第1話① 安土城陥落 前半
異世界転生ブームのせいで、勇者ばかりを押しつけられ、怒った魔神軍団が地球に逆転生を仕掛けるお話。
異世界転生ブーム。来る日も来る日も押しかけてくる転生者と転移者。全員が何らかのチート能力もちである。その数はどんどん膨れ上がり、5千、8千、そして、とうとう1万人を超えたところで、魔神がぶち切れた。
「地球に逆転生を仕掛ける!」
そしてあろうことか魔神ルシフェルは織田信長の魂を乗っ取り、大魔王となってしまう。
安土城跡に現れた魔王城・真安土城。その異様な光景に安土町どころか日本中が度肝を抜かれる。
地球の神々も黙っていない。若者に加護を与え、勇者とし、大魔王織田信長に対抗する。
安土町の、いや世界の命運や如何に!?
四月八日。
滋賀県近江八幡市安土町。
かつて織田信長が天下布武の象徴として築いた安土城跡。その城跡に建つ県立安土城高校では、入学式が行われるはずだった。
校門前には、真新しい看板が立っている。
『令和○年度 県立安土城高校 入学式』
桜は満開。
本来なら、真新しい制服に袖を通した新入生、スマホを構える保護者、忙しそうに走り回る教師たちで、校門前は賑わっているはずだった。
だが、その日。
安土城高校の空は、突然黒く染まった。
「え?」
最初に異変に気づいたのは、入学式の受付をしていた女性教師だった。
春の青空に、墨を垂らしたような黒い染みが広がっていく。
風が止まった。
鳥の声が消えた。
次の瞬間、校舎全体を巨大な黒い結界が包み込んだ。
悲鳴が上がる。
「な、何これ!」
「地震!?」
「違う、空が!」
体育館へ向かっていた新入生たちが足を止める。
保護者が子どもの手を引く。
教師たちが避難誘導を始めようとした、その時だった。
校舎の上に、ありえないものが浮かび上がった。
安土城。四百年以上前に焼け落ちたはずの幻の城が、黒い影となって、現代の高校校舎の上に重なっていく。
そして、その天主の最上階に、一人の女性らしき異形の存在が立っていた。
黒い翼。
白銀の髪。
黒いドレスのような衣。
人間離れした美しさを持ちながら、その瞳は底なしの闇のように冷たい。
堕天使ルシフェル。
彼女は安土城高校を見下ろし、静かに微笑んだ。
「ここが、安土か」
その声は小さかった。だが、結界内のすべての者の耳に届いた。
「さあ、器を探すとしよう」
その日、警察と消防がすぐに駆けつけた。
学校周辺は封鎖され、滋賀県庁にも緊急連絡が入った。
だが、誰も中へ入れなかった。
校門から先へ踏み込もうとした警察官は、見えない壁に弾き飛ばされた。
消防隊が救助用の器材を持ち込もうとしても、結界はびくともしない。
保護者の一人が泣き叫ぶ。
「中に娘がいるんです!お願いします! 助けてください!」
警察官は唇を噛んだ。
「必ず救助します。ですから、下がってください」
だが、その言葉には確信がなかった。
夜になっても、結界は消えなかった。校舎の明かりはすべて落ちている。しかし、校舎の上に浮かぶ黒い安土城だけが、不気味な光を放っていた。
翌九日。
事態は県だけで対応できる範囲を完全に超えた。
災害派遣要請を受け、自衛隊が出動した。
装甲車が到着し、ヘリが上空を旋回する。
報道陣が遠巻きにカメラを向け、アナウンサーが震える声で叫んでいた。
「現在、安土城高校は謎の黒い結界に包まれています! 昨日の入学式以降、校長以下、教師、生徒、新入生、保護者を含む多数が校内に閉じ込められている模様です!」
自衛隊の車両が結界へ近づく。隊員が慎重に手を伸ばした。
その瞬間。
バチン!
