射撃練習
ズドン、と大砲のような音が鳴り響いた。
一つ聞いただけで鼓膜が破れそうだけれど、ヘッドホンで耳を保護しているのでそうはならない。
放たれた20ミリの砲弾は、一キロ先の的の中心よりやや上に当たった。
「命中ー。やっぱりチハヤは射撃の才があるねー」
双眼鏡を覗きながら、後ろに座るフォントノア騎士団一のスナイパー、メイさんにそう誉められた。
「ありがとうございます」
僕の身長よりちょっと短い、対物ライフルのスコープを覗いたままそう礼を言った。このライフルはセミオートなので、ボルト操作しなくてすむ。
「ま、わたしの足元に届くかどうか、だけどさー」
「……そう言うのはどうかと」
上げて落とすような言動に呆れながらも、引き金を絞った。
今日の午前中は、野外射撃場で射撃訓練。大抵の人はアサルトライフルだが、一部の人は狙撃銃―――正確には対物ライフルでの射撃練習だった。
今日、僕がいるのは建物で言えば五階相当の高さから、南へ500メートル先から1200メートル程度の範囲の中にある円状の的を撃つ狙撃練習場だ。
ここで狙撃練習しているのは、僕とメイさんを含め6人ほどだった。
夏の日差しがじりじりと僕を照らす。頬を伝う汗は気持ち悪いし、帽子を被っているからか、蒸れて頭が逆上せそうだ。
皆が陣取った場所の悉くが日影で、僕だけ太陽が当たる位置になっていた。気を付けないと熱射病になりそうだ。日焼けも怖い。念のために日焼け止めは塗りたくってきたけど。
「命中ー。うんうん、うまいうまい。チハヤがわたし達と同性でリンクスのパイロットなら小隊の中で狙撃担当出来るよー」
「それはどうも」
そう答えて、ゆっくりと狙いを修整する。風は左から。落差と惑星の自転―――つまりはコリオリの力とか、複数の要素を考慮して―――。
ズドン、とまた大砲のような音がした。
放たれた砲弾は1200メートル以上の距離を一秒足らずで飛翔し、的の中心よりやや下に当たった。
「命中ー。チハヤって銃の所持が出来ない国の出身だったっけ?」
メイさんからそう訊ねられた。
「そうですよ。法律で厳しく規制されてて、許可なく持つと『警察だ!』なんて言われて取り押さえられます」
幾分かユーモアが混ざっているが、だいたいあってる事実を答える。
「じゃあ、銃を撃った事もなかった訳か」
「……そうですね」
肯定したけど、ある意味では嘘です。
《ノーシアフォール》出現前、高校在学中に訳あって人を脅すのに、たまたま来日してたシスターの友人でイタリアのマフィアの姐御から六連発のリボルバー拳銃借りました。
補足で説明すると、六発撃って本物と教え込んだ後、実弾に見せ掛けたフェイクを一発入れて、ロシアンルーレットしただけです。射撃練習ですらない。
「狩猟とかじゃ持てない?」
「免許があれば、届け出すれば持てますよ。その前に精神鑑定があったかな? まあ、銃とかは警察とか、専用のロッカーに仕舞わないといけないらしいです」
そんな過去を思い出しながらも、メイさんの質問に答える。
「うへぇ、厳しい」
「あくまで、僕が暮らしていた国は、ですけれど」
「他の国は?」
「国と地域によるけど許可なく持てる所とかある」
例えばアメリカとか。国民皆兵なスイスとか。
「まあ、たまーにとんでもない銃が使われた事件とか起きて、なんだかんだ規制どうのこうのと叫ばれる訳だけど。―――そういえば、銃を世界から無くそう、なんて言ってる人達もいたかな」
「なにそれ奇抜な。銃を世界から無くすー、なんて出来る訳ないじゃーん。争うのに、戦争で戦うのにこれより楽に人を殺せる武器があるなら別だけどさー。まあ、銃が無ければ起きない事件とかもあるけどさ。それを防ぐ為に銃が必要とか意見が出ると、結局は本末転倒なんだよね」
メイさんはケラケラと嗤う。実に銃に慣れた現代の兵士の発言だった。
「違いないね」
ズドン。
「命中ー。チハヤは銃はお好きかな?」
「少なくとも、マニアではないですね」
「あー。稀によくいるタイプだ。銃と程遠い生活していたけれど、銃の才能を持ってるっていう」
「必要ないのにね」
正確には、必要なかった、か。
「わたしの見立てだけどー。チハヤはあらゆる技能に関して器用なんじゃないかな。すぐにコツを掴めるタイプってやつかな?」
「……それはそうですね」
いろいろ特技あるし。
「その割りには剣技はダメダメだけど。徒手空拳の近接格闘はなかなかなのに」
メイさんの言う通りで、僕は剣技では大体負けてる。
「まあ基準的には、騎士団の入団試験はパス出来るかなー」
「騎士団の入団基準ってどれぐらいの成績が必要なんです?」
以前から疑問に思っていた所を訊ねる。
「んー……。リンクスパイロットなら、各訓練所で成績上位10人以内がボーダーラインかな? でも、ボーダーラインにに入ってなくても技能面で騎士団入りする人はよくいるし。格闘はからしきだけど狙撃でわたしとか。一番変わってるのは、異世界人相手にフロムクェル語学習担当のデリアさんかなー?」
