街へ行く
この世界の暦では、10月31日。
僕はこの日の前日からオルレアン連合、ストラスール国の《カナクタ》という都市―――の離れたところにある基地へと来ていた。
例の―――『オルレアン連合総合軍事演習』に《プライング》展示やらフォントノア騎士団が出展する食堂―――僕の「軽食の方が皆の負担少ないと思う」の意見で実質的にカフェになったが―――メニュー一般公開などの展示参加の為だ。
移動はHALの申し出により、自称フレームウェポン運用強襲揚陸艦 《ウォースパイト》で騎士団の軍事演習参加組と展示するリンクス5機とそれらの装備、弾薬(各種訓練弾と有事の際用の実弾)を今年の演習会場であるストラスールの一都市、《カナクタ》の基地へ輸送。到着後すぐに《ウォースパイト》から搬出して翌々日から始まる軍事演習の展示に備えて準備を始める。
まあ、僕は《プライング》をカナクタ基地のリンクス格納庫へ移動させて、展示の位置を確認。その後、二日目に演習会場での食堂で使う食材のチェックと料理の下準備や手順、ウェイトレス担当のメイドさん達への接客の指導や客周りの手順確認をしたりするのだが。あとは演習初日の昼と夜に再確認して二日目に挑めばいい。
高校生時代に接客業のアルバイトした経験がここで生きるとはなあ、なんて思うのだけれど。
その準備が終わり、31日。ほぼ丸一日の自由時間が与えられた。
―――が、僕にはこの日、別の。本来の目的な予定が組み込まれていたのであった。
「お待たせしました」
いつものうさ耳付いたフード付きのパーカーを羽織った 私 はカナクタ基地の滑走路傍、《ウォースパイト》の後部ランチ。車高が高くて厳つい、白いSUV(軍用のピックアップトラックを民用仕様にしたもの)の前で待っていた三人と一匹にお詫びの一言を言いました。
今日はイオンさんとフィオナさんの異世界散策。私ことチハヤユウキはその付き添いです。
黒い髪はポニーテール状に結い上げ、ラフなパーカーにカーゴパンツというラフな格好。化粧も控えめに。そしていつも優雅に笑顔。そうすれば、どこからどう見ても麗しい女の子に変身です。―――元から女の子にしか見えない容姿ではありますが。
ここ数日は、私は女の子のふりをし続けなければなりません。理由は、運が良ければ男性が乗れるリンクスである《プライング》を、その事実から隠す為です。
人型機動兵器 《リンクス》がシステムの適性上、女性にしか扱えないのは周知の事実。その唯一の例外が、男性パイロットの脳にプログラムの一部を書き込み、AIを介して稼働させるという《プライング》というリンクスです。男性が操れるこの機体を研究したいオルレアン連合技術研究所の意向により、私は女性と偽られているのです。
まあ、丸5日間女の子のふりなど朝飯前なのですが。こちらが素なので当然ですけど。
「やっぱりそっちの方が自然ね~」
なんて言うのは、デニムにゆったりとした七分袖のシャツを着たデリアさん。赤い髪はアップで纏められていても、垂れ目の影響か普段のフワッとした雰囲気は消えていない。
「―――チハヤ殿。本当は……そちらが真実ではないのか?」
と、疑惑の視線で言うのはイオン・リヴィングストン。ワンピースにカーディガンを羽織っている。あと少しで、恐らくは性別どうのこうの言いかけた。私の性別は禁句扱いなのは理由も含めて納得してもらってますが、それでも怖い。
「イオンさん? その件は触れては行けませんよ?」
再度警告。バレたら色々と大変な事になりますので。
「―――わかっている」
ちょっと目を反らすイオンさん。もしかしたら見蕩れてしまうのかもしれない。
「―――持ち帰らせて…………!」
と、暴走しそうなのがフィオナ・クレイヴン・ファーゲルホルム。というか掴みかかってきました。
そんな彼女の本日の服装は、デニムのホットパンツに白のシャツ、上着にデニム生地のジャケット。履いているブーツはこの世界に来た時と同じ物だ。
イオンさんとフィオナさんの服装がやけにこちらの世界よりなのは、彼女らが異世界人だということを分かりにくくするため。端的にその理由を説明するなら、良からぬ事を企てる人から保護するためです。
それを隠す目的で、私とデリアさんも私服なのですが。
