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第1話② 安土城陥落 後半

光秀冤罪説で書いております。この方が楽しめると思います。

ルシフェルの金色の瞳が、妖しく輝いた。


「織田信長、お前の魂を、我に捧げよ」


 信長は、光秀の背中に隠れたまま、震える指でルシフェルを指した。


「いやじゃ」


 即答だった。


 光秀が思わず振り返る。


「殿、返事が早いですな」


「当たり前じゃろ。初対面の女に、いきなり魂を捧げよと言われて、はい喜んで、となる男がおるか」


「普通はおりませぬな」


「じゃろ?」


 信長は少しだけ自信を取り戻した。


「そもそも名乗りもせん相手に魂など渡せるか。礼儀がなっておらん」


 ルシフェルはゆっくり首を傾げた。


「我が名はルシフェル、堕天せし魔神。天を追われ、神に背き、魔界を統べる者」


 黒い翼が白い空間を覆う。その美しい顔に浮かぶ微笑みは、慈悲にも見え、嘲笑にも見えた。


「これでよいか」


 信長は光秀の肩越しに顔を出した。


「うむ。名乗りは格好いい」


「殿、そこではございませぬ」


「だが断る!」


「そこはぶれませぬな」


 ルシフェルは笑った。


 空間そのものが震えるような、低く美しい笑い声だった。


「面白い。死してなお、神にも悪魔にも屈さぬか」


 信長は胸を張った。


「当然じゃ。わしは織田信長ぞ」


 光秀が横から小さく言う。


「先ほど、私を信長にしようとしておられましたが」


「十兵衛、細かいことを覚えておるな」


「忘れられませぬ」


 ルシフェルは信長の魂を覗き込むように、静かに目を細めた。


「その傲慢。その反逆。その野心。神仏すら焼き払い、古き秩序を壊し、新しき世を望んだ魂」


 信長は眉をひそめる。


「言い方に悪意があるな」


「事実であろう」


「まあ、だいたい事実じゃが」


「認めるのですか、殿」


「事実は事実じゃ。だがな」


 信長は一歩前へ出た。


 光秀が慌てて腕を引く。


「殿、危のうございます」


「よい」


 信長はルシフェルを睨んだ。


「わしは、ただ壊したかったわけではない。古きものを壊さねば、新しき世は作れぬ。誰もが商いをし、誰もが才で上がり、誰もが古きしがらみに縛られぬ世。それを作りたかっただけじゃ!」


 光秀が静かに信長を見る。


 ルシフェルは満足そうに微笑んだ。


「だからこそ、お前なのだ。神に従うだけの魂では、我の器にはならぬ。神を疑い、世を疑い、常識を疑い、自らの手で世界を作り変えようとする魂。それこそが、我にふさわしい」


