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当然といえば当然ですが、基地と街は少しばかり離れている。
カナクタという街にあるのは間違いないのですけれど、基地は街の中心から北西方向。その郊外より更に離れ、という立地。
正確に説明すると、訓練場と化している旧カナクタ市街の南の片隅に基地がある。そこから更に南西に下れば新カナクタ市街だ。
何故、新旧二つの街があるのか、というと《ノーシアフォール》の影響がここで変な形で現れたから、そうです。
規模が小さいとはいえ《ノーシアフォール》発生前の時代と同じ、レドニカと似たような街並みを持つ旧カナクタ市街は、人型機動兵器 《リンクス》の訓練に、ひいては《ノーシアフォール》発生地であるレドニカで活動する部隊や騎士団の訓練場としてうってつけな場所であった。
元々、他と比べれば人が少ない街―――周辺の土地は農作物には適さない土壌らしく、交通の要所で軍事関係者と商人しか暮らしていないような街でもあったらしい。
南東の少し離れた土地に《ノーシアフォール》で得られた技術を用いた新市街を造り、そちらに人々が移住。人がいなくなった旧市街を訓練場へと変え、今に至るそうです。
少し離れているのは、誰だって火薬や爆薬など貯蔵した施設がお隣にある、なんて嫌でしょう。言うのもなんですが、訓練時の事故で市民の方々へ迷惑をかけたくない、という心理もあって離れた場所に街を造ったとのこと。
基地の正門を出ても街の中心からは、郊外からも離れている以上、それなりの距離と時間を取られますが、それでもちょっとお出かけする程度の場所にカナクタという街があるそうで。
「…………」
「…………」
後部座席に座るイオンさんとフィオナさんの目は見開き、口はあんぐりと開いていました。
ある程度この世界の物は見ているとはいえ、それはほんの一部に過ぎないという認識をここで改めて実感したでしょう。
並ぶ公営住宅マンション。中流層がメインで暮らすどこまでも続きそうな住宅街。賑わいを見せる衣料や家具などを取り扱う量販店や食品スーパー。
大通りは車が絶えなく走り、タクシーが客を見つけては脇に止り、中央を我が物顔で路面電車がゆっくりとレールの上を行く。
歩道は多くの人が行き交う。バス停に並ぶ人や、通り沿いに並ぶ店へ入る人。信号待ちで待つ人や、点滅し出した信号を見て走る人。
ある場所では、下水道の整備なのか地面が掘られいる真っ只中。そこそこの大きさのシャベルカーがバケットに土一杯にしてダンプカーへと移していく。
ある場所では、マンションでも建てているのか、クレーンが休まず仕事をしている。ワイヤーで何十メートル以上ものの上に鉄骨を何分と時間をかける事なく持ち上げて行く。
いつぞや行ったストラスールの首都よりも人は少ないが、それでも多い。その理由は簡単で、5年に一度ここで総合軍事演習が行われる事から、公開演習する為に来る兵士達へ商売するために―――金儲け目的で企業が街に商店街を整備した結果、だそう。商店街を造る為に建築業者が来て、資材を運ぶ為に道路がより整備され、彼等の食事所が必要になり地元で飲食店が出来て、外食チェーン店が店を開いて、彼等の住む住宅が必要になり、建築業者がやって来て、総合量販店グループも店を開いて―――をループしていって、活気付いて発展した街、という事だそうです。
商魂逞しい、というか、なんというか。いいスパイラルで発展したんですね、と感想を言いたくなります。
「…………あれは、鉄……?」
左の窓から見える建築現場のクレーンを指しながら、イオンさんが訊ねてきた。彼女の世界の技術レベルでは考えれない光景なのだろう。
その質問にはデリアさんが答えます。
「鉄製ですよ、上に上がっていったのも、それを持ち上げた機械も」
クレーンは所々合金だとは思いますが、それでもほとんどは金属製でしょう、と続けて答える。
「……あと、何年で完成する?」
「年って……。この建物だと……あと半年もあれば人が住めるようになるかな?」
「…………」
その解答に驚いたのでしょう。それ以上聞いてこなかった。
技術レベルが元の世界と違いすぎるのでしょう。人力で造り上げる時代から、機械がほとんどを代替する時代にタイムスリップしたようなものなのですから。あんな鉄の塊を造り上げることも、持ち上げる速度も。建物を造り上げる速度も劇的に違う。
「……この街ってかつて広い林でもあった?」
今度はフィオナさん。右に見えた林を指しているのでしょう。
《ウォースパイト》で基地に来る道中で、居住区画のロビーの壁に設置されていた外の景色を映すモニターで、疎らに点在する小さな林や森を見たからだろう。エルフなだけに自然環境に敏感なのかもしれない。
「聞いている限りだと……。ここは只の平野だったはずです。森が在ったのはカナクタ基地の訓練場、旧市街ですね」
