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蒼空のレガリア  作者:
1章 蒼空の継承者編
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20/31

第十九話 知っていた名前

「お久しぶりです」


 ⸻


 マルクトは微笑んでいた。


 ⸻


 まるで旧友に再会したように。


 ⸻


 穏やかに。


 ⸻


 優しく。


 ⸻


 それが逆に不気味だった。


 ⸻


 アークはアイリスを見る。


 ⸻


 彼女の顔色は真っ白だった。


 ⸻


 震えている。


 ⸻


 初めてだった。


 ⸻


 ここまで怯えた姿を見るのは。


 ⸻


「アイリス」


 ⸻


 声を掛ける。


 ⸻


 しかし返事はない。


 ⸻


 ただ。


 ⸻


 マルクトを見つめていた。


 ⸻


 その瞳には恐怖が浮かんでいる。


 ⸻


「知ってるのか」


 ⸻


 アークが聞く。


 ⸻


 アイリスは唇を噛む。


 ⸻


 答えられない。


 ⸻


 いや。


 ⸻


 答えたくないのかもしれない。


 ⸻


 その時。


 ⸻


 ヴァイスが前へ出た。


 ⸻


 黒い剣を構える。


 ⸻


「下がれ」


 ⸻


 冷たい声だった。


 ⸻


 マルクトは笑う。


 ⸻


「相変わらずですね」


 ⸻


「黙れ」


 ⸻


「ノクトの継承者」


 ⸻


 空気が凍る。


 ⸻


 アークの視線がヴァイスへ向く。


 ⸻


 ノクト。


 ⸻


 千年前の英雄。


 ⸻


 歴史から消された男。


 ⸻


 マルクトはその名を当然のように口にした。


 ⸻


 ヴァイスの表情は変わらない。


 ⸻


 しかし。


 ⸻


 剣を握る手に力が入っていた。


 ⸻


「その名前で呼ぶな」


 ⸻


「なぜです?」


 ⸻


 マルクトは本当に不思議そうだった。


 ⸻


「あなたはノクトでしょう」


 ⸻


「違う」


 ⸻


 即答だった。


 ⸻


 そして。


 ⸻


 ヴァイスは続ける。


 ⸻


「俺はヴァイスだ」


 ⸻


 その言葉に。


 ⸻


 なぜかアークの胸が少しだけ熱くなった。


 ⸻


 アルドが言っていた。


 ⸻


 アークはアルトではない。


 ⸻


 ヴァイスもノクトではない。


 ⸻


 記憶を継いでいても。


 ⸻


 別人だ。


 ⸻


 それは大事なことだった。


 ⸻


 その時。


 ⸻


 星記のレガリアが輝く。


 ⸻


 蒼い光。


 ⸻


 空へ広がる文字。


 ⸻


 まるで何かを待っているようだった。


 ⸻


 マルクトが手を伸ばす。


 ⸻


「さあ」


 ⸻


「こちらへ」


 ⸻


 誰へ向けた言葉か。


 ⸻


 全員が分かっていた。


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 アイリスだ。


 ⸻


 アイリスは一歩後ろへ下がる。


 ⸻


 アークの後ろへ。


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 隠れるように。


 ⸻


 マルクトは少し寂しそうに笑った。


 ⸻


「覚えていないのですね」


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「……」


 ⸻


「無理もありません」


 ⸻


「千年も経ったのですから」


 ⸻


 千年。


 ⸻


 その言葉に。


 ⸻


 全員の表情が変わる。


 ⸻


 セレスが息を呑む。


 ⸻


 フィンは理解が追い付いていない。


 ⸻


 グレンだけが黙っていた。


 ⸻


 そして。


 ⸻


 アーク。


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 彼だけが。


 ⸻


 アイリスを見ていた。


 ⸻


 千年。


 ⸻


 そんな話より。


 ⸻


 今のアイリスの方が大事だった。


 ⸻


 彼女は泣きそうだった。


 ⸻


 何かを思い出しそうで。


 ⸻


 思い出したくなくて。


 ⸻


 苦しそうだった。


 ⸻


「アイリス」


 ⸻


 アークは前へ出る。


 ⸻


 マルクトとの間に立つ。


 ⸻


「嫌がってる」


 ⸻


 静かな声だった。


 ⸻


「だからやめろ」


 ⸻


 マルクトはアークを見る。


 ⸻


 そして。


 ⸻


 初めて興味を示した。


 ⸻


「なるほど」


 ⸻


「アルトの継承者」


 ⸻


 またその名前だ。


 ⸻


 アークは眉をひそめる。


 ⸻


「俺はアークだ」


 ⸻


 今度は自分が言う番だった。


 ⸻


 ヴァイスが僅かに目を見開く。


 ⸻


 アイリスも顔を上げる。


 ⸻


 マルクトだけが笑った。


 ⸻


「そうでしたか」


 ⸻


「失礼しました」


 ⸻


 口では謝っている。


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 だが。


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 全く反省していない顔だった。


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 その瞬間。


 ⸻


 空が暗くなる。


 ⸻


 巨大な影。


 ⸻


 黒い雲。


 ⸻


 いや。


 ⸻


 違う。


 ⸻


 翼だった。


 ⸻


 とてつもなく巨大な翼。


 ⸻


 セレスティア全体を覆うほどの。


 ⸻


 全員が空を見上げる。


 ⸻


 アルドの顔色が変わった。


 ⸻


「まさか……」


 ⸻


 震える声。


 ⸻


 学者としてではない。


 ⸻


 一人の人間としての恐怖。


 ⸻


「ありえない」


 ⸻


 マルクトは笑う。


 ⸻


 心から嬉しそうに。


 ⸻


「ようやく」


 ⸻


 両手を広げる。


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 狂信者のように。


 ⸻


「目覚める」


 ⸻


 その瞬間。


 ⸻


 雲の中から。


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 巨大な黒い瞳が開いた。


 ⸻


 世界を見下ろすような。


 ⸻


 圧倒的な存在。


 ⸻


 誰も動けない。


 ⸻


 本能が理解していた。


 ⸻


 あれは駄目だと。


 ⸻


 見てはいけないものだと。


 ⸻


 アイリスだけが震える声で呟く。


 ⸻


「ネフィリム……」


 ⸻


 伝説。


 ⸻


 神話。


 ⸻


 千年前の災厄。


 ⸻


 その名を持つ存在が。


 ⸻


 ついに姿を現そうとしていた。

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