調査
「なんとかなった? 爆薬」
格納庫前、両膝を着いた駐機姿勢のランツフート帝国のリンクス、オルレアンコード名 《バッドボーン》―――帝国での呼称を《ヴックヴェルフェン》を見上ながら僕はゴーティエに訊ねた。
「ああ。―――とんでもねぇ機体を造りやがるな、帝国は。いや、この場合は異世界、だな」
整備班班長の大柄な男、ゴーティエが呆れながら《ノーシアフォール》の方角を見る。
廃墟の街の向こうに、小さなキノコ雲が上がっていた。
先日の亡命者救助はうまくいったのは間違いない。
―――のだけれど、沢山の混乱を産んだのは間違いなく。
まずは―――亡命してきた兵士『S031D』と、帝国のリンクス《ヴックヴェルフェン》についてだ。
語るなら別々に語るべきなのだろうけど、困ったことに彼とその機体の組合わさり方が異常の一言に尽きるので、平行して語るとしよう。
容姿については後で語るとして―――外部スピーカーによる会話でも判明していた通り、その人は見た目ならば十代中頃の“少年”だった。
人型機動兵器『リンクス』のパイロットは、操縦システムである《linksシステム》への適性が高い方がいい。男性と女性と比べると、女性の方が適性が圧倒的に高く、結果としてパイロットは女性となる。
《XFK039》という、男性限定で脳へプログラムを書き込む例外もいるが、そうでもない限り、基本的には女性がパイロットである。
だけど、S031Dは男だ。
乗ってもシステムの負荷で、飢餓感や吐き気、幻肢などの症状が出てもおかしくないのだが、彼の自己申告ではそれがなかった。
試しに《linksシステム》への適性値を測定したところ、男性としてはあり得ない、適性値『97.6%』を出している。
女性の適性値でも滅多に見られない値を、彼は持っていた。
そして、彼が言うには、気がつけば針金人形のようなリンクス、《ヴックヴェルフェン》に乗っていた。記憶を遡っても、三ヶ月前の記憶までしか持っていないという。
更には、彼のその容姿も変であった。
その肉体は確かに男ではあったのだけれど、異常の一言に尽きるだろう。
S031Dは、水色の髪と赤い双眸の、痩せぎすの少年だ。
それだけなら、まだいい。そういう人間もいるのか、と納得できる。
その体は、よく言えば、本当は何も食べていないのではないかと疑えるぐらいに痩せ細った身体の持ち主だった。
悪く言えば、ガリガリになるまで痩せた、骨と皮だけの身体だった。
自力でコクピットから出る事が出来ないし、そもそも歩く事すらままならない。呼吸するだけで精一杯―――どころかやっと呼吸出来る身体だった。
口から、ものを食べたことがないとまで言う。
《ヴックヴェルフェン》のコクピットで、カテーテルに繋がれたそこから栄養剤を流し込まれていたそうで。
実のところ、コクピットから彼を出す時、そのコクピット自体はなんと、水で満たされていた。正確には液体呼吸が可能なパーフルオロカーボン類の液体では、とHALは推測を述べたのだけれど。
液体で満たす理由は、意外にも《ヴックヴェルフェン》のコクピットの回り、つまりはある種のイナーシャルコントロールを可能とする《チャンバー慣性制御システム》にあった。
これが、バレットさん曰くかなりお粗末なもので、フェーズジェネレーターから発生し、G軽減するために利用出来るフェーズ粒子がそれほど多く貯めれないような、小さい物だった。密閉性も低く、漏れ出すところまであったらしい。これではフェーズ粒子が貯まらず、安定還流しない。
つまりは、Gの軽減が平均的なリンクスと比べてそれほど出来ていない、ということである。
コクピット内とパイロットの体内までその液体で満たす事で、ある程度のGの軽減を図ったのではないか? と判断されている。
そんな、画期的なのか、驚異の発想なのか理解し難いコクピット構造の《ヴックヴェルフェン》だが、なんとHALがその機体を知っていた。
『この機体……。私の世界では数世代古い機種と似ていますね。NATOコードでは、《スパム》と呼ばれていた機体とそっくりです』
曰く、ロシアが開発したリンクスと酷似しているという。
とにかくロシアらしい造りで、モノコック構造で見た目以上には頑丈。極端なまでの簡素な構造と軽量化と低コスト化を図られたリンクスらしい。
使われる人工筋肉も最低限。フェーズジェネレーターも、軽量低出力。ブースターの出力はブースト機動が出来る程度には低い。
メンテナンス性も良好で、信頼性も高い。戦車2両のコストで3機作れるほどだったとか。
