第6話① 初めての校外学習(前半)
四月十五日。午前九時。
安土城魔王学園、体育館。
魔族たちは朝礼のために集められていた。信長は壇上に立ち、ゆっくりと体育館を見渡した。
「今日は校外学習じゃ。」
一瞬の静寂。次の瞬間、体育館が揺れた。
「おおおおお!」「外!」「人間!」「街!」「食べ物!」
ゴブリンたちも意味は分かっていないが、とりあえず大喜びしている。
「ギャーー!」「ギャギャーー!」
信長は片手を上げた。
「ただし。」
ピタリ。全員が止まる。
「参加を許すのは、人間と融合し、人間に近い姿を取れる者だけじゃ。」
ゴブリンたちが固まった。
「ギャ?」「お前たちは留守番じゃ。」
「ギャァァァァ!」
体育館のあちこちから悲鳴が上がる。
ベリアルが慌ててなだめる。
「皆さん、今日は自習です!」
「ギャァァ!」
「イカの足あります!」
「ギャ!」
泣き止んだ。信長は深く頷いた。
「民を無駄に敵に回してはならん。その姿で街へ出れば、人間は怯える。怯えは反感になる。反感は怒りになる。怒りは一揆になる。」
体育館が静まり返る。
「わしは仏敵と呼ばれてから、さんざん苦労した。民を正面から敵に回すな。これは絶対じゃ。」
頭の中でルシフェルが静かに言う。
《経験者の言葉は重いな。》
(重いぞ。)
《本当に苦労したのだな。》
(本当に苦労した。)
信長は咳払いをした。
「よって、本日の参加者は限る。」
「ミノタウロス君。」
「はい!」
巨体の青年が立ち上がった。
角は小さく残っているが、顔立ちはほとんど人間に近い。
「今日はお前が生徒代表じゃ。」
「私がですか。」
「そうじゃ。人間社会をしっかり学べ。」
「はい!」
ミノタウロスは緊張で背筋を伸ばした。
「そして。」
信長が横を見る。
「財務部長マモン。」
「はい。」
マモンがにこやかに前へ出た。
両手には分厚い封筒。
「本日の校外学習費でございます。」
ドン。
長机に置かれた封筒の束に、体育館中の視線が集まった。
「一人一万円。」
ざわっ。ざわざわっ。
「一万円?」「それは強いのですか?」「食べられますか?」
信長は首を振った。
「食べるな。金じゃ。人間社会では、金があれば大抵の物は買える。」
ミノタウロスが封筒を両手で受け取る。
「これで……物が手に入るのですか?」
「そうじゃ。」
「なら、奪わなくてよいのですか?」
「そうじゃ。」
信長は全員へ向き直る。
「よく聞け。欲しい物があれば、奪うな。買え。暴行、略奪、窃盗は一切禁止じゃ。人間社会で生きるには、まず金で物を買うことを覚えよ。」
マモンは満足そうに笑っている。
ルシフェルが頭の中で低く問う。
《マモン。その金はどこから調達した。》
マモンは笑顔のまま答えた。
「財務部長として、必要なものを必要なだけご用意したまでです。」
《答えになっておらん。》
「財務部長には守秘義務がございます。」
《怪しい。》
信長はにやりと笑った。
「まあよい。」
《よくない。》
「金には困らぬ。」
《なぜだ。》
信長は体育館の天井を見上げ、少しだけ悪い顔をした。
「滋賀県はな。日本政府の心臓部なのだ。そこさえ押さえてしまえば、実は金には全く困らん。くっくっく。」
体育館が妙に静かになった。
ルシフェルも沈黙した。
《……。何を言っておるのか、全く分からぬ。》
「そのうち分かる。」
《説明しろ。》
「せぬ。」
《気になるではないか。》
「気にしておけ。」
マモンはにこにこしたまま、封筒を配り続ける。信長は最後にもう一度、参加者たちへ言った。
「今日の目的は、人間の日常生活を体験し、溶け込むことじゃ。店員には挨拶。欲しい物は金を払って買う。食べたら感想を言う。迷子になるな。」
ミノタウロスが真剣な顔で頷いた。
「分かりました。」「挨拶。」「買う。」「食べる。」「迷子にならない。」
「よし。」
信長は満足そうに頷く。
「では出発じゃ。」
体育館の扉が開く。外には、春の光が広がっていた。ミノタウロスは封筒を胸に抱え、初めての人間社会へ一歩を踏み出した。その顔は、戦場へ向かう兵士のように真剣だった。ただし目的地は、近所のコンビニだった。転移陣が輝いた。
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