銀狼
雨が降る中世的な街並みの廃墟の上を、黒く先鋭的な装甲をもつリンクス―――《プライング》が高速で飛行していく。
時折、X字に並んだ頭部の光学センサに付いた雨水を落とす為にカメラアイ保護シャッターが閉じては開くを繰り返す。
「こちらラファール00。到着まであと180。状況は?」
『やっと来たか?こちらマスタングリーダー! あまり良くない! 銀 狼 のヤツ、新型機を引っ提げて来やがった!』
チハヤが無線に呼び掛け、ベルナデットから大雑把な返事が返ってくる。
その声音から必死でしかない状況がにじみ出ていた。
再びスクランブルのサイレンが鳴ったのはあと少しで格納庫、というところだった。
『ラファール小隊。直ちに出撃を』
―――の一言も添えられて。
運よく戦闘服なのでそのまま格納庫に飛び込んで、自分の機体へと向かう。
「《ヒビキ》っ! 起動コード083実行!」
チハヤが《プライング》の電脳へそう命令を下した。
するとカメラアイが発光し、
『起動コード083了承。メインシステム、スタンバイ』
事務的な女性の声が外部スピーカーを通じて耳に入った。
HALから提供された自律駆動システムを組み込んだため、事前に設定しておけばある程度は《ヒビキ》がやってくれるようになったのである。
今回のは、単にシステムを立ち上がらせるだけである。パイロットが《links》システムに繋がらなければ勝手に動くことはない。
「すげぇ、システム起動しやがった」
《プライング》の傍らには図体のいいつなぎ服を着た男、ゴーティエが驚きながらも離れていく。
「ゴーティエ! いつものライフル二挺と、右のサブアームに《ビーハイヴ》連装ロケット。左には技研から来た《試製近距離戦闘システム》にして!」
「わかった!」
通り過ぎ様に今日の装備を伝えて、一気に階段をかけ上がる。
開いたハッチからコクピットに落ちるように入り、バイク型の座席シートに座る。操縦悍に架かっているカチューシャ状の端末を頭に着け、
「《links》システム接続」
『了解』
短いやり取りの後、チハヤに軽い頭痛が走る。
「―――やはり、これだけは慣れませんね」
チハヤは僕の口調ではなく、 私 の時の穏やかな、淑やかな口調になりつつも機体のチェックを流し読みしていく。
『コクピットハッチ閉鎖。システムオールグリーン』
その《ヒビキ》の言葉と同時にハッチが閉まる。
『エリザちゃんにチハヤちゃん聞こえる?』
マリオン副団長から通信が入った。
「それは止めていただけます? あとコールサインでお願いします」
チハヤちゃんは悪くないけど、とチハヤは思ったが口にはしない。
『まあ、そう言わない。……で、状況を簡潔に説明するから聞きなさい。銀狼が現れたそうよ』
『銀狼……って、あの?』
「銀狼?」
初めて聞く呼名だとチハヤは呟く。エリザは話程度しか聞いた事がないと答えた。
『そう言えばエリザちゃんとチハヤちゃんが来る前の話ね。簡潔に説明するわ―――《銀狼》とは帝国軍のエースパイロットなの。名乗らないからどこの家門の者かはわからない。ただ乗機の左肩に家紋でも国旗でもない、銀の狼のエンブレムを描いている、ぐらいしかわからないわ。この基地に来る前のフォントノア騎士団に単機で一番被害を出したの』
銀の狼のエンブレム、と聞いてチハヤは何か懐かしいような気がした。言葉だけでなら、余計にである。
そんなチハヤの思考など知らずにマリオンは話を進めていく。
なんでも、レドニカに展開する騎士団は数年単位で基地を移動するらしい。
三年前、最西端の基地に展開していた時に現れたという。
そして、一機で当時の団長達を武装の破壊という形で無力化したという。
『当時の乗機、《ヴォルフ》のスペックは《マーチャーE2型》とはそう変わらない。ブースターの増設という簡単な改造だけど、それを差し引いても単純な実力は上、よ』