欠点としては、操縦が《linksシステム》のみ。アナログな操縦桿やペダルも無しという状態で、なおかつ慣性制御システムたる《チャンバー慣性制御システム》はフェーズ粒子漏れするような粗悪品。
そして、大量に製産された機体らしい。故にコードは大量の代名詞たる《スパム》。
対して、《ヴックヴェルフェン》も基本はモノコック構造で、各部は簡素な構造で軽い。
関節に使われている人工筋肉も必要最低限だ。
この事から、限りなく当たりに近い推測として、《ヴックヴェルフェン》はHALの言う《スパム》の設計をベースにしている。
そして追加された部分とは、《ヴックヴェルフェン》には自爆機能が搭載されているということだ。
自爆機能なぞ必要ないというのが一般論だ。機体にも依るがコクピットハッチの構造次第では脱出は用意ではない。
自爆が必要なケースは想定出来ても、時間をかけて精練したパイロットを失う訳には行かないのである。リンクスの代わりはあっても人間の代わりは利かない。
だが、《ヴックヴェルフェン》は自爆機能持ち。胴体に砲弾が当たれば爆発するような機体だ。
何も知らなければ意味のない機能だが、その答えはS031Dが知っていた―――というより、彼自身にあった。
「俺は、《スクラーヴェ》という、リンクスに乗るためだけのクローンだ」
彼曰く、詳細は自分達でも知らない人物のDNAを使って、遺伝子操作や薬物投与で製造された、クローンだと。使い捨てられる駒だと。
「くろーん、って何よ?」
などと言うアルペジオや騎士団の皆様の様によくわからない人に説明するなら、『植物、動物問わず、ある個体と全く同じ遺伝子情報を持つ別個体』の事で。
つまりは、S031Dは誰かの遺伝子を使って作られたクローン人間ということだ。
HALは、遺伝子操作されているのでデザインチャイルドとのハイブリットでは、とは言っていたが。本人の自称に合わせるべきとも判断したようで、クローンに統一している。
S031Dの話から察するに、彼は《ヴックヴェルフェン》という使い捨て用の機体に乗せる為だけに、誰かの遺伝子情報を元に文字通り製造されたパイロットという事だった。
誰かの遺伝子情報を用いているが、彼は誰かのコピーではない。遺伝子情報が同じだが(操作されているので限りなく近い、が適切か)、その誰かわからないオリジナルとは完全に別人である。
その旨は、HALと僕とで騎士団と関係者全員にそう認識、肝に銘じてもらった。S031D自身、道具でもコピーでもないと主張していたことに意を酌んだ形だが。
そして、手足の虚弱さや、彼自身の記憶と。
HALが、知り、情報開示したクローン製造技術の概要から、推察出来る事として。
S031Dと、彼と同類だろう《スクラーヴェ》達は、短時間で体を成長させられている。
まあ、騎士団の皆様はあり得ない、出来る訳がないと疑う人が多かったが、最終的には信じる事になった。
彼がクローン人間である証明が、HALが持っていた論文―――ネズミのクローン製造技術に関する概要が書かれた資料から提示されたからである。
人間ではなく、他の哺乳類のデータではあったが、それは人間にも適応出来る、適応するための最初の実験であると書かれた資料だった。
根本的には、同様の技術である。
HALらしくない情報の開示だが、その理由はちゃんとある。
『倫理的によろしくないものですので黙っているつもりでしたが、この世界に同様の技術があるなら黙っていても仕方ないので』
―――とのこと。
まあ、《XFK039》や《FK075》を生み出した《FK計画》の一環にもクローンの製造計画はあったので、それを連想したのかもしれない。または、何か思うものでもあるのかもしれない。
それはHALにしかわからないが。
そして、S031Dはしばらくの間―――正確には、彼が自力で移動出来るまでは騎士団で面倒を見ることとなった。
その理由は二つあり、第一に彼自身の体が弱すぎた。
骨と皮だけと評せる身体であり、身動きすらままならない。人間らしい体力すらない。幸か不幸か、辛うじて心拍や骨の強度が普通の人間より弱冠劣る程度。
呼吸困難に近い為、鼻からチューブを挿して肺へと酸素を送る必要がある。
そんな身体で、長時間の移動等は出来ないと診断されたからである。
もう一つは、帝国から来た彼だが、彼自身知らない事が多すぎた。
ここでいう、知らない事、とは帝国の現在の情勢や軍の状況等の情報である。
S031Dと同じ存在だろう《スクラーヴェ》と、乗機である《ヴックヴェルフェン》以外の事は全く知らないのだから。