その騎士団が欲しい人材が選ばれることもある、とメイさんは説明してくれた。
へぇ、と相槌を打ちながら引き金を絞る。
「命中ー。文句無しの精度だねー。あーだこーだ話してるけど、あまりブレないね。気分を落ち着かせる、というのも上手かな。狙撃ならアルちゃんより成績いいかも。あの子ならもう少しバラけるから」
「アルちゃん?」
「アルペジオの事ー」
アルペジオが聞いたら呼ぶなとでも言われそうだなぁ、と思う。
「ちなみに、エリザちゃんは壊滅的に下手くそ。何をしたら600メートル先の的に、1マガジン撃って二発しか当たらないんだろ?」
「1マガジン何発入りで?」
「10発」
それは酷い。
「まあその分、近接戦闘の成績はアルちゃんより上ねー。特にクイックショットが上手い」
「確かに……」
室内のペイント弾での模擬戦で、『敵とばったり遭遇した』ケースの状況の時、エリザさんの勝率が高い事を思い出した。
僕も何度かそんな状況に遭ったりしているのだけれど、早撃ちで彼女によく負けている。
「じゃあ、アルペジオは何が得意で?」
ズドン。
「命中ー。んー、あの子は……万能家、かな。これ、といった苦手とする物がない。どんなものでも高い水準の成績をバンバン出す、ある種の天才って奴かなー? その事に鼻をかけないで精進してるからか、メンタルも強い。まあ、私のような天賦の才持ちとか専門家には劣るけどねー」
「リンクスの装備とか、かなりオーソドックスですからね」
「そうそう。最近は《フランベルジュ》にも慣れたのか、高速戦闘とか訳わからない能力も上達してきたし」
一昨日の訓練を思い出したようだった。
新型リンクス 《フランベルジュ》一機対《マーチャーE2型》三機の模擬戦で、アルペジオとエリザさんはその高機動性を活かした高速機動を披露して、瞬く間に三機を撃墜判定を下しまくっていた。
《プライング》相手に戦って慣れている人達とはいえ、こうまでボロボロにされるなんて、とは団長談。
《マーチャーE2改》は善戦、と言ったところ。ある程度速度が遅いとはいえ、それでも全方向へブースターが向けられて機動力のある機体である。それに加え、パトリシアさんとかカルメさんを初めとするラファール小隊の面々も、《プライング》と機体特性に感化されて高速戦が得意になっているのもあって、一筋縄ではやられなかった。
「まあ、《銀狼》相手にしないといけないし、あれぐらい出来ないとこっちが困るし」
うんうん、と頷くメイさん。
「アルペジオも、そういう才能があったということね」
ズドン。
「命中ー。そっ。騎士団ってのは天賦の才持ちがよく集まる所だよ。その中でもアルちゃんとエリザちゃんは別格だね。経験積めばもっと強くなるかも」
「……でしょうね」
ズドン。
マガジン内は後二発。
「おお、ど真ん中。―――才能持ち確定ー」
「そうでも無いですよ。……もっと凄い人を、僕は知っているから」
「ほう、どなたかな?」
ズドン。
「元居た世界で、僕と同じ事を習って、僕より短期間で上達した子が一人。―――勉強なんかほとんど満点。計算とか、ほとんど暗算。運動神経もよくて、神父から習った護身術でも暫くしたら僕は手も足も出なくなった。もしかしたら、どんなスポーツでも、武術でも習っていたら、全国大会で一番を取っていただろうね。世界一だって狙えたかも。―――ギターとピアノはおろか、バイオリン、フルート、トランペットもプロ顔負けなほどに上手に弾ける。絵だって上手い。どんなゲームだって、僕が勝った試しがない。容姿だって端整で、成長すれば僕が負けるだろう美少女になるだろうさ」
「なにその文武両道、才色兼備な完璧超人。欠点無さそう」
「唯一の欠点は料理が壊滅的で殺人的に下手くそなのと、『男なんて滅びるべき』なんて公言するだろう、男性恐怖症と男性不信。びっくりするぐらい極端な女尊男卑の権化。情けも容赦も妥協も手加減もしない徹底主義。セメントで固めたように無愛想。ほとんどの人がコミュニケーション不可能と言いきる程に一切合切口を利かないほどの無口。最後に彼女の声を聞いたのは何時だったか」
こういうのは次々に口に出る。あいつとは11年の付き合いなのだから当然か。
「うわっ、おっかない人だ」
「ええ、とても」
そう答えて、引き金を絞った。
砲弾は的の中央、やや右上に当たった。
対物ライフルはボルトが下がりきった状態で停止した。
「そこを除けば、本当の意味で万能の天才って子。きっと、こんな事も全弾、的のど真ん中なんてやってのけるでしょう」
「命中ー。その子は、どんな子? チハヤにとって、どんな存在かなー?」
おどけるように聞いてくるメイさん。
ライフルからマガジンを外し、安全装置をかけてゆっくりと体を起こしながら答える。
「―――唯一の肉親。血の繋がった妹ですよ。彼女にとって、僕がどんな存在だったなんてわからないけど、さ」




