彼は人間である事を選んだ
団長に呼ばれて、僕は基地の医療棟へと来ていた。
何でも、亡命してきたS031Dの事で話したいらしい。
イオンさんとフィオナさんの面倒を見てねなどと押し付ける、あのベルナデット団長の呼び出しである。
嫌な予感しかしない。
いや、ホントに。面倒事が出来た時に、こいつに投げとけばいいやー的な考えで僕に面倒を押し付けているんじゃないだろうか。
自己評価ながら、滅私奉公人の気があるのは否定出来ないけど。
今度マリオンさんに相談しよう、と心に決めながらも医療棟の清潔な廊下を歩く。
そして、目の前の角を曲がった先に、これまた奇妙な機影を見つけた。
四角柱のポッドにローラー付きの三脚と、クリップのようなクローアームを付けたセントリーロボットが、そこにいた。
誰、と問わなくともこの機械を使う人物(?)など、僕の知る限り一人しか居ない。
『チハヤユウキ、遅かったですね』
無機質な事務的な合成音声で、HALは言った。
「HALも呼ばれたのか」
確か今日もフィオナさんに付いているはずで、そちらが優先でもあるから、意外だ。
『元々居た、というのが適切かと。現在、別端末機で並行してフィオナさんの通訳しています』
セントリーロボットさえそこに居ればHALと話せるから、の発言である。AIであるが故の、並列処理による会話である。
人の事は言えないが、時々HALが人間に思えてしまう。
『S031Dの補助に使えるマッスルスーツやら何やらを渡して、その調整でここに』
「―――HAL、君が持ってる物にそんなものがあったのか。というか、提供した?」
意外な言葉が出てきた。少なくとも、軍へは有事の際以外は協力しないと言っていたはずなのに。
『はい。昔、《ウォースパイト》の乗員の一人にS031Dのような、筋力が不足していていろいろと不自由した人がいまして。その人の遺品を拝借しました。外部からの電気刺激により心肺機能の補助から筋力の育成まで可能なモデルです。大切に倉庫でナノマシンで動態保存していたのが役に立つとは』
どこか感慨深そうに天井を見上げるセントリーロボット。
『元々使っていた人も、再度使われる機会があると知れば涙する事でしょう』
「そっちの世界じゃ、そんな便利な物があるんだな」
そう話ながら廊下を歩いて、その扉の前に来た。
ノックを二回。
「チハヤです」
「おう。入ってくれ」
くぐもった団長の返事を聞いてからガラリ、とスライドさせて入室する。
その病室は、一人用とはいえそこそこの広さがあった。
隅々まで掃除が行き届いていて、病室らしい清潔な空間でもあった。
ベッドにはよく言えば痩せぎす、悪く言えば骨と皮だけになるまで痩せた蒼い髪の少年が座っていた。鼻にチューブが刺さっていて、酸素を肺へ送っているようだった。
腕や脚、胴体には黒い、体の線がよくわかるほどにフィットした衣服を着ていた。喉には少し厳つい首輪が。拘束するには紐が見えないので、なんだろうと思ってしまう。
首輪や服の所々からは電気の配線が延びていて、ベッドの隣にあるナメクジ(適切な表現が思い付かなかった)のような形状の機械へと繋がっている。
ベッドの隣に立つようにベルナデット団長が。
他にも看護師さんが二人。
『S031D、先程ぶりですね。調子はどうですか?』
『回答―――良好。このスーツとこの首輪。なかなかに便利である』
HALの挨拶に、S031Dは口を動かさずに喋った。
「―――腹話術?」
思い当たる手段がそれだった。意外と声違うし。
でも、少し機械的な雑音が混じったいたような。
『推察に対する回答―――喉に着いているスピーカーからである』
『声帯への電気信号を拾いあげて、声帯からではなくスピーカーから声を出すシステムです。《linksシステム》の原型の一つだったりします』
S031Dの回答と、HALの補足。
なるほど。それなら呼吸するだけで精一杯なS031Dでも難なく会話出来る。
相変わらず、HALは便利な物を持っているなぁ、と思う。もしかしたら色々と持っているのかもしれない。
「おーい。私の存在を忘れてないかなー?」
ベルナデットさんが割り込んできた。
