運命の出会いは突然に
傅説伝 原稿第1話: ここは傅岩。 およそ人間が住むには適さない、泥と岩塊にまみれた僻地。 事実上の流刑地であるこの場所で、傅説は果てのないインフラ整備の現場責任者を押し付けられていた。「おい、そこの岩を早く運べ! 泥に足をとられるな!」 響く怒号。飛び散る泥水。 傅説は奴隷たちを指揮しながら、心の中で黒い不満を燻らせていた。 俺ほどの男が、なぜこんな肥溜めのような場所で泥をこねていなければならないのか。主人の失仲は、俺の才能を恐れてこの地へ追いやったに違いない。 不満は、すでに限界に達していた。 そんなある日の夜。 泥の臭いが立ち込める傅説の天幕に、影が一つ、音もなく滑り込んできた。 「――誰だ」 傅説が身構えた瞬間、背筋に冷たい刃を突きつけられたかのような、圧倒的なプレッシャーが肌を刺した。 影の主は、最近破竹の勢いで周辺部族を飲み込み、急速に勢力を拡大している商の若き王――武丁だった。「おぅ、われぇ。ちっとばかし顔貸さんけぇ」 ぞっとするほど低い、地を這うような声。 狂犬のような眼光が、暗闇の中でギラリと光る。「おんどれぇの、なぁ、いってみんさいやぁ。名前はなんちゅうんや」 傅説の脳内で、危険信号がけたたましく鳴り響いた。 ――逆らったら駄目だ。 ――この男の機嫌を一つ損ねれば、次の瞬間には首が飛ぶ。 本能的な恐怖に支配されながらも、傅説は必死に声を絞り出した。「は、はい……傅説、と申します」「おぅ、ええ名前じゃんけぇ。……んだできくがぁのぉ。俺につきゃぁ、なぁ?」 あまりにも唐突な、覇王からの勧誘。 傅説は混乱する頭をフル回転させ、失礼にならないよう言葉を選んで返した。「あの、武丁様……いきなり俺に付けと言われましても、私は失仲様に仕える身。それに、なぜ私のような泥まみれの男を……」「あぁぁぁん?」 地獄の底から響くような地声が、傅説の言葉を遮った。「だぁれが、口応えしてええゆうたぁ、あん?」 武丁が一歩、足を踏み出す。それだけで天幕の空気が凍りつく。 傅説は平伏し、冷や汗を流しながら、必死に気を使って問いかけた。「滅相もございません! ただ……これほど高名な武丁様が、なぜ突然、このような僻地まで私を直々に誘いに来られたのか、その理由をお聞かせ願いたく……!」 傅説の必死の問いに、武丁はふっと凶悪な笑みを浮かべた。 そして、事も無げに言い放つ。「おお、今朝にのぅ、起きたらなぁ、思いついたけぇ。ぴんときたんよ」「……はい?」「お前、このクソみたいな場所に不満があるんじゃろうが。安心せぇ、そのケツは俺が持っちゃるけん。……その代わり、お前の主人の失仲をなぁ、殺らぁ。のぉ?」 今朝思いついたから、殺せ。 そのあまりにも直感的で、あまりにも理不尽な覇王の『思いつき』。(なるほど……これが後に、歴史書へ『夢のお告げによって賢者を見出した』と美化して書き残される、すべての始まりだったわけか……!) 傅説は、目の前の狂気的な王の瞳を見つめながら、自身の運命が泥沼から最悪の天下へと動き出すのを確信していた。 後世の儒教さんによる美化フィルター:後世の儒教学者たちが編纂した歴史書(『書経』説命など)によると、この出会いは以下のように美しく記録されている。「武丁は即位後、優れた賢者に出会えず憂う日々を送っていた。ある夜、天の神が夢の中で一人の聖人を武丁に見せた。武丁が百官の中にその姿を捜させたが見つからず、やがて傅岩の地で泥にまみれて働く傅説を発見し、これぞ天が授けし賢者であると確信して宰相に迎えた




