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並行異世界ストレイド  作者: 機刈二暮
[第五章]来訪者たち
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スクランブル



 午後二時。


 あと三十分ぐらいで、通常業務たる《コーアズィ》対応の為のシフトに入るので、先に待機室へ向かっている所だった。


「アルペジオ。早いね」


 通路でアルペジオとばったりと会った。既にパイロットスーツへと着替えていて、今すぐにでも出撃出来そうだ。

 そういう僕もパイロットスーツに着替えているのだけれど。


「チハヤこそ。暇だったの?」


 意外そうに言われた。


「たまには早く出ようかなってだけ。遅いと文句言う人いるし」


「誰かしら? その人は」


「遅れた罰にコーヒー淹れろという王女様」


 つまりアルペジオ。紅茶派からコーヒー党になったようです。お陰様で僕がメイドさん達にコーヒーの淹れ方を師事したりする羽目になっていたりする。教えて減るものでもないし、誰でも美味しく淹れれるならそれに越したことはない。


「私じゃない。―――それ、嬉々としてコーヒー淹れてる人の台詞かしら?」


「うん。それに、メイドさん達から仕事取るなと怒られるので」


「お茶汲み以外にもあるでしょうに。仕事が減るから楽になると思うのだけれど」


「彼女達も腕を振るいたいんだよ」


 そう言い合いながらも待機室へ向かう。


「どう? イオンと……耳長のお姉さんとの同室は」


 からかうような素振りで訊いてくるアルペジオ。僕がイオンさんやフィオナさんの面倒を見ているのは騎士団の誰もが知っている事だ。


「フィオナさん、ね。―――男一人で肩身が狭い」


 そう言ったら、アルペジオがかなり怪訝そうな表情を浮かべた。そして、何か納得したかのように頷く。


「そう言えばチハヤは男の子だったわ。―――言う単語間違えたかと」


 失礼な。アルペジオも僕の性別を認識しなくなってきたかー。


「僕の性別、忘れてない?」


「さっきの一時だけ忘れてたわ。悪戯心で」


「……もう二度とコーヒー入れてあげないし、プリンを食べさせてあげない」


 憮然と言い放つ。これらは意外と彼女が好きなものだ。特にプリンは材料をちょろまかして作ってるので僕以外に作る人はいない。。その提供を止めてやると僕が断言すると、アルペジオは。