「気 持 ち は 察 し ま す が 、そんな暇はありません……!」
フィオナさんの両腕をを掴み、なんとか抵抗する。以前から両刀の気がしましたが、いよいよ本性を露わにしたようです。
あと、フィオナさん力強いです。というか、フィオナさんの身体能力はおかしいです。
185センチものの高身長で驚きのプロポーションのフィオナさんですが、華奢なその腕で100キロのバーベルを軽々と持ち上げるような怪力の持ち主。それに加えて足も速いし、フルマラソンはあるだろう長距離走ってもまだ余裕の表情。更には剣技ですら誰も寄せ付けないほど巧み。
他にも私の自主的なトレーニングであるパルクール(※壁、地形を活かして走る、跳ぶ、登るの移動動作を実践することで人が持つ身体能力を引き出し追求する運動)ですら朝飯前の如く追いかけてくるのです。
エルフってこんなに身体能力高いんですかと聞きたくなりますし訊ねてしまってもいるのだけれど、本人曰く、『森で暮らしてたから、これぐらい出来て当然よ』とのこと。HALは『トールキンの作品に出てくるエルフと同等かそれクラス』と分析を下しています。
つまり、私が言いたいことは。……華奢な体な私の抵抗は無意味に近いんですよね。至極あっさりと振りほどかれ、抱え上げられる。所謂、お姫様だっこの状態です。誰か助けて下さい。
「フィオナさん? それは後の楽しみにしてくださいね? これからお出かけなので、ね?」
「……そうよね。その方がいいか、うん」
デリアさんの一言にすんなりと従うフィオナさん。
「デリアさん、後でも駄目です。寝室は同室なんですよ?」
《ウォースパイト》の解放された居住区画のほとんどは二人部屋です。私が溢れて久々に一人部屋に、と思っていたのだけれど、どういうわけかフィオナさんがやって来まして。私の抗議は虚しく、フィオナさんと相部屋ということに。
私の貞操安くないですか? 他人のは安いですか。まあ、命より安いですよね。
フィオナさんに下ろしてもらって、SUVの右側前方、助手席に座る。この世界、正確にはオルレアン連合側は左ハンドル右車線が主流のようです。
運転手はデリアさんで、その後ろの席にイオンさん。私の後ろがフィオナさん。―――後ろが不安です。
私の膝の上に、黒い子犬のようなテルミドールがちょこんと座る。
私は運転しません。だって免許ないですし。
年齢的には免許取得可能なのですが、試験とか受けようにも試験場とか地平の彼方という場所に居ますからね、私。
車のセルモーターが回って、いい音でエンジンが始動する。
《ウォースパイト》の後部ランチを下って、カナクタ基地の正門へと走り出す。《ウォースパイト》は基地の正門から最も遠い場所に停泊しているので、ほぼ基地を横切る形になる。
基地の正門から格納庫までの区画は一般開放される。カラーコーンで仕切られたそこには明日、各種軍事車両や戦闘ヘリ。果てには輸送機や戦闘機が並ぶ。その区画で最もスペースが広く、なおかつ一番奥にある場所が、人型機動兵器 《リンクス》が並ぶ予定である。打ち合わせでは一部を除いた騎士団の《リンクス》が各5機ずつ並ぶので計35機が立ち並ぶから当然だ。
そして。
「あれは……船……?」
イオンさんが右側に見えたそれを指して口を開いた。
そこには、軍艦が停泊していた。左舷側から見た印象は第二次世界大戦中の戦艦のようなシルエットをしている。そのわりには艦橋は低い。前と後ろのランプが開いていて、そこをピックアップトラックが登り降りしている。
全長は400メートルはあるでしょうか? 《ウォースパイト》の3分の2は間違いなくある。全高は30メートルぐらい。
私は昨日見て、アルペジオから聞いたので知っているのですが。
「あれは、《タイニーフォート》と呼ばれる兵器ですよ」
口を開こうとして、デリアさんが答えてくれた。そのまま説明が始まる。
《タイニーフォート》。通称TF。《ノーシアフォール》から発見、回収した設計図を元に開発した移動要塞。数え方は一隻二隻と船のよう。その兵器の名称も数え方も、その設計図から取ったそうです。
―――HALはどうやら知っていて、過去の異物だの平野部しか使えない失敗兵器だのデカくてノロマで数が主義のアメリカが設計元等と扱き下ろしてましたが。
