第二十五話 千年の記憶
アイリスは膝をついたまま動かなかった。
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涙が止まらない。
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呼吸も乱れている。
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まるで溺れているようだった。
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「アイリス!」
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アークが駆け寄る。
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肩を支える。
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その瞬間。
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アイリスの身体が震えた。
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そして。
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見開かれた瞳に映るものが変わる。
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今のセレスティアではない。
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今のアークでもない。
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千年前。
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遥か昔の景色。
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「アルト……」
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小さな声。
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アークの胸がざわつく。
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その名前。
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何度も聞いた。
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夢の中で。
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記録の中で。
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英雄の名として。
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しかし。
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今のアイリスの呼び方は違った。
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英雄ではない。
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大切な人の名前だった。
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禁書庫は静まり返る。
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アルドも。
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セレスも。
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フィンも。
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誰も言葉を挟まない。
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今だけは。
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アイリスの時間だった。
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「思い出したの」
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震える声。
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「全部じゃない」
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「でも……大事なことは」
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ゆっくりと顔を上げる。
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涙で濡れた瞳。
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その中には。
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今までなかった強い光が宿っていた。
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「私はアイリス」
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当たり前の言葉。
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だが。
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次の言葉は違った。
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「創世の巫女」
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部屋が静まり返る。
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七つのレガリア。
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その中心。
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創世のレガリア。
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ネフィリムを封印した存在。
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その継承者。
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いや。
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本人。
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アイリスは続ける。
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「千年前」
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「私はネフィリムを封印した」
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セレスが息を呑む。
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フィンも言葉を失う。
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理屈ではありえない。
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だが。
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今までの出来事を考えれば。
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否定できなかった。
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「封印の代償で」
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アイリスは胸へ手を当てる。
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「私は眠った」
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長い眠り。
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千年。
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気が遠くなる時間。
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「でも封印は完全じゃなかった」
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ヴァイスが目を閉じる。
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やはり知っていた。
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「だからマルクトは」
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アイリスは唇を噛む。
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「私を探していた」
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創世の巫女。
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創世のレガリア。
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封印の鍵。
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全てが繋がる。
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アークは拳を握る。
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やっと見えてきた。
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敵の目的が。
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「じゃあ」
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セレスが震える声で聞く。
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「もし創世のレガリアを奪われたら」
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アイリスは答えない。
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その代わり。
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ヴァイスが言った。
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「封印が解ける」
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重い言葉だった。
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誰も反論できない。
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そして。
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その先にある未来も。
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容易に想像できた。
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ネフィリム復活。
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世界の終わり。
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千年前の再現。
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いや。
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今度こそ終わるかもしれない。
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長い沈黙。
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その時だった。
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アークが立ち上がる。
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全員が見る。
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アークは迷わず言った。
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「なら守ればいい」
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シンプルだった。
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あまりにも。
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フィンが思わず吹き出す。
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「お前らしいな」
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セレスも苦笑する。
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グレンは小さく笑った。
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アイリスだけが目を見開く。
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「でも」
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「私のせいで」
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アークは首を振る。
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「違う」
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即答だった。
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「お前が世界を守ったんだろ」
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アイリスが固まる。
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誰も言わなかった言葉。
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千年間。
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誰からも。
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「だったら今度は俺たちが守る番だ」
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静かな声。
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でも。
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力強かった。
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アイリスの瞳から涙が溢れる。
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今度は悲しみじゃない。
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少しだけ。
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救われた涙だった。
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その時。
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禁書庫の奥で何かが光る。
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全員が振り向く。
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蒼い光。
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古代文字。
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巨大な石碑。
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そこに刻まれた文字を。
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アークは自然と読み上げた。
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「第三のレガリア」
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空気が変わる。
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アルドが顔色を変える。
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ヴァイスも目を細める。
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そして。
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石碑には続きが刻まれていた。
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「永刻のレガリア」
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「眠る地――クロノス遺跡」
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第三のレガリア。
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新たな目的地。
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そして。
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マルクトも必ず向かう場所。
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物語は次の章へ進む。




