第二十一話 黒き巨人
地面を突き破って現れた腕は、それだけで塔ほどの大きさがあった。
⸻
黒い結晶。
⸻
禍々しい紋様。
⸻
そして。
⸻
触れているだけで心が重くなるような圧力。
⸻
「なんだよ……あれ」
⸻
フィンの声が震える。
⸻
無理もない。
⸻
腕だけでこの大きさだ。
⸻
本体が出てきたらどうなる。
⸻
想像したくなかった。
⸻
地面がさらに割れる。
⸻
轟音。
⸻
建物が崩れる。
⸻
人々の悲鳴が響く。
⸻
黒い巨人が姿を現した。
⸻
身長は二十メートルを超えている。
⸻
人型。
⸻
だが人間ではない。
⸻
顔がない。
⸻
あるのは黒い仮面のようなものだけ。
⸻
胸には巨大な紋章。
⸻
ネフィリムの印。
⸻
アルドが顔を青くする。
⸻
「封印兵……」
⸻
セレスが振り返る。
⸻
「知ってるんですか!?」
⸻
「古文書にしか存在しないはずだ!」
⸻
つまり。
⸻
伝説の怪物。
⸻
本来なら存在しないもの。
⸻
マルクトは満足そうに見上げている。
⸻
「美しい」
⸻
本気だった。
⸻
狂気そのものだった。
⸻
その時。
⸻
黒き巨人が動く。
⸻
ゆっくりと腕を持ち上げる。
⸻
そして。
⸻
セレスティア中心部へ振り下ろそうとした。
⸻
「まずい!」
⸻
グレンが叫ぶ。
⸻
あんなものを許したら街が消える。
⸻
次の瞬間。
⸻
黒い閃光。
⸻
ヴァイスだった。
⸻
一瞬で巨人の肩まで跳び上がる。
⸻
人間離れした速度。
⸻
黒剣が振るわれる。
⸻
巨大な斬撃。
⸻
轟音と共に巨人の腕が切り裂かれる。
⸻
だが。
⸻
浅い。
⸻
再生していく。
⸻
「再生!?」
⸻
フィンが叫ぶ。
⸻
ありえない。
⸻
切ったはずだ。
⸻
それなのに傷が塞がっていく。
⸻
ヴァイスが舌打ちする。
⸻
初めて見る表情だった。
⸻
余裕がない。
⸻
「核を破壊しろ!」
⸻
その声が響く。
⸻
アークは巨人を見る。
⸻
胸。
⸻
紋章の中心。
⸻
そこだけ赤く光っていた。
⸻
核。
⸻
間違いない。
⸻
だが。
⸻
遠い。
⸻
高すぎる。
⸻
届かない。
⸻
その時だった。
⸻
セレスの手の中の星記のレガリアが輝く。
⸻
蒼い文字。
⸻
無数のページ。
⸻
彼女の周囲を回り始める。
⸻
セレス自身も驚いていた。
⸻
「な、何これ!?」
⸻
頭の中へ知識が流れ込んでいる。
⸻
古代魔術。
⸻
失われた術式。
⸻
知らないはずなのに理解できる。
⸻
星記のレガリア。
⸻
それは世界の記録そのものだった。
⸻
セレスは無意識に手を伸ばす。
⸻
古代文字が空へ浮かぶ。
⸻
魔法陣が形成される。
⸻
そして。
⸻
巨大な蒼い鎖が現れた。
⸻
「え?」
⸻
本人が一番驚いている。
⸻
鎖は巨人へ飛ぶ。
⸻
腕。
⸻
足。
⸻
胴体。
⸻
次々に巻き付いていく。
⸻
黒き巨人が動きを止める。
⸻
「今です!」
⸻
セレスが叫ぶ。
⸻
アークとヴァイスの目が合う。
⸻
一瞬だけ。
⸻
言葉はいらなかった。
⸻
二人とも理解していた。
⸻
同じ場所を狙う。
⸻
同じ敵を倒す。
⸻
アークが走る。
⸻
蒼空のレガリアが輝く。
⸻
風が集まる。
⸻
ヴァイスも跳ぶ。
⸻
黒い剣に闇が宿る。
⸻
二つの光。
⸻
蒼。
⸻
黒。
⸻
交差する。
⸻
そして。
⸻
同時に核へ到達した。
⸻
「はあああああっ!」
⸻
「――斬れ」
⸻
蒼と黒。
⸻
二つの刃が核を貫く。
⸻
世界が揺れる。
⸻
赤い光。
⸻
悲鳴のような音。
⸻
そして。
⸻
核が砕けた。
⸻
黒き巨人の動きが止まる。
⸻
数秒。
⸻
沈黙。
⸻
やがて。
⸻
巨体は崩れ落ちた。
⸻
轟音。
⸻
黒い粒子となって消えていく。
⸻
勝った。
⸻
誰もがそう思った。
⸻
しかし。
⸻
マルクトだけは笑っていた。
⸻
「素晴らしい」
⸻
本当に嬉しそうだった。
⸻
「予想以上です」
⸻
ヴァイスの表情が険しくなる。
⸻
何かがおかしい。
⸻
そして。
⸻
マルクトはセレスを見る。
⸻
正確には。
⸻
星記のレガリアを見る。
⸻
「二つ目」
⸻
小さく呟く。
⸻
その言葉に。
⸻
アイリスの顔色が変わった。
⸻
二つ目。
⸻
まるで。
⸻
最初からそれが目的だったように。
⸻
マルクトは微笑む。
⸻
「蒼空」
⸻
「星記」
⸻
指を折る。
⸻
そして。
⸻
「順調です」
⸻
その言葉を残し。
⸻
黒い光の中へ消えた。
⸻
静寂。
⸻
残されたのは不気味な違和感だけ。
⸻
アークは理解できなかった。
⸻
だが。
⸻
ヴァイスだけは知っていた。
⸻
マルクトの狙いを。
⸻
そして。
⸻
それが最悪であることを。




