電話、お迎え、話
「―――と、言うわけで今日は実質非番になった訳ですよ」
『―――まあ、偶然お話し出来てよかったわ」
翌日の昼下がり。
僕は乗機たる《プライング》の修理が終わらないため、調理場で食事の準備などをして過ごしていた。
昼食が過ぎて、食器洗いも終わればしばらく暇になるわけで。
司令部の屋上でギター片手に暇を潰していたら、珍しい人から電話が来たのであった。
『それで、チハヤさん。最近はどうですか?』
「どう、ですか。……まあ、そう変わりませんよ。《コーアズィ》の対応の毎日です。さっきもアルペジオ達が出撃していきましたよ。あとは……髪が伸びて髪止めの類いが欲しいと思ってるこの頃です。そちらはどうですか? アリア殿下」
僕はそう携帯端末―――電話の相手に話しかける。
アリア・シェーンフィルダー。オルレアン連合第三位国、ストラスール国の王女の一人。アルペジオの腹違いの姉。
以前、ストラスールの首都『マニルカ』を訪問した時に会った、僕がいた世界とは違う並行世界のシスターの教え子。
そんな縁もあってこうして、たまに話す程度に交流する仲だ。
『なにも変わらないわ。政府の要人と会ったり、他国の王族と会ったりするだけ。アルフィーネもそんな生活になり始めてますね』
「そっちはそっちで大変そうだ」
『あなたも大変な目にあったでしょう? メニヘテルの救世主さん?』
その事件は、オルレアン連合内ではトップニュースになったからなぁ、と思いながらも口を開く。
よくよく考えれば、彼女の元にそういった情報が流れてもおかしくないのだが。
「救世主とか英雄とかになった覚えはないけどね……。そっちでもトップニュースになったのか」
『なりましたとも。私の可愛い妹様が率いた部隊が先陣切って暴走機を撃破したのだから、報道して当然です』
どこか嬉しそうに言うアリア殿下。
『裏話では、協力して戴けた宙に浮かぶ戦艦があなたの元に来たとか』
「うん。以前に居た並行世界で、どうも並行世界上の同一存在の僕と行動を共にしていたらしい。僕は知らないけど、本人は知っている人と行動するのが心の健康にいいってさ。あと、彼はこの世界より進んだ科学技術のある世界からのようです。リンクスと同様の兵器の存在もあったとか」
『なるほど……。つい最近では女の子一人保護したと聞いてますよ』
ホント、あれこれ情報が届いてるなぁ、と思いながらも答える。
「うん、保護した。イオンっていう女の子。聞くに文明レベルの低い世界からの住民」
『文明レベルの低い?』
「そう。電気のない、夜の灯りは蝋燭が主流という時代の人。火薬も知らないようだった」
『《ノーシアフォール》出現より前の技術レベルの世界から、ということですね。本当、いろいろな世界から人が来るのね』
《ノーシアフォール》はあらゆる世界へと繋がってしまっている。
そして。
『それで……。フォントノア騎士団から出た情報なのですが……。確認しても?』
「機密ものもあるので、答えれるかはわかりませんよ?」
『構いません。―――その少女が、《ノーシアフォール》の中で『ナウエ・マフヨ』と名乗る少年に会った。あちらこちらへ世界を渡っているような言動をした、という話を聞いたのです』
「……ほう」
イオンさんが言っていた、各世界に開いた《ノーシアフォール》内で活動する少年がいる、何かをしているという話が既にストラスールの王族まで耳にしているとは。
HALとイオンさんとは、彼は《ノーシアフォール》発生の何かを知っていて、各世界に開いたそれを閉じているのではないか? という推測を立てている。これが正しいのかどうかは僕らにはわからない。
「イオンが人相書きで訊いてましたね。―――それが?」
この世界に来る前に会った、という話はしなかった。
『その人―――『ナウエ・マフヨ』と名乗る少年は何者か、その人の言動から《ノーシアフォール》がこれから先どうなるのかとつい先日、オルレアン連合軍上層部が極秘で会議しました』