「ごめんなさいごめんなさい! それだけは止めて!」


 王族としてのプライドはどこへやら。すぐさま謝りに来た。この必死さが見てて面白い。


「それだけは勘弁してよ……! 私の楽しみ……」


 半泣きになりつつの嘆願。充分楽しめたので、僕は笑顔を向けて言う。


「わかりました。でも、次はありませんよ?」


「わ、わかってるわよ」


 安心したのか、胸を撫で下ろすアルペジオ。

 まあ、実際はそんな事する気などないのだけれど。


「それで、何の話だったか……。ああ、女の子二人との同室についてか――――。イオンさんもフィオナさんも遠慮なく僕の目の前で服を脱ぐから困る」


 話を戻す。


「チハヤの性別が認識されなくなったんじゃないの?」


 鏡を見て言ってほしい。


 魂も抜けよ、と思わんばかりにため息を吐く。

 どっちも僕が見てる目の前で裸になるのだから恐い。イオンさんは無自覚で、フィオナさんはわざと。二人とも逆にセクハラしていくスタイルである。

 フィオナさんは見ての通り、良い意味で色々凄い体型だが、イオンさんもなかなかのスタイルだったりする。


「何度も言ってるんだけどなぁ……」


 だからと言って見たい訳でもないのだが。もう少し周りを見て欲しい。


「チハヤが偉丈夫ならまだ良かったんじゃない? 女の子みたいな容姿に華奢に加えて声だって女の子っぽいし、性別気にしない方が混乱しなくていいわ」


「普段の声のトーンでもダメか」


 地声も女の子と大差ないので、それなりに低くしてるのだけれど。


「無理ね」


 速答だった。無慈悲にも聞こえる。


 そう話している内に、格納庫内の待機室に着いた。


「早めに来たわ」


「同じく」


 アルペジオがドアを開けながら言った。


 中には、副団長マリオンさんを初めとするジェネット分隊の方々がトランプで遊んでいたり、読書をしていたりとのんびりとしていた。

 待つのも仕事ではあるのだが、各々が自由過ぎる光景のようにも思える。


「10……と。早いじゃない。まだ三十分ぐらい前よ?」


 マリオンさんが左腕、しかも親指のみで腕立て伏せをしながら軽々と言った。

 その質問にアルペジオが答える。


「早めに来たって言ったじゃない。マリオンさん、今筋トレ始めた所?」


「いいえ。今、左腕だけで200回目って所かしら? 他にも右腕だけとか腹筋とか、いろいろしていたわ」


 涼しい顔で言うマリオンさん。……その割には汗が少ないような気がする。


「チハヤちゃん、絶対嘘だって顔ね……」


「信じたくない数字と光景なので」


 正直に答える。まあ、マリオンさんが嘘を言う人ではないのは間違いないので信じれるのだが。


 待機室に入ってすぐにキッチンの前に立つ。僕がこの基地に来てから、それも《プライング》専属のリンクスパイロットに任命されてから施設課に頼んで増設したらしい、こぢんまりしたキッチンだ。


「……何か飲み物でも淹れるけど、リクエストある?」


 とりあえず訊ねる。自分だけでもいいのだけれど、ついでに、というやつだ。

 ちなみに、この部屋で働くメイドさん達からはほとんどの場合白眼視されます。仕事取ってるのだから仕方ないね。


「コーヒーお願い」


「紅茶を」


「コーヒーでー」


「……今日は紅茶かな」


「紅茶を頂けて?」


 そう、次から次へと飲みたい物が提示された。全体でコーヒー対紅茶を比率にすれば、4対6ぐらいか。


 人数分のコーヒー豆と茶葉を用意して、お湯を沸かして、各必要な器具を用意してと手際よく進めていく。メイドさんの手も少々お借りして、瞬く間に部屋にいる人達の分のコーヒーと紅茶が入った。


「はい、コーヒーの人ー?」


 そう、宣言した時だった。



 天井のスピーカーから、コーアズィではない、別のサイレンが鳴り響いた。


 襲撃とは違うサイレンでもあり、出撃を要する案件であるのは確かだ。



「だぁぁぁあ! せっかくのお茶が!」


「こんな時に何よ!」


「空気の読めない最低な奴らだ!」


「もぅ!」


 各々が恨み文句の一つを吐き捨てて、待機室へから駆け足で出ていく。


 僕も出なければいけない訳で。メイドさん達に向けて一言。


「………休憩がてら、これら飲んで下さい」


 そう言ってはい、と近くにいたメイドさんにコーヒーを渡す。


「私たちがこれを飲んでしまったら―――」


「僕が飲んでいいと言った、と言って下さい。それで皆納得しますよ。―――それに、時間が経って冷えきったコーヒーや紅茶ほど不味いものはありません。なら、熱い内に飲まないと勿体ないでしょう?」


 職務中で飲めないと言い張るメイドさん達に納得出来る理由を押し付ける。彼女らが怒られたら僕が割って入ればいいのである。


「チハヤ! 早くしなさい!」


 そんな事してたらアルペジオに怒られた。


「わかってる!」


 そう言って僕も後に続いた。








 《プライング》のコクピットに滑り落ちるように入り、レーシングバイクのような座席に跨がる。《links》接続用のカチューシャ状の端末を頭に付けて正面のコンソールに触れる。


