その日は
唸り音と共に、ペイント弾が先程まで僕がいた場所にショッキングピンクをぶちまけた。
駆けていた僕はそのままT字路を駆け抜けて物影に隠れる。
そっと顔を覗かせると、通路の先にはエリザさんが銃身を切り詰めたアサルトライフル―――いわばカービン等と部類される事もあるそれを構えていて、
「―――あぶなっ」
すぐさま顔を引っ込めると、一拍遅れてペイント弾が飛んできた。
こういうときはちゃっちゃかと退くに限る。
そう判断して、アサルトカービンを片手にまた駆け出した。
本日の訓練は室内でのペイント弾を用いた模擬戦だ。
目的としては有事の際、基地内で生身で歩兵と撃ち合うことも考えれることから、それを考慮した訓練である。
それ以外にも、人型機動兵器 《リンクス》はその動作システム上、パイロット自身の反射神経も反映される。つまり、生身での感覚も重要だったりするのだ。
そういう訳で、現在ラファール小隊は基地内の室内訓練場にてペイント弾で一対一の見敵必殺的なことをしているのである。
『チハヤ、ちょっと逃げすぎじゃないかしら?』
イヤホンからアルペジオの苦言が飛び込んできた。
「生き残るのは重要だぞ、と」
そんな問いに短く答えて、周囲を警戒する。後ろから、よりも回り込みが怖い。
訓練場とされるこの場所も、ベニア板で出来た仮の壁とマットレスが巻かれたドラム缶等といった障害物が鎮座する空間である。上から覗く事も出来るのとずっとこの構成なので、アルペジオやらエリザさんやらは長くここで訓練している人だとこの訓練場の地図が頭に入っているらしい。
日が浅い僕からすればやっかいでしかなく。逃げれば逃げるほど、追い込み漁のごとく追い詰められる。
ざっとしたクリアリングを済ませて、また足音を立てないよう移動を始める。
目の前の十字路に差し掛かって、右からアサルトライフルの銃身が覗いた。
「どんな時でも先に銃を出さないこと」
副団長のマリオンさんにやられて注意された事を思い出して、
「あ、エリザさんミスった」
なんて言葉を呑み込みつつ、僕は素早くそれを左手で掴み、強く引っ張る。
そして芋づる式に飛び出して来たエリザさんに、腰だめに構えたカービンを片手で数発だけ連射した。
至近距離で姿勢を崩したエリザさんはなす術もなくペイント弾の餌食になった。
「まさか以前やられた事をやれるとはね。何度も副団長にやられ甲斐があった」
訓練場を見下ろしながら、先程の訓練を思い返す。
ほとんどが先回りするエリザさんの優勢だったものの、最後に角から銃を出すというミスでまさかの展開で呆気なく終わった。
今はアルペジオとカルメさんが訓練場内をあちらこちら歩いて互いを探している。
どちらも近づいているので近々接敵して撃ち合いが始まるだろう。
「……あなたはとことん逃げるから嫌ですわ。リンクスでも、この手の訓練でも」
アルペジオ達のを眺めていたら、エリザさんから話しかけてきた。インクまみれになった上着は脱いでいて、半袖に野戦服のラフな姿だった。
かつての友人の―――セタ・アイカさんを殺したあの日から話しかけてくることなんて稀になったのに。
「そっちから話しかけるなんて珍しい。明日は槍でも降るかな?」
「失礼ね」
軽口は素っ気なく返されて、エリザさんは視線をしたのフィールドに向ける。
そこではカルメさんが先にアルペジオを見つけていて、ゆっくりと音を立てずに近づいている所だった。まもなく交戦するだろう。
「んー……。アルペジオが間一髪で避けて、カウンターがカルメさんに当たる、かな?」
そう呟いた瞬間だった。
アルペジオの後ろからカルメさんが飛び出して、駆け寄りつつカービンを連射する。
対するアルペジオは倒れ込みつつ振り向く。ペイント弾は頭や胴体があったところを通り過ぎていった。
パパパッ、と短い銃声がアルペジオからして、カルメさんの胸にインクが撒き散らされた。
「よくわかりましたわね」
「多分、僕対策のが使われた」
息を潜めて存在を隠し、背後から襲うのは僕がよくやる手だ。
それに対応する形でアルペジオは今の動きを訓練前に何度か練習していたのである。
「なるほど……」
「それに、途中からアルペジオの動きが変わった。足音でカルメさんの位置がおおよその見当をつけられたのかもね」
さっきから見ていたが、急に後方の確認が疎かになったのだ。
そして避けにくい身を隠せない一本道の通路でカルメさんが仕掛けて、
「カルメさんは自分有利だと思って飛び出して突撃、連射したんだろうね。まあ実際はアルペジオが自身を餌にいつでも来るのを構えてた訳で。自分から倒れればしばらく動けないリスクはあったけど、案の定カルメさん通路に突撃してたし。避けにくいのはどちらも同じ」
なら、反撃は避けにくい。
勝利を確信してただろうカルメは避けれず、インクまみれになった訳だ。
カルメさん、慎重にはなってるけど割りとせっかちな所もあるし、それが仇となったのだろう。新人にはいい経験だ。
「ちと博打すぎると思うけどね」
僕はあの通路は通らないし待ち伏せには使わないな、と続けて言う。
「生存第一のあなたらしい判断ですわ。基本逃げ。それなのに倒すのは積極的。臆病というわけでもない。どういう神経かしら」
「生き残って、相手を殺るのが優先なだけだよ。相手が誰であれ、リスク無く倒せるならそれを選択するだけ。それの繰り返しだ」
その判断を鍛える訓練だろうしね。
「…………あなたは、殺し慣れすぎですわ。一人でどれだけ人を殺し増したの? どれだけ、隣人が死ぬのを見ましたの?」
人を殺し続けたツケが、他の人に降りかかったぐらい。
そんな答えは、流石に言えなかった。
代わりと言わんばかりに、スピーカーからスクランブルのサイレンが鳴り響いた。
「《コーアズィ》発生か。今のシフトだと団長達だったっけ?」
「そうですわ。バックアップはマリオン副団長ですので急がなくてもいいかもしれませんが」
「まあ、一応我らがお姫様にでも訊ねるか。―――アルペジオ?」
エリザさんと待機の話をしつつ、通話用のマイクを手に取ってアルペジオに呼び掛ける。
『何かしら、チハヤ』
「サイレンは聞こえてたよね? バックアップに出なくていいか?」
『そうね……。一応続けて《コーアズィ》発生した場合に備えて待機に移るわ。チハヤとエリザ、駆け足で先に格納庫に行っててもらえる?』
「わかった。―――だってさエリザさん」
「さっさと行きますわよ」
その言葉と同時に、僕らは駆け出した。
道中半ばで、ラファール小隊全員にスクランブルがかかったのだけれど。




