第七話 白銀の青年
ヴァイスは店の奥の席へ腰を下ろした。
それだけだった。
アークたちに話しかけるわけでもない。
こちらを見ることもない。
ただ静かに窓の外を眺めている。
⸻
それなのに。
なぜか気になった。
⸻
「知り合いか?」
グレンが聞く。
⸻
「いや」
アークは首を振る。
⸻
会ったことはない。
少なくとも記憶にはない。
⸻
だが。
⸻
妙に引っ掛かる。
⸻
夢で見たことがあるような。
そんな感覚だった。
⸻
「変な顔してますよ」
セレスが言う。
⸻
「そうか?」
⸻
「してます」
⸻
「してるな」
グレンまで頷いた。
⸻
「ひどいな」
⸻
フィンは笑っていた。
⸻
「村出たばっかなのに恋か?」
⸻
「違う!」
⸻
「反応早っ」
⸻
セレスが吹き出した。
⸻
アイリスも小さく笑う。
⸻
少しだけ空気が和らいだ。
⸻
その時だった。
⸻
ガシャァン!!
⸻
突然。
店の窓ガラスが割れた。
⸻
悲鳴。
⸻
客たちが振り向く。
⸻
黒い影が店内へ飛び込んできた。
⸻
魔物だった。
⸻
犬に似ている。
⸻
だが体長は二メートル近い。
全身を黒い毛に覆われている。
⸻
赤い瞳。
鋭い牙。
⸻
「魔物!?」
⸻
リベルタのど真ん中だ。
⸻
普通ならありえない。
⸻
魔物は咆哮する。
⸻
そして。
⸻
一番近くにいた子供へ向かって飛び掛かった。
⸻
「危ない!」
⸻
アークが立ち上がる。
⸻
だが距離が遠い。
⸻
間に合わない。
⸻
そう思った瞬間。
⸻
白い閃光が走った。
⸻
魔物が吹き飛ぶ。
⸻
壁へ激突。
⸻
店内が静まり返った。
⸻
誰も何が起きたのか分からない。
⸻
ただ一人。
⸻
ヴァイスだけが立っていた。
⸻
いつの間にか。
⸻
抜き放たれた黒い剣。
⸻
その切っ先が魔物へ向いている。
⸻
「下がっていろ」
⸻
静かな声だった。
⸻
だが有無を言わせない迫力があった。
⸻
魔物が唸る。
⸻
立ち上がる。
⸻
そして再び襲い掛かろうとした。
⸻
次の瞬間。
⸻
黒い剣が閃く。
⸻
一撃だった。
⸻
魔物はそのまま崩れ落ちる。
⸻
動かない。
⸻
絶命していた。
⸻
店内が騒然となる。
⸻
「なんだ今の……」
⸻
アークは呆然としていた。
⸻
強い。
⸻
それしか言葉が出なかった。
⸻
グレンも目を細めている。
⸻
「相当だな」
⸻
歴戦の傭兵がそう言うほどだった。
⸻
ヴァイスは剣を納める。
⸻
そして何事もなかったかのように歩き出す。
⸻
店を出ようとしている。
⸻
その時。
⸻
アークは気付いた。
⸻
魔物の胸。
⸻
そこに奇妙な紋章が刻まれている。
⸻
見覚えがあった。
⸻
夢の中。
⸻
崩壊する神殿。
⸻
その壁に刻まれていた紋章。
⸻
ズキッ――
⸻
激しい頭痛。
⸻
視界が揺れる。
⸻
知らない記憶が流れ込む。
⸻
燃える都市。
⸻
戦場。
⸻
黒い怪物。
⸻
そして。
⸻
巨大な黒い瞳。
⸻
『ネフィリム』
⸻
誰かがそう呼んだ。
⸻
「っ!」
⸻
アークは息を呑む。
⸻
気付けば。
⸻
ヴァイスが立ち止まっていた。
⸻
振り返っている。
⸻
金色の瞳が真っ直ぐこちらを見ていた。
⸻
まるで。
⸻
アークの見たものを理解しているように。
⸻
数秒。
⸻
沈黙が続く。
⸻
そして。
⸻
ヴァイスは初めて口を開いた。
⸻
「その夢」
⸻
アークの背筋が凍る。
⸻
「まだ見ているのか」
⸻
店内の空気が止まった。
⸻
なぜ。
⸻
なぜこの男が。
⸻
夢のことを知っている。
⸻
ヴァイスは答えない。
⸻
ただ。
⸻
静かに告げた。
⸻
「近いうちにまた会う」
⸻
そう言い残して店を出ていった。
⸻
アークは動けなかった。
⸻
夢。
⸻
ネフィリム。
⸻
謎の青年。
⸻
そして。
⸻
アイリスの怯えたような表情。
⸻
何かが始まっている。
⸻
まだ見えない何かが。
⸻
確実に。