『おはようございます。メインシステム、戦闘モード起動。《links》システム接続開始』


 事務的で淡々とした女性の声がコクピットに響く。

 統合型汎用OS《那由多》が起動して、簡易《links》適性検査が実施される。


 軽い頭痛が僕を襲う。それと同時に全天周モニターに光が走り、外の景色―――つまりは格納庫内の様子を映し出した。


『《links》システム接続完了。メインシステム、オールグリーン』


 搭載された《ヒビキ》が機体の状態をチェックし終えたことを告げた。


「―――おはようございます。《ヒビキ》」


  私 はそう言って、《プライング》を操作してハンガーから離れる。

 少し歩かせて、一時停止。するとホイストやらアームやらが伸びてきて、《プライング》に乗り込む前にゴーティエに伝えた装備が装着されていく。


 右腕はいつもの85ミリのライフル。

 左腕のはこの前来た曲銃床のライフルの下部に箱を付けたようなブレード付きアサルトライフル、《BR‐X02》を装備する。

 左背のサブアームには折り畳み式の220ミリ滑空砲。

 右背にはこれまた試作品の八発装填のミサイルランチャー。


 いくらOSの《那由多》により実質的にプログラムのインストール抜きで運用出来るとはいえ、真っ先に試作品を使わせないでほしいと私は思います。

 実は最近の訓練で、ある試作装備を使おうとして、マシントラブルでその装備が動作しなかったことがあったのです。お陰で撃墜判定を喰らった訳で。


 あの時の、《ヒビキ》の無情な声は忘れられない。


『右背部武装、動作エラー発生。機械的異常(マシントラブル)です。使用不可』


「―――え」


 以来、出撃の際はちゃんと動く物を付けて出撃しますとも。


 ―――ええ、もう二度と使いません。あのポンコツ装備。


 今回も正式採用ではない試作品を装備しているが、何度もテストして動作するものを選んでいます。


 視界の片隅に、各装備の残弾数と両手のマガジン内の弾数を表示する。

 操作スティックとフットペダルを踏んで、感度を確める。これはいつも通り。


「ラファール00、レディ」


 通信回線を開いて、準備が出来た事を告げる。


 他のハンガーでは、いくつか《マーチャーE2改》が起動していた。エリザさんを初めとするラファール小隊の面々も来たようだ。


『兎に角、外に出てくれ! 状況は追って説明する!』


 ベルナデットさんからの指示が返ってきた。その声にはどこか、困惑の色があるように思える。


 急いで格納庫から出る。

 外はいつも通り、北西の空に黒い球体―――《ノーシアフォール》が浮かぶ空が見えた。

 ただ、それだけ。スクランブルなのでてっきり帝国軍が嫌がらせに来たのかと思ったが、そうではないらしい。


『異様に静かね』


 《プライング》の隣に、赤い優美な装甲を持ったリンクスが立った。

 《XOML‐10》、《フランベルジュ》だ。大型の多機能ウェポンベイとしても使える専用シールドと、長方形の箱のような新型ライフル。鞘に収まっているが反りのある片刃の、これまた新型の実体ブレード(見た目は日本刀のよう)を左の腰に装備しているから、アルペジオ機。

 新型機なだけに、新機軸な装備。しかもちゃんと動く。試作品ばかり提供される私とは待遇が違う。羨ましい。


「そうなんですよね……。てっきり帝国軍が来たのかと思いました」


『《コーアズィ》とか、そうじゃないスクランブルって不気味ね……。―――やっぱりチハヤって、リンクスに乗るとその口調に変わるわよね』


「昔はこの口調(こっち)がメインでしたから。やはり、《links》の負荷でこうなるのかもしれませんね」


『日頃からそうなら困惑はしないのだけれどね』


『いえ、余計に困惑しますわ。―――ラファール02、スタンバイ』


 そう話している内に、エリザさんも来たようで。


 こちらの《フランベルジュ》は、エリザさんらしい装備です。右手に箱型マガジン式の散弾砲。銃身先端には銃剣が装着している。左腕には《フランベルジュ》専用のアーム・オン・アーム方式の60ミリ機関砲。腰には正式採用の実体ブレード。つま先には剥き身のナイフを装着していて、脚撃も想定している様子だ。


『おお、《フランベルジュ》と《プライング》が揃ったか! 3時方向、先に行け! 事態は急を要する!』


 団長からまた通信だ。


『マスタングリーダー。ラファール小隊は揃ってないんだけど……』


『早く行け! 今は速度が必要だ!』


 アルペジオの意見は聞き耳持たずだった。それだけ切迫した状況が起きているのでしょうか?


『わかりました。ラファール02、ラファール00。行くわよ』


『……了解』


「了解しました」


 そう言って、北へ機体を飛ばせる。


 《プライング》を前頭に、後ろを《フランベルジュ》二機が続く。最高速度はほぼ同じなのだけれど、単純な推力―――加速力で言えば《プライング》の方が優れているので、どうしても先に出てしまうのである。


『ホークアイ33に通信を繋げ! 状況は彼女達が見てる!』


 団長の指示。作戦コード、《ホークアイ》は《マーチャーC3型》。早期警戒飛行型の電子戦リンクスのコードだ。パイロットと観測手、二人乗りだ。何を見たのだろう?