青黒い火花が散り、隊員が吹き飛ばされた。
「負傷者!」
「救護班!」
「結界表面に損傷なし!」
隊員たちが歯を食いしばる。だが、どれほど調べても、結界には傷一つつかなかった。
銃弾も通じない。
重機も通じない。
現代の技術では、そこに穴を開けることすらできなかった。
封鎖は二日目に入った。
そして三日目に入った。
誰一人、中へ入れず。誰一人、外へ出られない。
人々は知らなかった。
結界の内側で、すでに学校が学校でなくなっていることを。
安土城高校の体育館。
そこは、入学式の会場ではなくなっていた。
紅白幕は黒く染まり、祝花は枯れ、整然と並べられていた椅子はなぎ倒されている。床には巨大な黒い魔法陣。壁には見たこともない文字。
教師も生徒も保護者も、白い繭のようなものに包まれ、眠っていた。
その中央。
壇上の玉座に、ルシフェルが腰かけている。
彼女は美しかった。あまりにも美しく、あまりにも恐ろしかった。
周囲には魔族たちがひざまずいている。
ルシフェルは一人の教師の魔繭に指を伸ばした。淡い魂の光が浮かぶ。
「違う」
次に、保護者。
「違う」
次に、生徒。
「弱い」
次に、校長。
「論外」
魔族の一体が小さく震えた。
「る、ルシフェル様。校長は一応、この学校で一番偉い者かと……」
ルシフェルは校長をちらりと見る。
「肩書きと魂の格は別だ」
「は、はい」
「むしろ少し疲れている」
「そこまで見えるのですか」
「見える」
ルシフェルは退屈そうに頬杖をついた。
「どれも違う」
「この時代には、我を受け止める器がない」
魔族たちは顔を伏せる。
ルシフェルは体育館の天井を見上げた。その視線は、校舎を越え、空を越え、時間を越えていく。
「我にふさわしき魂。人の身で神を恐れず、天下を焼き尽くさんとする王の魂」
「器はどこだ!」
黒い翼が広がる。体育館の空間が歪んだ。黒い闇が渦を巻く。ルシフェルの金色の瞳が、ある時代を捉える。
四百五十年前。
天正十年。
京都、本能寺。深夜。
織田信長は、寝ていた。
天下人らしい威厳もなく、片腕を布団から出し、少しだけ口を開けて寝ていた。
後世の肖像画に描かれるような鋭い魔王ではない。
ただの、疲れ切った中年男である。
その静寂を破ったのは、乱暴な足音だった。
「いたぞ!」「織田信長だ!」「布団ごと持て!」「起こすな!」「起こしたら面倒だぞ!」
ふすまが乱暴に開かれ、武装した男たちが雪崩れ込んでくる。
信長は片目を開けた。
「……ん? 朝か?」
「持て!」「せーの!」
次の瞬間、信長は布団ごとぐるぐる巻きにされた。
「な、なんじゃ!? わし、寝ておる! 天下人が寝ておる!」
「黙れ!」
「いや、黙れではない! せめて説明せよ! あと雑! 扱いが雑!」
男たちは答えない。
四人がかりで信長を担ぎ上げる。
「重いぞ!」
「誰が重いじゃ! わしは標準じゃ!」
「暴れるな!」
「布団巻きにされて暴れられるか!」
信長は布団巻きのまま、寺の外へ運び出された。
夜風が顔に当たる。
信長は目だけを動かして周囲を見る。
「あれ?」
寺の中は静かだった。いや、静かすぎた。小姓もいない。僧もいない。警護もいない。炎も上がっていない。
「ちょっと待て」
信長は布団の中でもぞもぞ動いた。
「寺、もぬけの殻ではないか」
誰も答えない。
「乱丸は?」
沈黙。
「小姓衆は?」
沈黙。
「え? わし、置いていかれた?それとも皆殺し?」
沈黙。
「いやいやいや、天下人置いていくことある? 忘れ物じゃないんじゃぞ? 織田信長じゃぞ?」
そのまま信長は、寺の外の暗がりへ運ばれた。
「待て。せめて刀を取らせよ」
無視。
「では扇を」
無視。
「舞だけでも」
無視。
「人生五十年だけでも!」
無視。
「せめて『是非に及ばず』って言わせて!」
無視。
そして。
信長は、あっけなく殺された。
次に信長が目を覚ました時、そこは白い空間だった。
上も下もない。空も地面もない。ただ、どこまでも白い。
「……ん?」
信長は上体を起こした。
「ここは……どこじゃ?」
周囲を見回す。すると少し離れた場所に、一人の男が正座していた。
明智光秀。
織田家重臣。通称、十兵衛。
信長はしばらく見つめた。
光秀も、しばらく見つめ返した。
沈黙。気まずい。とても気まずい。
信長が先に口を開いた。
「十兵衛ではないか」
光秀は深く頭を下げた。
「殿。またお会いできて、うれしゅうございます」
「わしらは死んだのか? ここはどこじゃ?」
「それがしにもわかりませぬ。少なくとも、天国ではありますまい」
「でも白いぞ」
「白ければ天国というわけではございませぬ」
「では豆腐の中か?」
「なぜですか」
「白いから」
「発想が雑にございます」
信長は立ち上がり、自分の体を確認した。傷はない。布団にも巻かれていない。
「寝ている最中、叩き起こされ、寺の外まで連れ去られ、すぐに殺されたわ」
光秀は眉をひそめた。
「それはまた、ずいぶん雑な最期でございましたな」
「ひどくない?」
「ひどいですな」
「本能寺、燃えてすらおらんかったぞ」
「それは困りましたな」
「困るじゃろ?」
「いや、後世の絵師や講談師が」
「そこかい!」
信長は両手を広げた。