まだ建築技術が低かった昔は、すぐに建物を建てる必要がある時は、加工の容易な木材が近くで取れて、なおかつ後に要塞を建てる為に地盤の固い土地を選んでいたそうで。
《ノーシアフォール》出現後は、鉄道の発達で木材の確保という縛りからは解放されたようですが。
「じゃあ、さっき遠くにあったのは?」
「公園……かな? 昔は訓練生時代はここによく来てたんだけど、行き先なんて大体は中央の繁華街だから……」
あとでその場所に行きましょうかと言って、デリアさんは右へハンドルをきる。
ゲートをくぐって、駐車場の空いたスペースへ駐車する。
一際賑わいを見せるそこは、最初の目的地の大型総合量販店だった。
「…………本が、こんなに……。買って、いいのか……?」
ギギギ、とでも聞こえてきそうなぐらいにカクつきながらイオンさんはデリアさんへ訊ねた。
隣にいるフィオナさんは、物珍しそうに店内を見渡している。
デパート内の書店。店内はそれなりの人々が棚を見て、興味や目的の本を見つけては手に取り、見たり持ち出してレジへ向かったりしている。
店員はレジで本のバーコードを読みとり、合計金額を客へ提示して代金を受け取り、お釣りを渡したり、棚へ本を並べたりしている。
棚には整然と並べられた本―――生活雑誌、辞典、参考書、各種月刊誌や週刊誌、文庫本、コミックから児童文学までもが出版社ごと、ジャンルごとに分けられて、デパート一階の三分の一を占めているようだった。
その光景は、彼女らが見たこともないような光景なのは間違いないでしょう。そもそも、普段使われている紙が植物由来なのか、それとも羊皮紙等の動物由来なのかの差からかも知れませんが。
ちなみに、テルミドールは車内でお留守番です。性格的に人様に迷惑かけかねないので。一応、窓は抜け出せない程度には開けていますが。
「紙が白い……。民間のは、ここまで白いものなのか?」
歴史書のコーナー。適当な本を手に取り、適当に開いて呟くイオンさん。どうやら、騎士団で使っていたノートは軍用で高品質で、民間は質が悪いと考えていたらしい。これが普通、と言われれば納得するのですけれど。
「流石に、そこまで品質はばらばらではないですよ? 製造法はどこも一緒のはずですし、あるとすれば不純物の除去といくつかの工程の差かな?」
「……異世界の技術力は凄いな。しかし、これを一冊一冊手書きで書くのは……」
「いえ、全て印刷ですよ? 印刷機で刷っていくだけです」
「インサツキ、とは?」
「えっと……。判子とかわかる、よね? それを発展させていったようなものなんだけど……」
ひきつった笑顔で答えるデリアさん。詳しい仕組みはわからないのでしょう。私もあまりよく知りません。インクを設定された通りに吹き付けている程度の認識ですし。
実際、印刷の仕組み等を全て完全に理解した上で使う人などいないでしょう。そういう、便利なものとして深く考えず使う物なのだから。
カルチャーギャップに丁寧に向き合うのは、余程真面目な人か、ゆるくのんびりした人でないと厳しいのかもしれません。
あれこれと話しているのを横目に見つつ、私はHALに頼まれていた物を探す。
「まず、世界史は……」
とりあえず情報量が多そうな物を出版社別に三冊、なんて大雑把なオーダーです。
いつぞや、歴史の記述の仕方が、『昔であれば昔であるほどそうだと思われる、と推察すべきなのに、古い時代になるほど、そうだと確定、確信している記述』である、と言っていました。そこから、ネットではなく紙媒体の記述はどうなのか、と考えたらしく。
なんとなく眺めて、そこそこ厚い本を手に取る。ずしりと重たいそれを開いて、内容を見る。
「―――オルレアン連合発足。主要五大国の対話と合意により……。一つはこれにしましょうか」
それを閉じて、次は……。これにしましょう。出版社は違うし、これまた厚みもある世界史の本。開いて最初の記述を見る。
要約すれば、『約3000年ほど前に東から移動してきた人々が《レドニカ》より南の地方へ移住した』と書かれていました。
もう一冊は……。『よくわかるオルレアン連合の歴史』……は、駄目でしょう。薄いですし。
そのまま右へも視線を動かして。
これまた分厚い世界史の本が。中身を見ると他の二冊よりも詳細な事が書かれている。出版社も違うので、HALの提示したお使いはまず一つ完了です。
「しかし、重たいですね、この厚みを三冊とか」
一冊一冊が人を殴れば昏倒させることは容易そうなぐらいに分厚い。
あとは、医学の棚ですね。
「デリアさん。医学関係の棚を見に行ってきます。もしもそこに居なかったら、料理関係の棚にいると思います」
一言だけ伝えて、私は通路へ出る。
医学関係の棚は……。そこですね。
向いの棚の列。左へ二つ目の棚がそうでした。
目的の本は、解剖学関係の本。部分的な物より骨格と肉体、全体的に記されている物が好ましいとのこと。あと、カラーイラスト付きで詳しく。これは一冊でもいい。
解剖学関係は、その棚にありました。しかもオススメとしてフルカラーの、HALの注文の通りの本が置かれている。
