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並行異世界ストレイド  作者: 機刈二暮
[第五章]来訪者たち
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これからの可能性







 懐かしい夢を見た。


 それはまだ聖マルグリッド大学付属高等学校に上がったばかりの頃。

  私 が孤児院であの子と暮らしていた頃だった。


「ただいま。コトネ? 何をしているの?」


 孤児院、それも自室へと帰ってきた私はテレビゲームをしているその子にそう訊ねた。

 ゲームの筐体とディスクは職員の職員のお下がりで、引きこもりがちの彼女に暇潰しとして渡されたものだ。


 そのゲームは、いわゆるカスタマイズロボットアクションと言われるゲームで、沢山あるパーツを組んでいって自分オリジナルのロボットで戦うというゲームだ。

 今時、ネットに繋いでのオンライン対戦が主流だが、このゲームはオフラインでも対戦出来るようになっていて、私も彼女と対戦したことがある。―――まあ、ぼろ負けなのですが。


 他にも、レイヤーと言われる図形を何枚も切り貼りして、エンブレムやデカールを作って自分の機体に貼ることが出来るのだ。


 実際に液晶画面では、いくつもの図形が拡大や縮小をされ、引き伸ばされたりして四角い枠をパズルの用に埋めていく。


「………………」


 その子はその問いかけには答えない。喋ることもない。


 自閉症となったその子は、二度と喋らない。

 表情も、変わることはない。


 私は、その子の声をあの日の事件以来聞いていない。

 コミュニケーションのほとんどは彼女の目と行動だけで察することしか出来ない。


「レイヤーですか。毎回毎回上手に作りますね」


 そう言って、彼女の斜め後ろに正座で座る。


 そして、その日学校であった事を、彼女に話をする。それが一つの日課みたいなものだった。


「また、先輩に付き合ってと告白されてしまいました。全員断っていると知っているのに、どうしてするのでしょうね」


 勿論、女性の方よ? と続けて言うと彼女から無言の右の裏拳が額へと直撃する。


 割りと本気の、スナップの聞いた裏拳なのでそれなりに痛いのだが、私はそれに怯むことなく笑顔で話を進めていく。


 そうしていると、画面のレイヤーは瞬く間に完成した。


 それは十字架を咥えた銀の狼だった。

 その表情は怒っていて、しかしどこか悲しそうに見えた。


 その子はそれが気に入ったのかカーソルを操作して保存を選択する。


「凛々しい狼ですね。十字架を咥えさせるのは神父が怒ってしまいそう」


 私は素直に感想を述べた。


 その子は振り抜き様に、その拳を私の頬へと叩き込んできた。














 朝。


 夜明けと共に目覚めた 私 は、すぐに野戦服へと着替える。


 何か懐かしい夢を見た気がするのだが、それが何だったのかは思い出せなかった。

 忘れてはいけない、大切な記憶のようなもののはずなのだけれど。

 

 そう思いながらも、昨日見た人相書きを手に取る。


「ホント、どうしてなのかしら」


 思わず呟いた時だった。


「……おはようございます」


 イオンさんが体を起し、目を擦りながら言った。またイタリア語である。まあ、朝ぐらいは彼女に合わせてもいいだろうと思い、その紙から視線を外して私も口を開く。


「おはようございます。天気は少し心配になる曇り空ですよ」


「…………?」


 怪訝そうな顔で、イオンさんはこちらを凝視する。


「チハヤ殿はそんな淑やかなしゃべり方だっただろうか?」


 その指摘に、うっかり素が出てしまったのに気付く。気が緩んだのだろうか。


「え? ―――あ、うん。少し寝ぼけてた。あっちの方が長いから抜きらないのたかもね」


 僕 は口調を戻しつつ適当に答える。その答えを聞いても、イオンさんはその表情を変えない。


「―――先程の方が、自然体に思える。なるほど、貴方に違和感を覚えたのはそういうことか」


「あはは……。家庭の事情ってやつだよ」


「女の子として育てられた?」


 突拍子のないことを言われた。いや、彼女の生きた時代―――聞くにファンタジーな中世ヨーロッパのような世界という背景から、宗教的にとか町の風習とかで、そんな考えが出るのかもしれない。


 まあ、惜しい、というポイントではあるのだけれど。


「詳しくは言わないけどね。―――女の子のふりをする必要があった、だけ」


 もう、必要ないのだけれど。どうにも、染み付いた癖は治りにくいらしい。

 イオンさんは頷くと、今度は僕が持っている紙を指差す。


「―――ところで。答えなぞわかっているが、聞きたい。その人はご存じだろうか。黒い球体―――こちらでは《ノーシアフォール》というらしいな―――その中で出会った人だ」


 昨晩考えた通りの事が、彼女の口から詳しく出た。





『なるほど、これは面白い話ですね』


 《ウォースパイト》、格納庫。


 イオンさんの話を、HALにも話してもらった。

 曰く、《ノーシアフォール》内で『ナウエ・マフヨ』と名乗る少年に会ったこと。

 彼の言動は、まるで何かを知っている口振りだったこと。


『「その世界にもあれが繋がったのか」。「あのタヌキどもめ、好き勝手に暴走させやがって」。「後始末する身にもなれ」。「滅んでるウジ虫どもにはわからない」。「往く世界が多くて大変」。たったこれだけでも大きな収穫、でしょう』