忘れていた訳ではないけれど、これから厄介事を押し付けるだろうからささやかな抵抗として、団長そっちのけで会話していたが。
「忘れてないですよ。―――これから面倒事を押し付けらるだろうと思って現実逃避したいだけです」
「ひでぇ。―――大丈夫だ。面倒見てやってとかは言わねぇよ」
その辺は看護師の仕事だと言われたので、その線はないらしい。
『ベルナデット氏へ質問―――そこの女性は誰か』
「彼女は―――チハヤユウキ。異世界人で、諸事情でリンクスのパイロットをしてる。お前さんを保護した黒い尖鋭的なリンクス。知ってるだろ?」
機密扱いとはいえ、女性扱いとはなぁ。毎度微妙な気分になる。自分からそう振る舞うのは抵抗ないんだけど。
『肯定―――貴方があのリンクスのパイロットだったのか。この場で助けてくれた礼をいう。ありがとう―――と、言うべきか?』
そう言うS031Dは戸惑いながも礼を述べた。
「大したことはしてないですよ。ベルナデットさん、本題ですけど呼ばれた理由はなんです?」
クローンみたいな存在は知ってはいるが、それはフィクション上の技術とか、まだ実用化の目処が立っていない、という事実を知っている程度である。
それを教えてくれとか訊かれても困るような話だ。
返ってきた回答は、
「コイツの名前、決めてやって」
毒気抜けるとはよく言ったものだ。
「…………帰っていいですか?」
『チハヤユウキ。それは回れ右してドアに手を掛けて今にも帰ろうする時に言う台詞ではないかと』
部屋から出ようとした僕を、HALのアームが止めた。
露骨にため息を吐いて、団長へ向き直る。
要するに、団長はこう言っているわけだ。
『S031Dなんて呼びづらいし、呼びやすい名前、無い?』
何で僕なのやら、と疑問を口にする。
他にも人はいるだろうに。
「お前さんのネーミングセンスを買ってんだよ。アルペジオ担当の小隊のコールサイン、《ラファール》なんて実質お前さんが付けたようなもんだし、《XOML‐10 フランベルジュ》だってお前の命名じゃん」
「聞こえはいいけど、ほとんどそのままな名前ですよ」
どちらもフランス語で前者は《疾風》を意味して、後者は《炎》だ。
僕が最初、ラファール名乗った理由なんて、その時は《プライング》の性能が飛び抜けていてどの部隊にも組み込めなかったからで。コールサインも別にする必要が生まれたから、《プライング》速いしとかいうなんとなく過ぎる理由でそれにしたに過ぎない。
《マーチャーE2改》が騎士団に納入されて、新小隊を設立する時に新しいコールサインが必要になって、《ラファール》の意味を教えたらそのままコールサインをアルペジオに取られての命名である。
《XOML‐10》のペットネームなんてもっと雑だ。装甲の赤色とか見た目の優美さから炎を連想して、フランス語で炎を意味する《フランベルジュ》と口走ったら、アルペジオに聞かれてて、その場でラファール小隊のみんなの悪くない反応もあっての命名だ。
これでセンスがあるとは言って欲しくない。
『意見具申―――俺はこの名称でも構わない』
「その名称が呼びづれぇのよ。兵器の型式番号みたいで、お前さんが人間じゃないみたいな印象を受ける」
S031Dでいいと言った彼に対して、感情論的だがもっともな話をするベルナデットさん。
「いいか? 名前ってのは親がくれる大切なもんだ。―――お前さんがどう生まれたのかはわからないが、扱いは人間じゃなかったんだろう?」
『肯定』
「そこからお前は逃げてきた。そして逃げきった。なら、一人の人間としてこれからを享受していくことが出来るだろう? これからの人生、お前さんはそのままの名前でいいのか? 《S031D》って道具の名前のままでいいのか?」
『………否定』
「なら、名前が必要だろう? これから人間として生きていく上で必要な、道具ではない人間としての名前が」
『―――理解した』
S031Dを、ベルナデットさんが諭していく。
『申告―――自らの名前を決める上で、俺の知識幅では適格な名前に使える単語がない』
「そうだと思って、ネーミングセンスある人を呼んだんだ」
そう言って彼女は悪戯っぽく笑い、僕を見る。
「団長が決めればいいじゃないですか。今の話の流れで団長が名付けないのはおかしい」