「……極秘、ですか。何故そこまでの情報を……?」
『個人的なルートから得ました。内緒ですよ?』
「……はぁ……」
適当に相槌を打って、話の先を促す。訊かない方がいい類いのものであるのは想像に難くない。
『もし、という前提ではありますが……。彼は各世界に繋がった《ノーシアフォール》を閉じているのではないか? それはつまり、いずれ《ノーシアフォール》が消えてしまうのではないか? という結論を出しました』
HALが予測した事が、起こっていた。
『それで、私が個人的に確認したい事は、イオン・リヴィングストンという異世界人が本当にその『ナウエ・マフヨ』と名乗った人物と会ったのか。彼の言動は、間違いなくそう言ったのかが気になるのです』
情報の裏を取りたいようだった。
「―――彼女が『ナウエ・マフヨ』という少年に会ったのは事実だと思います。あと、彼女は記憶力には自信があるようで……。聞いた事は間違えないかと」
僕が聞いて、思った事を答えた。HALと、|これから起きる《ノーシアフォールが消える》事については言わなかった。
『そう……。ありがとう。参考になったわ』
そのアリア殿下の言葉を聞いた時だった。
《ノーシアフォール》の方向、つまりは西から光が見えた。
次第に大きくなってきて、輪郭がくっきりと見えるようになってくる。
しばらくして、それが《マーチャーE2改》だという事に気づいた。
帰ってきたということは、《コーアズィ》落下地点は帝国にとられたということだろう。楽しいお話はこれで終いということか。
「アリア殿下。アルペジオ達が帰ってきたので切ります」
こればかりは包み隠さずに言う。またデブリーフィングに参加しないといけない。
『そうですか……。わかりました。また暇になったらお電話させていただきますね?』
「ええ、もちろん。それでは」
そう言って通話を切り、お迎えすべく格納庫へ向かった。
帰ってきたアルペジオ達、ラファール小隊はボロボロだった。
本人達はたいした怪我もなく無傷も同然だったが、リンクスがボロボロだった。
武装は大半が破壊され、6機中3機が複数ヶ所の被弾。弾痕や切りつけられた隙間から内部フレームが覗いている箇所もある。内1機は左肩から先がだらりとぶら下がっていた。
残り2機は、右腕が斬られてなくなっていた。装甲も被弾が多く、所々剥がされ内部のフレームが露出していたりする。
最後の1機は、それらに加えて頭部が右側面から半壊。左肩にこちらの標準装備のブレードが突き立てられている。
それなりにユニット化しているとはいえ、数日で復帰出来るような損傷ではないのは確かだ。
もっとも、パーツ単位でユニット化が進んでいる《プライング》と比べてはいけないが。
「なんっ……なの! あのリンクス! 性能差も、実力差もありすぎる!」
パトリシアさんが頭をガリガリと掻きながら思いの丈を吐き出した。
聞くに、《銀狼》に良い様に弄ばれたらしい。
「チハヤちゃん相手に模擬戦してなかったら五回は死んでるわ!」
近くにあったくず箱が蹴られ、結構な量の中身が撒き散らされる。掃除はすぐに出来そうだけど。
「……パトリシアさんがご乱心なんだけど」
何とかしてよと言わんばかりにアルペジオに話を振る。
「あの人が喚いてるおかげでこちらは冷静にいられるわ……」
そう言うアルペジオも何か、悔しそうだった。
ブリーフィングルーム。
どうにも、《銀狼》単機のみで《マーチャーE2改》が押さえられたらしい。
編隊に飛び込まれて、射撃を封じられた近接戦闘に持ち込まれたようだった。
モニターに映されたそれは、はっきり言って次元の違う戦闘だ。
《銀狼》は目と鼻の先とも言える距離を、姿を消すような推力と機動力で動き回り、アルペジオを初めとするラファール小隊を無力化していった。
先日の映像解析の一次報告も併せると、最高速度と小回りの良さは《プライング》を上回る事がこれで証明された。
