24時間使い放題になっております。トレーニングルームの利用方法は常駐しているナビ子さんに聞いてください。」
「ご不明な点やお困りのことがございましたら、どうぞお気軽にフロントまでお声掛けください。本日より皆さんには、こちらをご自宅やと思ってお過ごしいただければと思います。」
三人は自然と頭を下げていた。
「お部屋はお一人に御一部屋ずつご用意しております。でも勇者本部からの伝言で、寝る時以外はなるべくこちらの団欒室でお寛ぎくださいますようにとのことでございます。作戦会議も、お食事のご相談も、おしゃべりも。こちらのお部屋は皆さんのお好きなように使っていただいて構いません。ここまでで何かご不明な点はございますか?」
雷太が思わず尋ねる。
「温泉は何時でも入ってええん?」
女将はくすっと笑う。
「もちろんです。夜通し入れますよ。11時から13時まで清掃になりますが、それ以外でしたらいつ御入りいただいても構いません。」
「やった!」
雷太の顔が一気に明るくなる。
「お風呂はどんなお風呂なの?」
「大浴場に、サウナ、露天風呂もありますよ。琵琶湖を眺めながら入るお風呂は格別に気持ちいいですよ。疲れがよくとれますし、お肌にもとってもいいんですよ。」
「お肌!」
姫乃の顔もパアッと明るくなる。
女将はそんな様子を見て、どこか嬉しそうに目を細めた。
「お夕食は一時間ほどでご用意できます。今晩は近江牛のしゃぶしゃぶですよ。楽しみにしてくださいね。」
「うわあ、最高!」と3人。
「それまで、ごゆっくりお寛ぎください。」
丁寧に一礼すると、襖の前で振り返る。
「ほな、なんかありましたら、いつでもお気軽に呼んでくださいませ。」
静かで優しい包み込むような笑顔が向けられた。襖が静かに閉まる。
パタン。
しばらく誰も喋らなかった。みんなほっこりとした気分になっている。最初に口を開いたのは雷太だった。
「俺、温泉入ってくるわ。」
「私、館内巡りしてくる。カルタはまた今度ね。」
二人はそれぞれ部屋を出ていった。襖が閉まる。
パタン。
一人残されたタケルは、急に静かになった団欒室を見回し、小さく首を傾げた。
「……なんだったんだろう。」
次回はお昼12時更新です。
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