まあ、S031Dがクローン人間で、遺伝子操作を受けているという話だけでもかなりの情報なのだが、オルレアン連合技術研究所は倫理的な問題が大きすぎるとして、《スクラーヴェ》というクローンのS031Dに使われた技術は解析しないと判断を下した。
「上の大半は、人間弄ってまで技術研究やら実験やらしたくないからな。世間様から何を言われるか、わかったもんじゃない」
そうバレットさんは言っていたが、人体実験なんてしたくないし、関わりたくもないという本音が見え見えで。
本来はS031Dが胸を撫で下ろすところでもあるだろうけど、僕の方も安心した。倫理感が比較的まともな人が多い事に、胸を撫で下ろす。
むしろ、騎士団としてはランツフート帝国の非道ぶりを強調する為のプロハガンダに利用するつもりらしかった。
ランツフート帝国は人間を弄って戦争の道具にしてるとでもプロハガンダ放送で流すのだろう。
S031Dが乗っていた《ヴックヴェルフェン》は爆薬の撤去、処理後に騎士団の元で軽く調査、その後技研に送って本格的に調べ上げる事に決定した。
HAL曰く、技術的には古い機種だ、なんて言っていたがその認識はHALだけのものである。
この世界の人からすれば帝国が製造した未知の機体であるのは間違いなく。
爆薬の撤去後、格納庫にて調査の段階だった。
今日も炊事係な僕は作った弁当を持って格納庫に来ていた。
昼食、しかも僕が作る弁当となれば全員がこぞって来るから、わかる事があるわけで。
「あれ? バレットさんは?」
リンクス技術者であるバレットさんがまだ取りに来ていない事に気付いた。
「彼ならあっちで呻いてるぞ」
その場で探しだ僕に、チキンフライのハンバーガーを齧りながらゴーティエさんが《ヴックヴェルフェン》の方を指差して教えてくれた。
そこではくたびれた白衣とサングラスを着けた人物―――バレットさんが頭を抱える姿があった。
とりあえずゴーティエに礼を言って、バレットさんの元へ向かう。
「ハルの奴が言っていた通りなのが癪だ」
げんなりした様子で、バレットさんが呻く声が聞こえた。
どうやら、HALが言っていた事と同じだったようだ。
要するに、《ヴックヴェルフェン》の構造はオルレアン連合側から見ても古い構造だということだ。
「バレットさん。昼弁当です」
「うおっ! ああ、なんだ。チハヤか。驚かすなよ」
びっくりさせるつもりは無いんだけれど。それだけ考えに耽っていたということか。昼食は食べないのかと訊ねる。
「……今日の昼は?」
「チキンフライのハンバーガー。向こうだよ」
「持ってきてねぇのかよ……」
ため息一つついて彼は立ち上り、弁当が置かれている机へ歩き出す。
弁当へ手を伸ばして、
「手はちゃんと洗うように」
僕はそう言って右腕をつかんで止めた。バレットさんの手は、僅かなれど黒いオイルが付いたままだ。
汚れた手で食べるなど許さない。それは作ってくれた人への冒涜である。
この辺りは、僕は徹底している。この世界に来てフォントノア騎士団で炊事係担当になってから徹底している。
まだ、フロムクェル語が拙い時だったが、手が汚れたままの人へ、
「手を洗ってきて下さい。ご飯はそれからです。汚れた手で食事など、料理した人への冒涜だ」
と大口を叩いて宣言したほどだ。
アルペジオ曰く、この時の僕の笑顔が怖かったらしい。目が笑ってなかったとか。
そうだった、みたいな顔をしてからバレットさんは手洗い場で石鹸で手を洗ってから、再度弁当を手にする。
包みを剥がして、一口。
「美味い。お前さんの飯はどれも美味くてどれがいいとか決めれないな」
「ありがとうございます」
感想を聞いて、僕もハンバーガーを齧る。ザクッとした衣と、ジューシーな鶏肉の油が口の中に広がる。
しばらく咀嚼する音だけがして、
「この《ヴックヴェルフェン》。ハルのいう通り、やっぱり古い構造だった。スペックを知る以外価値がない」
バレットさんがそう切り出した。
曰く、《ヴックヴェルフェン》は《マーチャー》や《フランベルジュ》、《プライング》のように内部骨格というものが無いらしい。モノコック構造という、装甲そのもので機体を支える外骨格としている。
関節がもっとも顕著で、通常のリンクスなら肘や膝の折れ曲がる箇所を二重にして稼働範囲を人間に近くしているのに対して、《ヴックヴェルフェン》は装甲側を抉るような形にして稼働範囲を拡大していた。これなら曲がる箇所を一つに絞れる。
その極端なまでの簡潔化の影響か、機体自体も軽い。軽い分、背中にあるブースターの出力も低いらしい。反面、機体の装甲防御力は低く、関節も脆い。
「そして何より、これといって変わった機構がない。とてもプレーンなリンクスだ。―――液体でコクピットを満たし、パイロットの脳へ直接外の景色を映す以外は、な」