「てっきり寺に火をかけられ、『是非に及ばず!』とか言って、格好よく散るものだと思っておったわ!」
「殿、それはそれで少し盛りすぎです」
「最後くらい盛らせろよ!」
「死に際まで自己演出ですか」
「天下人じゃぞ。最期の見栄えは大事じゃ」
信長はすっと姿勢を正した。
「あ、ここで舞っとこうか」
「おやめください」
「人生五十年――」
「ウザいのでおやめください」
「ウザいって言った!」
信長は目を見開いた。
「家臣が主君にウザいって言った!」
「死後ですので」
「死後でも礼儀はあるじゃろ!」
「では、丁寧に申し上げます」
光秀は深く頭を下げた。
「大変恐れながら、非常にウザうございます」
「丁寧に言えばよいと思うな!」
信長は肩で息をした。
光秀は小さくため息をつく。
「それより殿。どうやら我らは、秀吉に見事に嵌められましたな」
信長の表情が少し変わる。
「うむ。猿め、見事じゃ」
「それがし、突然殿を攫われ、何もさせてもらえませんでした。信忠様の救済も、安土城への救援も。忠興にまでとっくに根回しが済んでおり、さすがに諦めました」
「うわあ、それは用意周到だわ」
信長は腕を組んだ。
「1年くらいは準備してたんじゃない?」
「そもそも殿は隙だらけなのです」
「ほら来た」
「近江には六角勢を温存されるし、本願寺派も生き残っておりますし、信忠様まで隙だらけ。嘘の救援要請も見抜けず、調略を秀吉に任せるから悪用されて、これだけの大々的な謀反にも気付かず」
「十兵衛」
「はい」
「説教長い」
「まだ序の口です」
「死んでまで説教されるとは思わなんだ」
「殿が死んでも反省しないからです」
「もうよいもう良い。言うても始まらん」
「始まらぬから言っているのです」
信長は話を切るように、白い空間を見回した。
「それより、ここがどこなのかを調べよう」
その時だった。
白い空間の壁に、一本の黒い筋が入った。
二人は同時にそちらを見る。
筋はゆっくり広がっていく。白い世界が、少しずつ黒く染まり始めた。
「……あれ?」
信長の声が少し震える。
「や、やっぱり地獄?」
光秀も無言で身構える。
信長は急に早口になった。
「いや、そりゃ人はたくさん殺したけど、ある意味仕方なかったというか。延暦寺も政治的判断であって、個人的な恨みではなく、時代背景とか、比叡山側にも事情はあったが、こちらにも事情があってじゃな――」
「殿、言い訳が早いです」
「地獄の門番に聞かれる前にちゃんと言い訳を整理しておかんと!」
その時。
黒い裂け目の向こうから、巨大な金色の目が覗いた。
人ではないものの目。
「きゃああああああ!」
信長と光秀は同時に叫び、反射的に抱き合った。
「十兵衛! 何あれ何あれ!」
「存じませぬ!」
「お前、頭いいだろ! 説明せよ!」
「頭が良くても、あれは無理です!」
黒い裂け目がさらに広がる。
そこから、一人の女が現れた。
黒い翼。白銀の髪。闇をまとった、美しすぎる女。
堕天使ルシフェル。
彼女は二人を見下ろし、微笑んだ。
「お前が信長か?」
信長は自身の頭を、光秀の懐へと押し込んだ。
「い、いや、隣の人が信長です」
「殿!」
光秀が叫ぶ。
信長は必死だった。
「ほら、こっちの方が賢そうでしょ? なんか政治とか得意そうでしょ? あと座り方がきれい!」
「無理がございます!」
「顔も知的じゃし!」
「褒めても駄目です!」
ルシフェルは、光秀をちらりとも見なかった。
ただ、信長だけを見ていた。
「やはり、お前が信長ではないか!」
信長は青ざめた。
「ばれておる」
「ばれます!」
光秀は頭を抱えた。
ルシフェルはゆっくりと近づいてくる。白い空間が黒く沈んでいく。
「見つけたぞ、我が器」
信長は、ごくりと唾を飲んだ。
「器?」
ルシフェルの金色の瞳が、妖しく輝いた。
「織田信長、お前の魂を、我に捧げよ」
お読みいただきありがとうございますm(_ _)m
皆様に大切なお願いがございます。
読んでみて少しでもいいと思っていただけましたら、、ブックマークと評価を★★★★★にしていただけるととっっっっても嬉しいです。(*´ω`*)
執筆を続ける励みとなりますので是非ともお願いいたします。m(_ _)m
なお、本作は光秀冤罪説に基づいています。
歴史に詳しい方からするとなぜ?と思われるかもしれませんが、光秀犯人説は、最近光秀に同情的で謀反人のはずなのに悲劇のヒーロー?で、その反動で被害者である信長を人格破綻者(笑)として描く、むちゃくちゃな展開です。
現代の犯罪報道で被害者が悪いなんて言おうもんなら大変なことになると思いますが。そんな強引で無茶なお話にするくらいなら、冤罪説の方がよっぽどすっきり読んでもらえると思い、冤罪説で展開します。
一応根拠は「本能寺の変明智光秀冤罪説」(本能寺姉弟、サンライズ出版)にあります。エビデンスを丁寧に示しながら説得的な内容を展開されるので楽しめます。
本能寺の変にご興味のある方は是非ご一読ください。
冤罪説への反論、批判は一切受け付けておりません。あくまでエンターテイメントなので冤罪説でお楽しみくださいまし。
悪しからず、ご了解のほどおねがいいたします。m(_ _)m