中身も申し分なし。成人男性と成人女性の骨格から各筋肉の付き方まで。
「これが良さそう。―――でも、HALはどうして解剖図を買ってきてほしいと言ってきたのでしょうか……」
お願いされた時に理由を訊ねたのですが、今は教えれないと言われました。後で教えてくれるのだとしても、気になる物は気になります。
AI故に人とは違う思考から、何かあり得る事でも考えたのでしょうか。
まあ、そんな事を考えても答えなど出ないのですが。
買うものは決まったのでレジへと並ぶ。
四冊のバーコードを読み込み、レジのカウンターは合計金額を表示する。もちろん予算内。
ビニール袋とお釣りを受け取り、三人を探すべく見渡す。
すぐに見つかった。彼女達はレジへと並ぶ列の最後尾。
この様子ならしばらく時間はかかるでしょう。
料理本でも見てきましょうか、と考えて、まずは一言伝えなければ。
「待つ間、料理関係のところに居ますので会計終わりましたらそちらで合流しましょう」
「わかりました。気になった本があったらまた並んでもいいからね?」
デリアさんの言葉に、それはしませんよと答えて、その場を離れる。
料理雑誌のコーナー。このコーナーにいるのは大抵、主婦や若い女性の方です。
並んでいる雑誌も、レシピ集がほとんどだ。簡単に出来るだの高級店の手順紹介といった特集が多い。
中には『これで彼氏の胃袋を掴め!』と煽り文句を謳っている。―――ちょっと気になりますね、これ。
そう思って、中身を開いて……。
「魚の下処理が酷い。これなら皮の方に塩をかけて15分置いた方が臭みが抜けますよ。でた水はちゃんとキッチンペーパー等で吸いとらないと。それに、その魚を煮るなら先に焼いた方が煮崩れしません。―――ハンバーグもこんな作り方でいい訳がありますか。空気が抜けていないですし、これで焼いたら中の空気が爆ぜて形崩しますよ。脂も溶けて無くなるでしょうね。タネは手に叩き付けるように打ち付けて空気を抜きつつ成形して、30分ほど冷蔵庫に入れて寝かさないと焼いた時に肉汁が出ませんよ」
内容が酷い。初心者が書いて出しているのではなくて? と聞きたくなります。こんな作り方では食べるどころか逃げますよ。
結論、見る価値のない雑誌。
ため息を吐きながら、雑誌を元に場所に戻す。
簡単に出来るだの謳ったのもそう変わりません。まだ高級店の手順紹介の方が参考になります。
この世界に異世界出身の料理人は来ていないのかとさえ思える。もしくはオルレアン連合側は、かもしれないけれど。
「チー、ハー、ヤッ」
その言葉とともに後ろから抱き締められる。一歩だけ前に出して後ろからの圧力に耐える。声からしてフィオナさんです。というか、こんな事する人はフィオナさんしか思い当たりません。豊満な胸を遠慮なく押し付けてくる人は特に。
「会計は終わりましたか?」
そう聞きつつ、持っていた雑誌を戻す。何か本を買ったのでしょう、フィオナさんの手にはビニール袋が。薄いから雑誌でしょうか。
「終わったわ。―――それ、買わないの?」
「はい。参考にはなるのですが、まあ、買わなくていいと思いましたので。それと―――」
「それと?」
「―――離してください。苦しくはないのですが、人前でこれは恥ずかしいので」
端から見れば、華奢な体つきで美しい黒髪の、女の子としては背の高い可愛らしい顔立ちの少女が、より背の高くスタイル抜群の、とても長い金髪の幼い顔立ちながらも妖艶な女性に後ろから抱き締められている、という光景です。
ただでさえ人の目を集めそうな容姿二人が、仲睦まじい光景を見せていると、余計に人の目を集めてしまうわけで。
「ママー。女の子が女の子に抱き締められてるー」
「仲がいい証拠よ」
―――それは修正したいです。一人は男ですよ、と。黙っていないといけないのですが。
「へぇ……。これは恥ずかしいのね……」
玩具を見つけたような猫撫で声でさらに抱き寄せてくる。その表情は見えないが、きっと挑発的なものでしょう。
どこで好感度上げたのでしょうか……。悲しい事に思い当たる節がそれなりにあるのだからいけない。彼女が面食いなら良かったのですが。―――まあ、その気もあるのも質が悪いんですよね。
「……恥ずかしい、と言っておきながら、チハヤ殿はそう見えないが。説明するなら、困っているような顔だ」
静かに言うのはイオンさん。その手にはそこそこ膨らんだビニール袋が。私のよりも袋が大きいので多く買ったのかもしれません。この後、冬服をそれなりに買わないといけないのですが、給付金こと所持金は足りるのでしょうか?
「その通り、困ってます。―――強引に抜け出す手はあるのですが、女の子相手にそれをすると恩師二人に火に焼べられてしまいそうなので」
「……チハヤちゃんの恩師って意外にも物騒じゃないかなー…?」
「…………」
デリアさんの指摘に否定出来ないのがちょっと辛い。
「…………さて、次行きましょう。冬服でしたよね?」
とりあえずフィオナさんの抱擁から抜け出す為に、次の予定を口にした。




