第一話 蒼空の少女
少女を連れて帰った時、母さんは思ったより驚かなかった。
「空から女の子が落ちてきた?」
「うん」
「へえ」
「へえじゃないよ!?」
思わず立ち上がる。
母さんはパン生地をこねながら首を傾げた。
「でも本当に連れてきてるしねぇ」
確かにそうだった。
客間のベッドでは、例の少女が静かに眠っている。
空から落ちてきた本人がそこにいる以上、疑いようがない。
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「怪我は?」
「ないみたい」
「空から落ちたのに?」
「ないんだって」
「不思議ねぇ」
母さんはあっさり受け入れた。
昔からこうだ。
大抵のことでは動じない。
村でドラゴンが出ても夕飯の心配をしそうな人だった。
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アークはため息を吐く。
自分だけが慌てている気がした。
いや、実際慌てるだろう。
普通。
空から人なんて降ってこない。
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その時。
二階から物音が聞こえた。
小さな足音。
アークと母さんは顔を見合わせる。
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「起きたかしら」
「見てくる」
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階段を駆け上がる。
客間の扉は少しだけ開いていた。
中を覗く。
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少女が窓の外を見ていた。
銀色の髪が風に揺れている。
昼の光を受けて淡く輝いていた。
どこか現実感がない。
まるで夢の続きみたいだった。
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「あ」
少女が振り向く。
蒼い瞳と目が合う。
昨日と同じ。
吸い込まれそうな色だった。
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しばらく沈黙が続く。
何を話せばいいか分からない。
相手は空から落ちてきた少女だ。
人生で初めて遭遇するタイプだった。
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結局、先に口を開いたのはアークだった。
「体、大丈夫か?」
「うん」
少女は小さく頷く。
声は落ち着いていた。
昨日みたいに泣いてはいない。
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「怪我とか」
「ないと思う」
「そうか」
「うん」
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会話終了。
気まずい。
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アークは頭を掻いた。
「えっと……俺はアーク」
少女は少し考える。
そして答えた。
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「アイリス」
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「アイリスか」
「うん」
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名前は覚えているらしい。
少し安心した。
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「どこから来たんだ?」
「……」
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アイリスは黙る。
窓の外へ視線を向ける。
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「分からない」
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その言葉に嘘はなかった。
困っているようにも見える。
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「家族は?」
「分からない」
「住んでた場所は?」
「分からない」
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アークは眉をひそめた。
記憶喪失。
そういうことだろうか。
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ただ一つ。
不思議なことがあった。
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アイリスは何も覚えていないように見えるのに。
時々。
全部知っているような目をする。
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まるで。
世界のどこか遠くを見ているような。
そんな目だった。
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「とりあえず飯にしよう」
アークは言った。
「腹減ってないか?」
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アイリスは少し考えた。
そして。
小さく頷く。
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その時だった。
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ドォォォン!!
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突然。
家全体が揺れた。
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「なっ!?」
アークは窓へ駆け寄る。
外を見る。
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村の入り口付近から黒煙が上がっていた。
悲鳴も聞こえる。
人々が走っている。
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嫌な予感がした。
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「おい……」
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次の瞬間。
村の鐘が鳴り響く。
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カン!
カン!
カン!
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警戒の鐘だった。
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アークの顔色が変わる。
この鐘が鳴る時は一つしかない。
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魔物の襲撃。
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しかし。
それだけではなかった。
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遠く。
黒煙の向こう。
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アークは見てしまった。
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空に浮かぶ巨大な黒い影を。
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それは鳥だった。
いや。
鳥に似た何かだった。
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常識ではありえない大きさ。
村の見張り塔より遥かに巨大。
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その翼が空を覆っていた。
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アイリスが窓の外を見る。
そして。
初めて表情を変えた。
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驚きでもない。
恐怖でもない。
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懐かしむような。
悲しむような。
そんな顔だった。
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彼女は小さく呟く。
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「……もう始まったんだ」
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アークは聞き返した。
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「何が?」
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アイリスは答えなかった。
ただ。
巨大な黒い影を見つめ続けていた。
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その時。
アークはまだ知らない。
あの魔物の出現が。
七つのレガリアを巡る長い戦いの幕開けだったことを。




