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傅説伝  作者: 日和見


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ブラック現場から超ブラック仕事へ

「……ちなみに、武丁様」 命の危機を脱した傅説は、恐る恐る、しかし冷徹な計算を働かせながら問いかけた。「なぜ、その『今朝の思いつき』をわざわざ実行に移されたのですか?」 ただの気まぐれにしてはリスクが高すぎる。 だが、武丁は鼻で笑い、あまりにも合理的で、あまりにもヤクザな理由を口にした。「決まっとろうが。わしら、今あっちこっちの部族と戦うて国を広げよるけぇ、ぶち忙しいんよ。そんな時にのぅ、お前みたいに現状に不満タラタラで、なおかつ頭の回る奴を『ケツ持ち』してやるんじゃ」「ケツ持ち、ですか」「おうよ。お前が不満を爆発させて失仲をヤれば、それはお前の手柄じゃ。成功したらそのまんま、失仲の地位をお前にくれてやる。……ただし、その代わりにお前はわしの『舎弟』になれ。そういうビジネスよ」「…………」 傅説はあまりの理由に、思わずその場で脱力しそうになった。 要するに、商の王室は手を汚さず、不満分子を利用して敵対勢力を内側から崩壊させる――その鉄砲玉に、自分が選ばれたのだ。 だが、選択肢などない。断れば、この場で首と胴体が泣き別れになるだけだ。 「……承知いたしました。あなたの舎弟(公)となり、失仲を排除しましょう」「おう、話が早うてええのぅ! 期待しとるけぇ!」 こうして、傅説は晴れて泥まみれのインフラ工事という「ブラック現場」から脱出することに成功した。 ――が、それはさらなる地獄、すなわち「超ブラック仕事」への配置転換に過ぎなかった。 数日後。傅説が責任者を務める傅岩の工事現場は、一変していた。「おいコラァ! チンタラ歩くなや! 岩を運ぶ速度は、突撃の速度じゃ言うたろうが!」 現場に響き渡るのは、工事の指示ではない。 武丁が「ケツ持ち」の約束通り、自国から派遣してきた凶悪な軍事教官たちの怒号だった。 武丁の目論見は凄まじかった。 傅岩の過酷な土木工事の現場をそのまま、兵隊を育成するための「ブートキャンプ(地獄の訓練所)」へと作り替えたのだ。 昨日まで泥をこねていた作業員や奴隷たちは、今日からは過酷な肉体労働をしつつ、同時に兵士としての戦闘訓練を叩き込まれる。 当然、脱走など許されない。逃げ出そうとした者は、見せしめとして教官たちに文字通り「処刑」された。 監獄であり、訓練所であり、工事現場。 後に、殷の最期に文王が捕らえられる『羑里ゆうり』、そして周の時代に制度化される、罪人を収容して強制労働させる『圜土えんど』――すなわち、中国史上初の「強制収容所(刑務所)」のルーツが、この時、傅説の手によって誕生してしまったのである。「……ブラックどころの騒ぎじゃないな」 泥と血にまみれたブートキャンプを見下ろしながら、傅説は冷や汗を拭う。 狂犬の王・武丁に買われた男の、血塗られた成り上がりが、本格的に幕を開けようとしていた後世の儒教さんによる美化フィルター:儒教の経典などでは、傅説が傅岩の地で「版築(土木工事)」を行っていたことについて、こう評されている。「聖人である傅説は、身分が低く泥にまみれた過酷な労働環境にありながらも、怨むことなく黙々と天命を全うしていた。その徳の高さが、やがて王の目に留まる奇跡を起こしたのである」 実際のところ:不満タラタラで今にも爆発しそうだったからこそ、武丁に目をつけられた。おまけに、彼がやったのは「黙々と天命を全うする」どころか、過酷な工事現場をそのまま脱走厳禁の超スパルタ兵隊ブートキャンプへと魔改造し、中国史上初の「強制収容所システム」の基礎を築き上げるという、超絶ブラックな組織マネジメントであった。儒教の言う「聖人」のハードルは、色んな意味で高すぎる(笑)。

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