第6話② 初めての校外学習(後半)
転移が終わると、ミノタウロスは辺りをきょろきょろ見回した。
「校長先生。人間は……こんなに歩いているのですね。」
「当たり前じゃ。」
「襲わないのですか?」
「襲うな。」
「はい。」
頭の中。ルシフェルが小さく笑う。
《今日はその確認を何回聞くのだ。》
(それだけ大事なんじゃ。)
◇
最初に入ったのはコンビニだった。自動ドアが開く。
ウィーン……
ミノタウロスは飛び上がった。
「敵襲!」
「違う。」
「ドアじゃ。」
「勝手に開きました!」
「未来じゃ。」
店員が笑顔で迎える。
「いらっしゃいませー。」
ミノタウロスは慌てて頭を下げた。
「い、いらっしゃいました!」
「違う。」
「こんにちはじゃ。」
「こんにちは!」
「よし。」
信長は満足そうに頷いた。
(教育の成果じゃ。)
《まだ挨拶だけだぞ。》
(一歩前進じゃ。)
◇
店内。
ミノタウロスは棚を見て目を丸くした。
「校長先生!おにぎりが三十種類あります!」
「人間は米が好きじゃからな。」
「全部食べたいです。」
「一万円では足らん。」
「そうなのですか。」
隣ではベリアルが真剣にカップ麺を眺めていた。
「三分とは何でしょう。」
「待つ時間じゃ。」
「戦より長く感じます。」
◇
レジ。
ミノタウロスは恐る恐る一万円札を差し出した。
「これを……。」
店員。
「千二百四十八円です。」
レジが鳴る。ガチャ。
「お預かりします。」
ジャラジャラ……
「八千七百五十二円のお返しです。」
ミノタウロスは固まった。
「返してくれるのですか?」
「もちろんです。」
店員は不思議そうな顔をした。
信長は笑う。
「これがお釣りじゃ。」
「人間社会は。思ったより親切なのですね。」
「全部が全部ではない。」
「じゃが。買えば残りは返してくれる。だから奪う必要がない。」
ミノタウロスは何度も頷いた。
◇
続いてショッピングモール。フードコート。信長の足が止まる。
パフェ。クレープ。ソフトクリーム。
《止まるな。》
(見ただけじゃ。)
《目が輝いておる。》
(校外学習じゃ。)
《校外学習で甘味を見る必要はあるのか。》
(ある。)
《何故だ。》
(……食文化調査じゃ。)
《苦しい言い訳だな。》
ミノタウロスが指をさした。
「校長先生。あれは何ですか。」
「パフェじゃ。」
「食べ物ですか。」
「最高の食べ物じゃ。」
《本音が出た。》
◇
結局三人ともパフェを注文した。
ベリアル。
「冷たい!」
ミノタウロス。
「甘い!」
信長。
「うまい!」
ルシフェル。
《校外学習ではなかったのか。》
(食文化調査じゃ。)
《三杯目だぞ。》
(比較研究じゃ。)
《言い訳だけは上手いな。》
◇
帰り道。ミノタウロスは買い物袋を大事そうに抱えていた。
「校長先生。今日は。本当に勉強になりました。人間は。奪わなくても。笑って物を売ってくれるのですね。」
信長はゆっくり頷いた。
「そうじゃ。人は、敵にするより客にした方がええ。」
ルシフェルが静かに尋ねる。
《これも天下人の経験か。》
(そうじゃ。)
《人を支配するとは、人を殺すことではないのだな。》
(ようやく分かったか。)
《少しだけな。》
◇
夕暮れ。安土城魔王学園。
留守番だったゴブリンたちが駆け寄ってきた。
「ギャーー!」「お土産!」
ミノタウロスは笑顔で袋を開いた。
「みんなの分です。」
イカの足だった。
ゴブリンたちは大歓声を上げる。信長はその光景を見ながら笑う。
(今日は百点じゃ。)
《何がだ。》
「誰一人。暴れんかった。盗まんかった。人間を嫌いにもならんかった。十分じゃ。」
ルシフェルも静かに笑った。
《……そうだな。今日は良い校外学習だった。》
その夜。
校長室で日誌を書きながら、信長は最後に一行だけ書き加えた。
**『民を知る者だけが、民を治めることができる。』**
◇
一方そのころ。
石山寺高校二年三組武見雷太。
金髪に左耳にピアス。少しヤンキー風。
そのため、ガラの悪いお兄ちゃん達に絡まれることがある。
「おう、おまえ、金髪なんかにして、めっちゃ目立ってるやん?」「なあなあ、わいたちちょっと金欠でよお、悪いけどちょっと金貸してくれや。」「わてらが機嫌ようしてる間に出すもん出した方がええで?」
今日も3人のあっち系のお兄ちゃん達に絡まれる雷太。しかし、このお兄ちゃん達は運が悪い。石山付近の金髪頭の人間を見かけたら、決して手出しをしてはいけない。これがこの界隈の暗黙のルールだったのに、大阪から遊びに来たお兄ちゃん達は地雷を踏んでしまったのである。
「おい、さっさと出さんかい!」と雷太を捕まえようとしたその時。
瞬間、お兄ちゃんの一人が地面に倒れていた。
「なんやこいつ。なんかしよったんか?やってまえ!」
次々と投げ飛ばされるお兄ちゃん達。一体何をされたのか、誰も分からない。
「大したことないな、お兄ちゃん達。あんたらでは、俺に指一本触れることもできんで?」
それもそのはず。雷太は合気道五段。空手三段。柔道三段。剣道三段のうで前。そこらのお兄ちゃんが束でかかっても勝てるはずがなかった。
「あーあ、つまらんのう。またタケルみたいな奴おらんかなあ。」
のされたお兄ちゃん達をほったらかして、雷太はどこかへ消えていくのであった。
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