第2話① 魔王、社会勉強をする 前半
安土城高校・体育館。
黒い魔法陣の中央。
信長は、捕れたての鯉のように、くるまれた布団ごとビチビチと暴れていた。あまりに暴れるので、死ぬ時と同様また布団巻きにされたのである。
「離せぇぇぇぇぇ!」「わしは器ではない!」「天下人じゃ!」「せめて布団外せぇぇぇ!」
魔族四人が必死に押さえつける。
「魔王様、落ち着いてください!」
「誰が魔王じゃ!」
「信長様、腕を!」「足も!」
「尻尾踏むな!」
「尻尾はありません!」
信長と結合済みで、一つの体となったルシフェルは困り果てていた。
『……四百五十年待って、これか。期待していた王と違う。』
信長は床を転がりながら叫ぶ。
「十兵衛ぇぇぇぇ!」「助けろぉぉ!」「誰か説明せい!」「説明なしに魂取る奴があるか!」
十分後。
二十分後。
三十分後。
ようやく信長は疲れ果てた。
「はぁ……はぁ……。」「もう暴れん。」
魔族たちがほっと息をつく。
布団を外す。その瞬間、信長は体育館の窓へ一直線に走った。
「おぉぉぉぉ!」「何じゃあれ!」
窓の外。道路を車が走っている。
「馬がおらん!」「牛もおらん!」「なのに走っとる!」「すごい!」
魔族が答える。
「自動車です。」
「じどうしゃ?」
「はい。」
「未来すげぇ!」
今度は信号機を見つける。
「何じゃあの赤と青!」
「信号です。」
「命令されとる!」
「未来の民は灯りに従うのか!」
「そういうものです。」
「便利じゃのう!」
五分後。
「何じゃあの鉄の鳥!」
「ヘリコプターです。」
「人が乗っとる!」
「はい。」
「落ちぬのか!」
「普通は。」
「普通?」
「たまには落ちます。」
「ほら。」
「そこだけ納得しないでください!」
十分後。
「何じゃあの細い板!」
「電柱です。」
「何のため?」
「電気を送ります。」
「電気?」
「説明長くなります。」
「聞こう!」
二十分後。
「何じゃスマホ!」
「電話です。」
「板で?」
「はい。」
「未来すげぇ!」
三十分後。
「コンビニとは?」
「二十四時間開いています。」
「寝ろ。」
一時間後。
「インターネット?」
「世界中と繋がります。」
「未来怖っ!」
二時間後。
「エアコン?」
「夏も冬も快適です。」
「未来最高!」
三時間後。
「自動販売機?」
「金を入れると飲み物が出ます。」
「未来は妖怪がおる!」
現代人と結合した魔族たちが交代で説明していた。もう七人目である。
一方。ルシフェルは信長の中で静かにその様子を見ていた。
「……。」
部下が恐る恐る尋ねる。
「ルシフェル様。そこにいらっしゃいますか?止めなくてよろしいので?」
『放っておけ。どうせ飽きる。』と信長の口を使って答えるルシフェル。
しかし、飽きなかった。
夕方。
「これは?」
「電子レンジです。」
「火を使わんのか!」
夜。
「これは?」
「エレベーターです。」
「箱が勝手に上がる!」
深夜。
「これは?」
「コピー機です。」
「字まで写る!」
翌朝。まだ続いていた。
「未来!」「最高!」
ルシフェルは言い放つ。
『……限界だ。』
部下たちが振り返る。
『我は寝る。説明はお前たちが続けろ。』
「えぇぇぇ!?」
『命令だ。』
そう言うと、ルシフェルは眠り、魔王の体は信長の独占状態となった。
魔族たちは絶望した。
「まだ質問百個くらいあります!」「ルシフェル様ぁぁ!」
信長は嬉しそうだった。
「次!未来で一番強い武将は誰じゃ!」
「えっと……。」
「野球って何じゃ!」
「サッカー?」
「新幹線?」
「宇宙?」
魔族たちは完全に家庭教師状態だった。
◇
数時間後。
ルシフェルはゆっくり目を覚ました。
『……静かだ。』
やっと疲れたか。
そう思いながら信長の中から信長の様子をうかがう。
だが、そこにいたのは、昨日とは別人だった。
信長は大きな黒板を前に立っていた。体育館中に地図が貼られている。紙には何本もの矢印。部下たちは正座していた。
「では続けよう。」
信長が静かに言う。
「まず敵勢力じゃ。」
「現時点で判明している敵勢力は何人だ。」
魔族たちは顔を見合わせた。
「……分かりません。」
「神々の動きは。」
「……。」
「自衛隊の戦力は。」
「調べてません。」
「警察。」
「知りません。」
「侵略計画。」
「ありません。」
「補給線。」
「考えてません。」
「金。」
「ありません。」
「諜報部隊。」
「……ありません。」
体育館に沈黙が落ちる。
信長は目を閉じた。
深く息を吸う。
「昨日一日。」
「お主らは何をしておった。」
魔族の一人がおずおずと手を挙げる。
「……結界張ってました。」
「それだけ?」
「はい。」
信長は頭を抱えた。
「戦は段取り八割じゃ。」
「情報なくして勝てる戦などない。」
その言葉を聞いたルシフェルは、思わず固まる。昨日まで未来の自動販売機に感動していた男とは、まるで別人だった。
◇
一方そのころ。
膳所城高校二年一組大和タケル。
「すまん、タケル。またサッカー部のメンツ足りなくてさあ。次の日曜日時間作ってくれないかなあ?」
サッカー部のキャプテンに頼まれるタケル。弱小膳所城高校サッカー部潰れかけの土壇場である。
「仕方ないなあ。でもボクみたいなド素人でいいの?かえって邪魔にならないの?」
「いやいや、とんでもない。タケル自分の実力分かってないのかよ?タケルが入ってくれるだけでかなり勝ち確になるんだぜ?」
「わかったよ。でも皆の邪魔にならない程度にしておくからね?」
「ありがとう。恩に着るよ。」(ボソッ)「ようし!これで勝ったぜ。」
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