それがどうやら新型機に乗って来たらしい。
『団長曰く、《プライング》を相手にしてる感じだそうよ。急いでラファール小隊を増援に寄越せなんて言ってるわ』
『十二時方向、敵機確認。該当データ無し。近似の機体データを検索中』
《ヒビキ》がモニターに映った機体の情報を言った。
拡大されたそれは、確かに《ヴォルフ》ではない機体だった。
全体的に灰と白の二色で、角張った装甲を持っているが無骨さを感じさせないスマートでヒロイックなシルエットを持っている。頭部には後ろへ伸びたブレードアンテナ。これでもかというぐらい全身へブースターが付いており、機動力を考えた機体だというのが目にも明らかだ。
装備もそれを生かす為か、かなり軽装である。肩部に武器懸架用のハンガーが設けられ、細長い刀身に対して柄が短すぎるブレードが二本。片手で使うこと前提なのかもしれない。
右腕には一風変わった武装が取り付けられている。銃身が切り詰められたマシンガンに、小型の盾と折り畳んだ大型の両刃の実体剣を組み合わせたような武装である。
左腕には小型のシールドが。少々厳ついが、これも接近戦で使う為にか先端がとても鋭利だ。
それと小さくも大きい特徴として、左肩に銀色の狼の横顔というエンブレムが描かれていた。
その狼は何か咥えているようだったが、拡大する暇はない。
その機体―――通称 《銀狼》は、一気に《マーチャーE2》へと肉薄し、ブレードを展開。横に振り抜き、マシンガンの銃口を塞ぎ展開されたブレードは《マーチャー》のシールドを易々と破壊する。
《マーチャー》は後ろへブーストして距離を離そうとするが、《銀狼》は更に距離を詰める。
左腕のシールドを前に突き出すと同時にブースト。高い推力を上乗せした刺突は《マーチャー》の右肩を根元から断った。
《マーチャー》は右腕を失いながらも下がる。
《銀狼》は追撃しようとして、しかし。
『コイツ!』
ベルナデットの《マーチャーE2型》が横からライフルの掃射する。
放たれた砲弾を回避する為に《銀狼》は後ろへ跳躍。
ベルナデット機に続いてマスタング小隊がライフルで弾幕を張る。
この隙に片腕をもがれた味方機は後退していく。
《銀狼》は標的をベルナデット機へと変えたのか、また一気に距離を詰める。
「ラファール00、撃ちます」
そのタイミングでチハヤは警告を飛ばし、《プライング》の両腕のライフルが火を噴いた。
放たれた砲弾は、当たらなかった。
寸での所で横へブースターを噴かして避けたのだ。
「不意打ち避けます?」
チハヤは驚きながらも攻撃を加えていく。
《銀狼》は《プライング》を見て、左手にブレードを持ち《プライング》へ接近を計る。
一気に拡大する機影を目の当たりにしながらも、チハヤは《プライング》を後退させる。正面に《銀狼》を捉えつつ両手のライフルで牽制。
「引き付けます。この隙にポイント確保を」
『了解。任せた!』
そんなベルナデットからの短い応答を聞いて、チハヤは《プライング》を突撃させる。
一瞬で近付く二機。
《銀狼》は右に持った実体剣を突き出した。
それを《プライング》は左へクイックブーストで回避。
反転しつつ後ろを取って―――
「――――――!」
クイックブーストで急制動。
左のブレードライフルを持ち上げたと同時に《銀狼》は右へと反転。
振り向くと同時に実体剣を横に一閃。それと同時にメキャリというような音がコクピットに鳴り響いた。
『左手、破損。動作停止』
《ヒビキ》の言う通り、ブレードライフルは砕かれ、左手が横から破壊されていた。
ブースターを前にへ向けて、《プライング》は後ろへブースターも併用して跳躍する。
「今の、動けるのですか?」
チハヤはそう驚く。そう動くと予測された?