『了解。――――ホークアイ33? こちらラファールリーダー』


『こちらホークアイ33。状況を説明……する』


 ホークアイ33から通信がコクピットを流れる。何か困惑しているような口ぶりです。


『帝国側から、戦闘停止線を越えて来るリンクスが11機。逃げるリンクスが一機と、それを撃墜(・・)しようとするリンクスが、捉えれる限りでは十機いる。脱走機を捕まえるつもりがないのか、苛烈な戦闘を繰り広げている』


『―――はい?』


 通信に、アルペジオが首でも傾げていそうな声をあげた。

 逃げる帝国軍のリンクスと、それを追撃する帝国軍のリンクス?

 脱走兵? 追撃するにしても捕らえる、ではなく撃墜前提? かつて、同じ釜の飯を食べた仲間では無いのでしょうか?


『逃走するリンクスは、オープンチャンネルで救難信号を発している。恐らく、亡命ではないか、と思うのだが……。助けてやりたいが、あの様子では……。この機体では無理だ。ラファール小隊、なんとか出来ないか?』


『―――と、とにかく。亡命者を保護すればいいのね? やってみるわ』


『頼む。こちらは上空で観測する』


『データリンクもお願い。敵機の情報も欲しいわ』


『了解した』


 そう話して、データリンクが始まる。


 まずは敵機の情報が入ってくる。どんな機体が逃亡中で、追撃する機体は何かを教える為だ。


 ただ、そのリンクス達は私達には見覚えがあった。


『この機体……この前の……《バッドボーン》?』


 アルペジオが呟く通り、それは以前交戦した柄の悪い口調の男性が操っていた、針金人形みたいに細い機体と酷似していた。

 違うのは機体色がグレーを基調にした都市迷彩柄と、背中と腰に付けられていた安定翼付きのブースターが背中のみになっていること。後は頭部のアンテナが一つに、短くなっていることぐらいか。


「そのようだけれど、所々違うし数は多いし……。こっちは量産機なのでしょうか?」


『そうかもしれませんわね。―――現状、《バッドボーン》自体は居ないようですし』


『ま、油断は禁物よ。急ぎましょうか』


 通信が切れた時だった。


『救難信号を受信しました。発信源は零時方向です』


 《ヒビキ》の言う通り、救難信号を捉えた。それに続くようにエリザさんが言う。


『救難信号を受信。機体は帝国のコードですわ』


『間違って撃たないようにね、二人とも』


「わかってます。《ヒビキ》、救難信号を出してる機体にロックオンしないように」


 アルペジオの指示をすぐさま反映させる。《ヒビキ》は短く了解とだけ答えた。


 廃墟の街の上を高速で飛んでいく。建物の輪郭などわからないぐらいの速度でだ。


『しかし、亡命者、か……』


『亡命者、ってアレですわよね?』


 アルペジオの呟きがコクピットを流れ、エリザさんが反応した。何か、変な会話が始まろうとしていた。


「どうしましたか? 二人とも。亡命とは『迫害などの理由により第三国へ逃げる』ことですよ?」


『それぐらい知ってるわ。昔、オルレアン連合(こちら)側から向こうへ亡命した人達が結構いるから』


「どんな人が向こうへ亡命を?」


『知らないわよ、そんなの。オルレアン連合、第一位国の《クナモアリル》から、としか。あの国の発表はあれど、詳細は言わないから』


「……そうですか」


 連合側から、帝国側へ。しかも当事国は亡命した人の詳細を言わない。


 ―――情報統制、でしょうか? まるでどこかの独裁国家のよう。


『逆は少ないですわ。こっちへ来るなんて稀、と表現させて頂きましょう』


『とにかく、向こうと交流なんてほとんど無いから、帝国側の最新の情報得る機会の一つね。―――まあ、一兵士が知っていることなんて、たかが知れてるかもしれないけど』


 確実に保護しないと、とアルペジオが言った時だ。


『敵機視認』


 《ヒビキ》の声と、蹴り飛ばされた針金人形のような、灰色の都市迷彩が施されたリンクスを捉えたのは。




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