基地とか要塞とか、簡易的なものでも建築するのには時間が掛かります。侵攻したとして、兵器だって整備は必要ですし、野外整備し続けるのもよくありません。戦闘して壊れれば最悪、後方まで送らないと直せないなんて事態も考えられます。
兵士だって戦闘に出れば怪我人も出る。怪我の程度如何によっては本格的な医療設備だって必要。
―――そこで、要塞や基地の機能をそのまま移動出来ないかと考えられ、たまたまあった設計図から建造されたのが《タイニーフォート》だそうです。
機関はやっぱりフェーズジェネレーター。それも艦船用の大型高出力のジェネレーターを4基以上。移動は基本、スカート内部にあるキャタピラ。戦闘時はブースターを噴かしてホバークラフトによる高速移動をするらしい。最高時速は戦速で百キロ前後。基本的な装備としては、ある程度の大砲とか各種対空兵器とか装備していて、後方からの火力支援が可能。内部に戦車とか戦闘ヘリ、リンクスとかが収める格納庫を備えていて、ある程度の修理が行える。
TF内部には充実した医療設備に、真偽は不明だが長期任務も考慮して娯楽施設も充実しているとか。
想定している運用体系は前線の後方で控え、格納している兵器の展開と前線への火力支援といった、まるで強襲揚陸艦に湾岸戦争でのアイオワ級戦艦の運用法を足したような運用らしい。
まだ実戦経験をしていないので能力は未知数だが、されど脅威にはなるだろう、と考えられているそうです。
欠点はやはり、その巨大さからくる製造コストに運用コスト。少なくない人員が割かれてしまうこと。その移動方法が履帯とブースターによるホバークラフトの為、速度はさほど出ないし運用出来る地形は平野部や穏やかな丘陵地帯に限られてしまう。
オルレアン連合の五か国は独自に、この《タイニーフォート》を何機か保有している。帝国に対する抑止力としての側面があるからだ。
今日、ここで停泊しているのは。
「ストラスールの最新鋭TF、ソル級二番艦 《オーラン》ですね。今年の総合演習がストラスールだから、他国のTFが来るのは……ね?」
同じ連合内とはいえ、他国のTFは国内へ入れたくないらしい。
核兵器ではないが、抑止力になる兵器。それを自国に持ち込まれるのは、どこの政治家だって嫌でしょう。
先ほど語られたように、移動には地形という制限がある。遠くまで行くのに遠回りしなければいけないか、辿り着けないかの問題もある。移動速度だって速くはない。
まあ、前線より後方で活動するのだから、さして問題になる欠点でもないかもしれないが。
「船ではない、か。―――HALの《ウォースパイト》のように浮くのかと思っていた」
一通りの説明を聞いて、イオンさんは少し意外そうに呟く。
そして、浮くのではなく、滑空でゆっくりと降りる程度の魔法なら以前なら使えたと続けて言った。
以前なら、と言うのも変なのですが。どうもイオンさん、この世界に来てしばらくしてから、魔法が使えなくなったようです。最初に会った私に向けて、威嚇目的で放った衝撃魔法を初めとする自己防衛用の防御魔法やら攻勢魔法やらが発動しなくなったらしい。日頃、実験やら暇つぶしで皆に見せていた、物を浮かすことすら出来なくなったとか。
だからと言って、本人は対して気にしていないようで。
「魔法を使うより、こちらの世界の道具を使う方が楽」
と言って電気ポットでお湯を作ってお茶を淹れていた。順応って凄い。
―――話を戻して。
いくら異世界人でも、全長600メートルを超え、全高は60メートル前後の鉄塊が浮く様を見るのは、現実離れの光景も甚だしい。
事前に説明を受けている私はともかく、他の人は勘違いしてしまうでしょう。
「流石に浮かないですよ。HAL曰く、《ウォースパイト》は浮く仕組みが従来の航空機と違うらしいですから」
イオンさんの呟きに、答えれる範囲だけ―――正確には騎士団で知られている事実の範囲だけ答える。
実際は使われている特殊な動力機関の副産物で、絶妙なバランスで上に落ちているから、らしいが。
「―――まあ、軍事的な話よりも、一般的な話しましょう? これから街を見に行くのですから」
デリアさんがそう切り上げる。
その言葉とちょうど同じぐらいのタイミングで、正門が見えてきた。