そんな反応ではない。
明らかに、動きがわかっていたから、この状況で取る手を知っていたから出来た動きだ。
最初の突きがその布石だった。
「《ヒビキ》! ビーハイブ掃射!」
『了解』
《プライング》の右背部サブアームが稼働。
そこに懸架されていた長い六角柱の蓋が開いて、ハニカム状に並べられた7発のロケット弾を《銀狼》へ向けて連続で吐き出す。空になったそれは右へとスライドする形で吐き出され、後ろに繋がっていた弾倉と交換された。
《銀狼》は真上に跳躍してロケット弾を回避。そのまま突貫を仕掛ける。
何度も後ろへ右へ左へとクイックブーストして距離を維持しようとするが、《銀狼》が速い。
何度も瞬く間に接近を許しては、実体剣やシールドを突き立てられかける。
『接近警報』
チハヤが察知するのと《ヒビキ》が警告するのが同時だった。
何度目かになるかわからない接近。
《銀狼》が振るうのは、右の複合兵装の実体剣。
今度は左背部のサブアームに接続された大剣のようなそれを、サブアームごと動かしてその斬撃を受け止めた。
ブースターを噴かしつつ弾き飛ばして、その装備を展開した。
それは三つ又に別れ、展開されたその隙間から85ミリ口径の砲口が二門が覗いていた。
シールドを兼ねた85ミリ連装砲―――試製近距離戦闘システム。
本来は《マーチャー》を始めとしたオルレアン連合の主力リンクスへ装備させる予定の物だったが、テストと称して特別に《プライング》用に改良を施した装備である。
シールドとしての機能。接近戦を見越してエッジ部に刃を入れてシールドアタックにも対応。距離を詰める為の射撃能力を備えた複合装備だ。
例によって例の如くドライバは未完成なので《那由多OS》で補って使用している訳だが。
85ミリの機関砲が火を噴いた。
これも《銀狼》は避けて見せ、右腕の実体剣を折り畳み、マシンガンを撃つ。
《プライング》は右へクイックブーストして、
「―――っ!」
そこへ置くように、《プライング》が自ら刺さりに行くかのように細長いブレードが投擲された。
まるで、動きを知っていたかのような投擲だった。
とっさにクイックブーストで急制動をかけるが―――。
『右腕、被弾。信号途絶。機能停止しました』
当り所が悪かった。右肩へとブレードが突き刺さり、肩から先から動かなくなる。
当然のように、右肩のブースターもだ。
『接近警報』
「……っ!」
左の近接戦闘システムをシールドモードに切り換えて、《銀狼》の斬撃を受け止める。
今度は左手に新しく持ったブレードが、《プライング》を襲う。
チハヤは迷う事なく右背のサブアームのビーハイブをパージ。
クローを展開して、その左腕を掴んで止める。
そこで、どちらも動きを止めた。一種の膠着状態。
そして、チハヤはそれを見た。
《銀狼》の左肩。
そこに描かれた十字架を咥えた銀色の狼のエンブレムを、見た。
「そのエンブレムは―――」
それは―――。
その膠着を破ったのは、どちらでもなかった。
空に、緑の信号弾が三発上がった。
それは、帝国側が《コーアズィ》の落下地点を押さえた事の証明だった。
条約上、どんな戦況だろうが交戦を止め撤退しなければならない。
サブアームを離すと、相手も実体剣を納めた。
相手は決められた条約はちゃんと守る人らしい。
チハヤは思わず、外部スピーカーのスイッチを押して、しかし何も言わなかった。押した指がスイッチから離れて、スピーカーへの接続を切る。
それは、言葉で確かめれる事ではない。
相手はきっと、チハヤが知っているその人であれば絶対に喋らないだろうから。
もし、相手がチハヤの予想通りならば、口にしても意味はない。
僅かな静寂。
《プライング》も《銀狼》も動きを止めたままだからか、両軍のリンクスが遠くから様子を伺いだす。
そして、《銀狼》のカメラアイが連続で瞬き始める。
『発光信号。読み上げます。O M A E H A Y U K I T H I H A Y A D A N A』
それだけを発光信号で伝え、こちらの返答を聞くこともなく《銀狼》は振り返って飛び去って行った。
「……そうですよ。貴女の知っている人では無いでしょうが」
その返事を、誰に言うのでもなく呟いた。