「なんというか、やっぱり、戦い方……というか動きがチハヤと似てるよな」
映像を見ながら、団長がそう口を開いた。
「移動のほとんどがブースト機動で、手足なんか姿勢制御程度にしか動かしてない。―――特にここ。右へブースターを噴かして、すぐに逆に噴かして急制動。そこからの急接近して、回り込み後ろからの刺突。左か右かの違いだけど、よく似てる」
そう解説した通り、《銀狼》は上下左右前後への移動のほとんどを全てブースターで済ましている。手足はあまり動いていない。武器が常に相手に向いていて、いつでも攻撃出来る状態をキープし続けている。クイックブースト後にまた逆方向へのクイックブーストで制動をかけるという、僕がよくやるトリッキーな動きと似ている。
僕と似ている? いや、似ていて当然かもしれない。もし、そうであれば、の話だが。
そんな僕の思考など知らず、話は進んでいく。
「単純な一撃離脱だけど、最初の接敵で先に誰を狙うかを決めているように見える。ほら、ここ。パトリシアが見事に避けたこの攻撃で、次から執拗に攻撃してる」
映像では、それを証明するかのようにパトリシアさんを執拗に攻撃してる。
傍目には痛め付けて遊んでいるように見えるが。
これはパトリシアさんがご乱心するわけで。
「敢えて武器を壊さず機体にダメージ蓄積させて、最後に武器を奪って完全に各部の機能を停止に追い込んでる。実に嫌らしい戦闘能力の奪い方」
見覚えあるなー、なんて白々しく言う。
「チハヤもそう変わりませんわ」
エリザさんに身も蓋もない事を言われた。
僕も似たような事を模擬戦でやっている事からの発言だ。
「正直に言って、実力も機体の性能も上。どうすればいいのかしら……」
何度になるかわからない呟きを、アルペジオが頭を抱えながら言った。
まるで、葬式のような重々しい空気が流れ出す。
誰か何とかしてよと思うが、良い方向に転がるような手が僕にはない。
その時だった。
「失礼するぞー?」
と、バレットさんがブリーフィングルームに入って来た。
「うおっ、なんだこの重々しい空気は?」
「《銀狼》相手に勝算が無くて詰んでるところです」
空気の悪さに仰け反ったバレットさんに、僕が簡潔に説明する。
「―――まあ、その、仕方ないと思うぞ? それとも災難か?」
「何かいい機体開発してないの!?」
アルペジオがキレた。きっと、そうでなくとも八つ当たりだ。
「あれと同程度の機動力とレスポンスのある機体! 次期主力機計画で、トライアルで出す機体とか開発していないの!?」
「次期主力機計画?」
聞き慣れない言葉を聞いたので、隣にいるエリザさんに訊ねる。
知らないんですの? と言いながらも素直に教えてくれた。
「その言葉の通り、《マーチャーD型》に代わる次期主力機を開発するという計画ですわ。5年ほど前から開発していると聞いてますわね。―――そういえばチハヤは異世界人ですから、知らなくて当然ですか」
辛辣な言葉も添えられたが。
否定出来ないのがちょっと辛い。
《マーチャー》自体は汎用性、拡張性共に高いパフォーマンスを持つだけの、基礎設計が優秀なだけの古い機種だ。
基礎設計が優秀だった故に、後継機の開発が進まないらしい。
「そうそう。《E2改》は開発の遅れを補うのと、それに対する従来機の改良計画の一環でもあるんだが。―――それで《マーチャー》の内骨格フレームの限界が証明された訳だが」
聞こえていたのか、バレットさんがその続きを答える。そして、得意げな顔で言った。
「それでだ。やっとオルレアン連合技術研究所から、トライアルで出す予定の、新型リンクスの試作機が2機だけ組上がった。手続きすればすぐにここに運べる。カタログスペックなら《銀狼》と渡り合えるかもしれない機体だが……。どうする?」
その答えなんぞ、アルペジオを始めとするパイロット達には決まっているようなものだったが。