多分、正論を僕は言った。
「いやぁ……。昔、猫を拾った時にな? 名前を付けてやったら、周りからセンスの欠片がないと酷評されてな……」
何か、困った顔をするベルナデットさん。なんて名前を付けたのやら。
「『サンライトダンガン号』と名付けたんだけどな……。良くないのか? この名前」
「少なくとも猫の名前じゃないです。車か列車の名前かと思いました」
即答してしまった。ここまで酷いセンスの持ち主は初めてかもしれない。
『確かに、ベルナデット氏が名付けてはいけないというのはわかりました』
HALも辛辣だった。納得でもあるか。
「……と、言うわけだ。頼むよ」
手を合わせて頼んでくる団長。
まあ、変な名前にされるのはS031Dだって嫌だろう―――むしろ逆に、変な名前でも自分の名前にしてしまいそうだ。
渋々了承するとして。
「動物や物へはともかく、人間になんてねぇ……」
重大過ぎる。頭を抱えてしまいそうだ。
『チハヤユウキ。こういうのは気楽に考えればいいでしょう』
「そうかも知れないけど……」
『ベルナデット氏。もしよければ私が命名してもよろしいでしょうか?』
意外なHALの提案。
「構わねぇよ。決まればそれでも」
『彼女に同意―――S031Dでなければ』
僕が呼ばれた理由は何だったのか。足を運んだのが無駄になりそうだ。
「HAL。学名みたいなのはやめておけよ」
ちょっと不安になったので、釘を刺しておく。
『釘を刺さなくとも大丈夫です。では、パンジャンドラ―――』
「失敗兵器の名前を付けるな! 却下だそんなの」
思わずツッコミを入れてしまった。
無表情でそう名乗る元S031Dの姿は間違いなくシュールに違いない。異世界なのに英国面に染まった名前の人なんぞ見たくない。
『ジョークです。振られてはやるべきかと思いまして』
振ってない。
『気を取り直して―――では、《デイビット》はどうでしょう?』
びっくりするぐらいまともだった。無難ともいうか―――。
「木星まで行く気か」
昔見た、とある映画の主人公と同じ名前だ。そして、その主人公が乗る船のAIはHAL。ある意味、ベストなペアだろう。いいコンビになるかもしれない。
『行ってみたいですね。この世界にあるかはわかりませんが。―――元ネタはそこからです』
そう言ってHALは水色の髪を持つ少年にカメラを向ける。
『デイビットでいいでしょうか?』
『了承―――今後、俺の名前は《デイビット》と認識する』
ちょっとは何かを言ってほしいと思ったけど。
『S031D改め、デイビット。よろしく頼む』
流れるように決まってしまった。いいのかこれ。
というより、僕は来なくてよかった。
「いい名前じゃないか。―――これで書類が書き終えれる!」
それじゃあと言ってベルナデットさんは部屋を出ていった。
その姿に、僕はそう言うことかと大雑把な経緯を想像した。書類の名前を書く欄に『S031D』なんて書いて提出したら、兵器か何かかと言われたのだろう。上に。
「なあ、HAL」
『なんでしょう、チハヤユウキ』
「僕が来た意味、ないよね」
『―――ないですね』
ただの無関係者状態だった。
今度から、団長の呼び出しは内容を聞いてからにしよう。
僕はそう心に決めた。
そして。
問題とは、厄介事とは、立て続けに起きるものらしい。
医療棟、ロビー。
さて、訓練にでも戻るかねと身体を伸ばしてロビーを通り過ぎようとしていた時だった。
正面、出入口からまたセントリーロボット―――ローラー付きの六本脚にカメラが中央におる球体状のユニットを載せているロボットが入ってきた。当然のようにHALが所有するセントリーロボットだ。
僕の目の前で急停止し、
『チハヤユウキ。問題が発生しました。私では対処困難な事案です』
聞き慣れた無機質な声がそう告げた。そこまで言うということはHALも困っているらしい。
どうしたのか、と聞こうとしたらHAL自ら教えてくれた。
『デリア氏が、イオン・リヴィングストンとフィオナ・クレイヴン・ファーゲルホルムに元の世界に戻る術がない事を告げました。二人は大層なショックを受けたようで……』
とうとうその日が来たか。