 HALがイオンさんの話から推測を述べた。



 以前から判明はしているが、ありとあらゆる世界に《ノーシアフォール》が繋がってしまっている。


 どこかの世界、何らかの組織によって《ノーシアフォール》というものが発生したと思われるが、その組織は壊滅していると思われる。


 『ナウエ・マフヨ』と名乗る少年が、各世界で発生した《ノーシアフォール》を何らかの処理をしていると思われる。



『何があったのかはわかりませんが、《ノーシアフォール》は人為的なものなのかも知れませんね』


 ターレット式のカメラアイをくるりと回して、HALはそう言った。


「そして、ナウエマフヨって人が何かを知っている、か」


 イオンさんが語った内容を確認するように、僕はHALが言おうとした言葉を引き継ぐ。


 よくよく思えば、右目に眼帯代りに花を付けてるのもそうだが、日本人とそう変わらない容姿をしているのに左目は青い、というのは普通はないだろう。

 それに、同い年とは思えない言動が多かった。老人のような長い年月を生きているような、達観したもの言いなど。


 彼が何者で、何を知っているのだろうか。


『知っている、というよりは、ナウエマフヨが言った「後始末」。これは前後の言動や《ノーシアフォール》内での活動から察するに、各世界に繋がった、もしくは開いてしまった《ノーシアフォール》を閉じているのかもしれませんね』


 そして、HALは思考が早い。電脳か、機械故なのか、かなり早く要点をまとめ、持ち得る知識をフルに使って推察を述べる。

 追い付けなくて当然なのだが、頭が追い付かない。


「《ノーシアフォール》を、閉じている?」


『推察上ですが。イオン・リヴィングストン。それが事実だとすれば、貴女の話はある可能性を示唆している』


 ある可能性。それは僕も想像してしまった答えだが、HALが続けて言うのに任せる。

 これは確信ではない。けれど、あり得る話なのだ。


『いずれ、この世界にある《ノーシアフォール》も無くなるでしょう。もしくは、あそこから異世界の存在が降ってくる事が無くなる。レドニカから、黒い球体が消えるその日が、いずれ来るでしょう』


 理論は単純。蛇口を閉めるのと同じ。氾濫した川の堤防を復旧するのと同じかもしれない。

 流れていた水は止まる。それ以上注がれる事もない。流入する事もない。


『イオン・リヴィングストン。そのナウエマフヨという人物に会った、という話は我々以外にも話しましたか?』


「話した。会った人はいない、とも」


 HALの質問に、静かにイオンさんさんは答える。似顔絵まで書いて見せて回ったのである。騎士団全員に聞いているだろう。


『いずれ、彼女たちも気付くことでしょう。いつか《ノーシアフォール》から異世界の物資が降ってくる事が無くなる日が来ることに』


 もしくは、《ノーシアフォール》自体が消えてしまうことに。


 それは、ある事も示唆する。


 水は流れを止めた。なら、次は。


「この戦争の小康状態は終わり、再び戦火は一気に燃え広がる、かな?」


『この戦争の歴史的な背景から考えるに、そうなるかと。猶予期間はあるでしょうが』


 今から150年ほど前からオルレアン連合とランツフート帝国の戦争が始り、80年ほど前に戦争の最前線、レドニカにて《ノーシアフォール》が出現。リンクスをはじめとした異世界の技術がこの世界にもらたされる。

 それから80年、レドニカで《ノーシアフォール》から降ってくる物資の取り合いなどの小競り合いを続けて、今に至る。


 万年帝国を掲げ侵略する帝国は、《ノーシアフォール》が消えれば侵攻を開始するだろう。不可侵と貿易による安定した経済のオルレアン連合は防衛の為に戦うだろう。


向こう(帝国)の情勢はわかりませんが、オルレアン側の報道を見る限り、和平や休戦をする気はないようですね。西暦の第二次世界大戦中のように、互いが戦後の利益を求めて欲張るのかもしれません』


「ほんとに泥沼の戦争になるかもな」


 世界が違えど人は変わらないらしい。


『しかも、帝国側には戦争を起こした理由が「自国を豊かにする」という酌量の無い理由です。次から次へと戦争している背景から戦略的目的達成が困難だと思われます。利益に合わない人死が出るまで止めないでしょうね』


 戦争の終わりは目的達成か、それとも利益に合わない人死か。

 第二次世界大戦は後者で核兵器による結果が、人類を滅ぼし兼ねないから、だったなと思い出す。


 そんな、イオンさんにとって遥かに未来レベルの話は、置いてきぼりになる内容だ。


「すまない。第二次世界大戦とは?」


 置いてきぼりにされたイオンさんの質問にHALが懇切丁寧に概要を教え始めた。


 HALの概要を聞いたあとイオンさんは、隣国同士どころか海の向こうの国と、惑星の裏側にある国と戦争するという事態に驚いているようだったが。


 


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