 信長は顔をしかめた。


「褒めておるのか、呪っておるのか分からん」


「どちらでもある」


「面倒な女じゃな」


 光秀が青ざめた。


「殿! 魔神に向かって面倒な女はおやめください!」


「いや、でも面倒じゃろ」


「それは否定しませぬが!」


 ルシフェルは、また笑った。


「ますます気に入った。お前を器とすれば、我は現世に完全に顕現できる。そして、世界を魔界へ変える」


 信長の表情から、笑みが消えた。


「世界を、魔界へ?」


「そうだ」


「弱き者は食われ、強き者が支配する。偽りの平和も、偽りの秩序も、すべて滅ぼす。お前が嫌った古き世と同じようにな」


 信長は黙った。


 その瞳が、鋭くなる。


「それは違う」


 ルシフェルの笑みが止まった。


「何?」


「わしは古き世を壊そうとはした。だが、民まで焼き尽くしてよいとは思っておらん」


 信長は鼻で笑った。


「強き者が弱き者を食うだけの世など、ただの獣の群れじゃ。国ではない。天下ではない。そんなもの、わしの望んだ世ではない!」


 光秀は目を伏せた。


「殿……」


 ルシフェルは静かに信長を見つめた。


 その金色の瞳の奥に、ほんの少しだけ冷たい怒りが宿る。


「拒むか」


「拒む」


「我と一つになれば、再び生きられる。天下を超え、世界を支配できる。神さえ踏み越えられる」


 信長は腕を組んだ。


「まあ、少し魅力的ではある」


「殿!?」


「正直、ちょっと楽しそうではある」


「殿ぉ!」


「じゃが、世界を魔界にするのは趣味ではない」


 信長はにやりと笑った。


「それに、わしは誰かの器になるほど、器の小さい男ではない!」


 光秀が感心したように頷いた。


「今のは少し上手いですな」


「じゃろ?じゃろ?」


「ただし状況は最悪です」


「それは知っておる」


 ルシフェルが右手を上げた。


 黒い闇が槍のように形を変える。


「ならば、力ずくで奪うまで」


 次の瞬間、闇の槍が信長へ伸びた。


 光秀が飛び出した。


「殿!」


 信長の前に立ち、両腕を広げる。闇の槍が光秀の胸を貫こうとした瞬間、彼の体が白く光った。槍は弾かれ、黒い火花を散らした。


 ルシフェルが初めて、光秀を見た。


「ほう」


 光秀自身も驚いていた。


「……今のは?」


 信長が背後から覗き込む。


「十兵衛、何かした?」


「しておりませぬ」


「じゃあ、根性?」


「根性で魔神の攻撃を弾けたら苦労しませぬ」


 ルシフェルは光秀をじっと見つめた。


「お前もまた、強き魂を持つ者か」


 光秀は刀もないのに、腰に手を置く。


「それがしは明智光秀。殿の家臣。殿には指一本触れさせませぬ!」


 信長は目を潤ませた。


「十兵衛……」


「殿」


「やっぱりお前、わしのこと大好きじゃろ」


「今それを言いますか」


「いや、感動したから」


「感動だけしていてください」


 ルシフェルは、光秀を見て小さく笑った。


「忠義か。面白い。おまえの魂も連れて行ってやろう」


 ルシフェルが指を鳴らした。


 黒い鎖が白い床から無数に伸び、光秀の手足に絡みつく。


「くっ!」


 光秀が膝をつく。


 信長が叫んだ。


「十兵衛!」


「殿、お逃げを!」


「逃げる場所が白しかない!」


「では、白い方へ!」


「全部白じゃ!」


 信長は叫びながらも、光秀へ駆け寄ろうとする。


 しかし、その前に黒い壁が立ちはだかった。


 ルシフェルは信長へ近づく。


 一歩。また一歩。そのたびに、白い空間が闇に飲まれていく。


「お前は我の器となる。そして、四百五十年後の現世にて目覚める。安土の地に、新たな城を築き、世界を魔界へ変える王となる」


 信長は歯を食いしばった。


「勝手に決めるな。わしの世は、わしが決める」


 ルシフェルが微笑む。


「その意志ごと、我が使おう」


 黒い翼が信長を包み込む。信長の体が闇に沈み始めた。


 光秀が鎖を引きちぎろうともがく。


「殿!」


 信長も手を伸ばす。


「十兵衛!」


 二人の手は、あと少しで届かない。信長は、闇に飲まれながら叫んだ。


「十兵衛!もしまた会えたら!今度こそ、最後は格好よく死なせろ!」


 光秀は涙目で叫び返した。


「死ぬ前提で話さないでください!」


「では、格好よく生きる!」


「それでお願いいたします!」


 信長は笑った。闇に沈みながら、それでも不敵に笑った。


「ルシフェル!」


 彼女の瞳が信長を見る。


「わしを器にするなら、覚えておけ。わしは、そう簡単に乗っ取られる男ではないぞ」


 ルシフェルは、美しく微笑んだ。


「だからこそ、価値がある」


 次の瞬間。


 闇が、信長の魂を完全に包み込んだ。白い空間に、光秀だけが残された。黒い裂け目が閉じていく。


 光秀は膝をついたまま、消えゆく闇へ向かって頭を下げた。


「殿、どうか、どうか御無事で」


 その瞬間、光秀も捕まれて裂け目に消えた。


 そして、白い空間は再び静寂に包まれた。

読んでみて少しでもいいと思っていただけましたら、、ブックマークと評価を★★★★★にしていただけると嬉しいです。


執筆を続ける励みとなりますので是非ともお願いいたします。


本作は光秀冤罪説に基づいています。


光秀犯人説は、最近光秀に同情的で謀反人のはずなのに悲劇のヒロイン?ヒーロー?で、その反動で被害者である信長を人格破綻者(笑)として描く、むちゃくちゃな展開です。


現代の犯罪報道で被害者が悪いなんて言おうもんなら大変なことになると思いますが。そんな強引で無茶なお話にするくらいなら、冤罪説の方がよっぽどすっきり読んでもらえると思い、冤罪説で展開します。


一応根拠は「本能寺の変明智光秀冤罪説」(本能寺姉弟、サンライズ出版)にあります。エビデンスを丁寧に示しながら説得的な内容を展開されるので楽しめます。


本能寺の変にご興味のある方は是非ご一読ください。


冤罪説への反論、批判は一切受け付けておりません。あくまでエンターテイメントなので冤罪説でお楽しみくださいまし。

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