第三話 旅立ちの朝
翌朝。
フィオラ島は妙な空気に包まれていた。
昨日の魔獣騒ぎのせいだ。
広場では大人たちが集まり、何やら話し込んでいる。
壊れた家の修理も始まっていた。
幸い死者は出なかった。
だが誰も安心はしていない。
あんな魔物は今まで現れたことがなかったからだ。
⸻
アークは家の前で木箱を運んでいた。
「よっと」
思ったより重い。
母さんが保存食を詰め込んだからだ。
⸻
「多すぎない?」
「多くない」
即答だった。
⸻
「いや、多いって」
「旅先でお腹を空かせる方が問題です」
⸻
母さんは真顔だった。
もう反論する気力もない。
⸻
アークはため息を吐いた。
旅。
その言葉が現実味を帯び始めていた。
⸻
昨夜。
村長たちとの話し合いがあった。
結論は単純だった。
⸻
アイリスを放っておけない。
⸻
彼女の身元を調べる必要がある。
そして。
昨日の魔獣も気になる。
⸻
村長は言った。
⸻
「リベルタへ行け」
⸻
フィオラ島最大の交易都市。
冒険者ギルドもある。
情報も集まる。
⸻
まずはそこを目指すことになった。
⸻
「本当に行くの?」
背後から声がする。
⸻
振り向く。
アイリスだった。
⸻
銀色の髪が朝日に照らされている。
昨日まで借りていた服ではなく、母さんが用意した旅装束を着ていた。
意外と似合っている。
⸻
「行くよ」
アークは答えた。
⸻
「迷惑じゃない?」
⸻
少しだけ不安そうだった。
⸻
アークは笑う。
⸻
「今さらだろ」
⸻
「でも」
⸻
「困ってる奴を放っておけないんだよ」
⸻
それは本音だった。
⸻
アイリスは少し驚いた顔をする。
そして。
小さく笑った。
⸻
「変な人」
⸻
「よく言われる」
⸻
「絶対嘘」
⸻
「いや本当」
⸻
そんなやり取りをしていると。
遠くから足音が聞こえてきた。
⸻
ガシャン。
ガシャン。
⸻
金属音。
重い足取り。
⸻
広場の人々が振り返る。
⸻
そして道が開いた。
⸻
ひとりの男が歩いてくる。
⸻
大きい。
⸻
アークより頭一つ分は高い。
肩幅も広い。
黒いロングコートの下から軽鎧が覗いている。
背中には巨大な剣。
歴戦の冒険者。
そんな言葉が似合う男だった。
⸻
右目の下には一本の傷跡。
だが顔つきは意外と穏やかだった。
⸻
男はアークの前で止まる。
⸻
「お前がアークか」
⸻
低く落ち着いた声だった。
⸻
「そうだけど」
⸻
男は数秒アークを見る。
値踏みするように。
⸻
そして。
小さく息を吐いた。
⸻
「聞いていたより子供だな」
⸻
「は?」
⸻
失礼な第一声だった。
⸻
アークの眉がぴくりと動く。
⸻
男は気にした様子もない。
⸻
「俺はグレン」
⸻
その名前を聞いた瞬間。
村長が慌てて近付いてきた。
⸻
「おお! 来てくださったか!」
⸻
随分親しそうだ。
⸻
グレンは軽く会釈する。
⸻
「依頼を受けた」
⸻
依頼?
⸻
アークは首を傾げた。
⸻
村長が咳払いをする。
⸻
「言ってなかったか?」
⸻
「何を?」
⸻
「護衛だ」
⸻
嫌な予感がした。
⸻
「リベルタまでお前たちに同行してもらう」
⸻
アークは固まる。
⸻
そしてグレンを見る。
⸻
グレンもこちらを見ていた。
⸻
「足だけは引っ張るなよ」
⸻
「それはこっちの台詞だ!」
⸻
初対面から最悪だった。
⸻
アイリスは横で小さく笑っている。
⸻
こうして。
アーク。
アイリス。
そしてグレン。
⸻
三人の旅が始まることになった。
⸻
だが彼らはまだ知らない。
⸻
この旅の最初の目的地。
空の港町リベルタで、
新たな仲間。
新たな敵。
そして。
エクリプスの青年――ヴァイスと出会うことを。




