第二話 黒翼の魔獣
村の鐘が鳴り続ける。
カン、カン、カン――。
嫌な音だった。
普段は滅多に鳴らない。
だからこそ、聞くだけで胸がざわつく。
⸻
「アーク!」
階下から母さんの声が聞こえる。
「逃げる準備を!」
「分かってる!」
返事をしながら壁に掛けてあった剣を手に取る。
訓練用ではない。
父親の形見だった。
古い剣だが、手入れは欠かしていない。
⸻
「行くの?」
アイリスが聞く。
アークは頷いた。
「様子を見るだけだ」
「危険だよ」
「それでも行かなきゃ」
⸻
村には知り合いがいる。
友人もいる。
見捨てるなんて選択肢はなかった。
⸻
家を飛び出す。
村は混乱していた。
人々が避難している。
子供を抱えた母親。
荷物を運ぶ男たち。
叫び声。
泣き声。
⸻
アークは人波を掻き分けながら広場へ向かった。
⸻
すると。
空から影が落ちる。
⸻
巨大な翼。
黒い羽。
鋭い鉤爪。
赤く光る瞳。
⸻
魔獣だった。
⸻
「うそだろ……」
アークは息を呑む。
こんな魔物、この辺りでは見たことがない。
⸻
魔獣が翼を羽ばたかせる。
突風。
家の屋根が吹き飛ぶ。
悲鳴が上がる。
⸻
「逃げろ!」
村人たちが叫ぶ。
⸻
だが。
間に合わなかった。
⸻
魔獣が急降下する。
進路上には少女がいた。
足をくじいたのか立ち上がれない。
⸻
「危ない!」
⸻
考えるより先に体が動いていた。
⸻
アークは走る。
全力で。
⸻
少女を抱えて飛び込む。
次の瞬間。
さっきまでいた場所が抉れた。
土が吹き飛ぶ。
石が砕ける。
⸻
「大丈夫か!?」
少女は泣きながら頷いた。
⸻
その時。
頭の奥が痛んだ。
⸻
ズキッ――
⸻
突然だった。
⸻
知らない景色。
知らない戦場。
知らない男。
⸻
『右から来る!』
⸻
声が響く。
⸻
反射的に振り向く。
⸻
魔獣がいた。
⸻
アークは剣を構える。
無意識だった。
⸻
体が勝手に動く。
⸻
魔獣の爪を受け流す。
⸻
「え……?」
自分でも驚いた。
今の動きは知らない。
習ったこともない。
⸻
だが体は覚えていた。
⸻
再び頭痛が走る。
⸻
夢で見た景色。
崩壊する神殿。
戦う人々。
⸻
そして。
金色の光を放つ剣。
⸻
『まだだ』
⸻
誰かの声が聞こえた気がした。
⸻
『立て』
⸻
その瞬間。
アークの剣が淡く光った。
⸻
蒼い光だった。
⸻
一瞬だけ。
ほんの一瞬だけ。
⸻
しかし魔獣は反応した。
⸻
まるで恐れるように。
⸻
「グルァァァァ!!」
⸻
叫び声を上げて空へ舞い上がる。
⸻
アークは呆然と見上げた。
⸻
なんだったんだ今のは。
⸻
なぜ剣が光った。
⸻
なぜ魔獣は逃げた。
⸻
分からない。
何も。
⸻
だが。
⸻
後ろで見ていたアイリスだけは知っていた。
⸻
アークの手の中にある剣。
そこに宿る微かな光を。
⸻
そして。
彼の中で目覚め始めたものを。
⸻
アイリスは誰にも聞こえない声で呟く。
⸻
「蒼空のレガリア……」
⸻
アークは振り返る。
⸻
「今、何か言ったか?」
⸻
アイリスは小さく首を振った。
⸻
「ううん」
⸻
だがその瞳には。
確かな不安が浮かんでいた。
⸻
レガリアが目覚める。
それは世界が動き始める合図。
そして同時に。
エクリプスもまた、その気配を感じ取っていた。
⸻
遥か遠く。
黒い外套を纏った青年が空を見上げる。
⸻
白銀の髪。
金色の瞳。
⸻
ヴァイス。
⸻
彼は静かに呟いた。
⸻
「見つけた」
⸻
その言葉と共に。
長い旅が動き出そうとしていた。




