第四話 空船の港町
フィオラ島の空港は、村から歩いて半日ほどの場所にあった。
島の端。
巨大な断崖の上に造られた発着場。
空船が行き交うための港だ。
⸻
「でか……」
アークは思わず声を漏らした。
⸻
目の前には巨大な空船が停泊している。
木造の船体。
何枚もの帆。
船底には蒼く光る魔導結晶。
まるで空飛ぶ城だった。
⸻
「初めて見るのか」
グレンが聞く。
⸻
「遠くからなら」
⸻
「田舎者だな」
⸻
「うるさい」
⸻
出会って一日。
だがもう分かる。
この男は口が悪い。
⸻
アイリスは黙って船を見上げていた。
⸻
その横顔を見て、アークは少し気になった。
⸻
「どうした?」
⸻
「……懐かしい気がする」
⸻
アイリスは小さく呟く。
⸻
「乗ったことあるのか?」
⸻
「分からない」
⸻
そう言って首を振る。
⸻
やはり記憶が曖昧なのだろう。
⸻
その時だった。
⸻
ボォォォォォ――
⸻
低い汽笛が鳴る。
⸻
船員たちが忙しく動き始めた。
⸻
「出航だ!」
⸻
「乗り遅れるな!」
⸻
乗客たちが慌てて船へ向かう。
⸻
アークたちも乗船した。
⸻
船が浮き上がる。
⸻
地面が離れる。
⸻
フィオラ島が少しずつ小さくなっていく。
⸻
「おおおおお!」
⸻
アークは身を乗り出した。
⸻
「落ちるぞ」
⸻
「落ちない!」
⸻
「そう言う奴が落ちる」
⸻
「縁起悪いこと言うな!」
⸻
アイリスが吹き出した。
⸻
「ふふっ」
⸻
旅が始まって初めて見た笑顔だった。
⸻
その笑顔を見て。
アークは少し安心した。
⸻
空船は順調に飛んでいた。
⸻
青空。
雲海。
無数の浮遊島。
⸻
まるで絵本の世界だった。
⸻
だが。
平和な時間は長く続かなかった。
⸻
「泥棒だ!」
⸻
突然。
船内から怒鳴り声が響く。
⸻
乗客たちがざわつく。
⸻
ひとりの少年が走っていた。
⸻
金髪。
軽装。
年齢はアークより少し下だろうか。
⸻
右手には財布が握られている。
⸻
どう見ても犯人だった。
⸻
「待てコラ!」
⸻
後ろから船員が追いかけている。
⸻
少年は人混みを器用にすり抜ける。
⸻
速い。
⸻
かなり慣れている。
⸻
だが。
⸻
「どけぇ!」
⸻
「え?」
⸻
運が悪かった。
⸻
進路上にいたのはアークだった。
⸻
ドンッ!
⸻
盛大に激突。
⸻
二人とも転がる。
⸻
財布が宙を舞う。
⸻
そして。
⸻
少年は顔面から甲板へ突っ込んだ。
⸻
静寂。
⸻
周囲が固まる。
⸻
アークも固まる。
⸻
少年も固まる。
⸻
数秒後。
⸻
「いっっっっっったぁぁぁぁ!!」
⸻
絶叫が響いた。
⸻
「お前前見ろよ!」
⸻
「お前が突っ込んできたんだろ!」
⸻
「細かいこと言うな!」
⸻
「細かくない!」
⸻
船員たちが追いつく。
⸻
少年は慌てて立ち上がる。
⸻
逃げようとする。
⸻
だが。
⸻
グレンが首根っこを掴んだ。
⸻
「離せ!」
⸻
「無理だ」
⸻
「ちくしょう!」
⸻
完全に捕まった。
⸻
数分後。
⸻
少年は甲板の隅に座らされていた。
⸻
ふてくされている。
⸻
「で?」
アークが聞く。
⸻
「なんで盗みなんてしたんだ?」
⸻
少年は顔を逸らす。
⸻
答えない。
⸻
だが。
⸻
グゥゥゥ……
⸻
お腹が鳴った。
⸻
盛大に。
⸻
アークとアイリスは顔を見合わせる。
⸻
少年の顔が真っ赤になる。
⸻
「今のは違う」
⸻
「何がだよ」
⸻
「違うったら違う」
⸻
「腹減ってるじゃん」
⸻
「うるさい!」
⸻
アークは苦笑した。
⸻
そして。
⸻
「飯食うか?」
⸻
少年が固まる。
⸻
アイリスも少し驚いている。
⸻
グレンは呆れていた。
⸻
「お前は昔からそうなのか」
⸻
「何が?」
⸻
「警戒心がない」
⸻
アークには意味が分からなかった。
⸻
だって。
⸻
腹が減っているなら。
まず飯を食うべきだろう。
⸻
それだけの話だ。
⸻
少年はしばらく黙っていた。
⸻
やがて。
⸻
小さく呟く。
⸻
「……フィン」
⸻
「ん?」
⸻
「俺の名前」
⸻
そう言って。
⸻
少しだけ笑った。
⸻
「フィンだ」
⸻
後にアークたちの仲間となる少年との出会いだった。
⸻
その頃。
はるか遠く。
雲海の向こう。
⸻
黒い外套を纏う青年が空船を見上げていた。
⸻
白銀の髪。
金色の瞳。
⸻
ヴァイス。
⸻
彼の手には奇妙な結晶が握られている。
⸻
蒼く脈動する光。
⸻
レガリアに反応する結晶。
⸻
ヴァイスは静かに目を閉じた。
⸻
「見つけた」
⸻
そして。
⸻
「蒼空の継承者」
⸻
旅はまだ始まったばかりだった。