オルレアン側の技術でも作れる機体で、その製造コストもかなり安いものになるらしい。単純な重量なら、《マーチャー》一機の半分程度だ。
「ちょっとガッカリな機体だが―――怖いな」
「怖い?」
「安く大量にリンクスが用意出来るってこった。しかも複雑な内骨格がないから、技術難易度は低くて製造が楽。そしてS031D―――《スクラーヴェ》だったか。遺伝子操作がどれだけ安定しているか、どう作るか想像も出来ないが、パイロットを大量に作れる術や施設があるということは―――」
「よく訓練された新兵以上の練度を持つパイロットと、性能はともかくリンクスが短期間で大量に“製造”出来る」
バレットさんの続きを言った。
倫理的にヤバイ話だが、それと同じく別の意味で厄介な話になる。
リンクスのパイロットは女性に限られる。そして、その教育期間も勿論、相当に必要だ。それが常識だ。
でも、《スクラーヴェ》はS031Dが男であるように、もし性別問わずに《links》システムへの適性が高く出来るなら。
短期間で十代中頃まで成長させて、戦力にする事が出来るなら。
パイロットも、機体も。
数が揃えれる。それも、時間さえあればかなりの数を、だ。
何年も掛けて造り上げた戦艦が、航空機の波状攻撃で沈められるように。
いくら質が良くても、最後は結局、物量でやられてしまう。
HALが居た世界でも、質たる《FK計画》でリンクスを造っても、結局は作った機体は暴走するし、それにプラスで無人機の物量で人類は滅亡したらしいけど。
「お前さんらの戦闘映像や、あの小僧―――S031Dの言う通り、死を恐れない、仲間の死を何とも思わないように遺伝子操作、及び教育されているというのが本当になら、厄介な問題だぞ」
ああ、頭が痛くなりそうだ、とバレットさんは呻く。
「でも、まだ完全ではないと思いますよ」
「何かわかるのか?」
「何も。でも、僕の居た世界では、数あるフィクションの物語の中には、彼のようなクローンが兵士として造られているという話もありまして。個々が自我を持つ事もあったり、殺しが嫌で所属していた軍を脱走するクローン兵が描かれたりしてたんですよ」
昔見たSF映画の話だけれども。
「そう言った調整や教育を施しても例外が現れる、という展開があるんですよ」
「そりゃあ、物語上、だろ?」
「史実は小説よりも奇なり、と言うでしょう」
飛行機乗りで三十回対空砲に撃墜された事はあっても、戦闘機には一度も落とされなかった攻撃機パイロットとか。
歩兵で、致命傷のオンパレードからの顎を撃たれて死亡判定。その三日後、生き返るとか。
雪で白化粧の中、二〇〇メートル先の人の頭をスコープ無しで狙いをつけて撃ち抜く狙撃兵とか。
ありえんの一言しか言葉に出ないような、嘘のような実話が僕が居た世界にはあります。
「生き返るとか流石に嘘だろ……」
その話を聞いたバレットさんは素直な感想を述べた。
思うよね、うん。
「軍医が死亡と診断して、周りの兵士たちが彼を救ってくれと懇願して、懸命な延命措置して三日、らしいですけど」
ちょっと信じられないな、とバレットさんが怪訝そうな顔をする。
「じゃあ、《ノーシアフォール》という、異世界から繋がった穴は? 異世界から来た人型機動兵器リンクスとか、僕やHAL、イオンさんとかフィオナさんのような異世界人も信じられないと?」
そこまで言ったら、彼は両手を上げて降参の意思を示した。
「それを言われたら否定出来ないな。あり得ない事が現実に起こってるから。つまり、現実であり得ない事が起きるなら、あり得ない事も現実で起こり得る。お前さんの言う物語上の存在も、ここでは起こり得るのではないか、と言いたいわけだ」
「そうです」
「そして、チハヤはこう思っている。帝国のクローン兵の技術はまだ未完成では? と」
「そうです。クローン兵であるS031Dが逃げてきた、というのが根拠ですが」
なるほどねぇ、と呟いたバレットさんは、残り僅かなハンバーガーを口の中に入れ、咀嚼してから飲み込む。
「やっぱり、異世界人は面白い話をするな。俺たちが考えれない事を平気で口にする。話してみて正解だったよ」
何か納得した様子で、立ち上がる。
「それは良かったですね」
「ああ。また今度、そっちの架空や実在の物語とか教えてくれな? さて、昼からも頑張らないとな」
それじゃあ、と言ってバレットさんは、格納庫を出ていった。煙草でも吸いに行くのだろう。
「それじゃ、僕は皆から容器回収だな」
そう言って、僕はハンバーガーを食べてから、クーラーボックスを回収すべく立ち上がった。




