その人相書きは
「お先にー。シャワーどうぞー」
バスタオルで濡れた髪を拭きながら僕は、バスルームから出た。孤児院時代からバスタブなのでお湯に浸かりたい、等という気分はあまりないのでそこまで苦労も困る事もない。
机にうつ伏せになったイオンさんからは反応がない。近寄って顔を覗くと、静かに寝息を立てていた。
「…………寝ちゃったか」
タオル越しに頭を掻いて、どうしようかを考える。普通に考えれば、背中にタオルケットでも掛けておくか、ベッド運ぶかの二択だろう。それ以外何があるか。
「ベッドまで運ぶか」
そう言って、イオンさんを抱え上げてベッドまで運ぶ。背もアルペジオとそう変わらないし、華奢といえば華奢な体躯だ。そこまで重くはない。むしろ軽い方かもしれない。
「或いは、僕に筋肉がついただけか」
呟きつつ、僕が寝る二段ベッドとは別の二段ベッドの下の段に彼女を寝かせる。
あとはタオルケットでも掛けておけばいいだろう。
「―――懐かしい、な。こういうの」
アイツもたまに寝落ちして、こうしていたなと思い出す。起きたアイツに頬を摘ままれたりしたっけ。
そう思いながらも、散らかり気味の机をある程度片付け始める。ノートは棚に立て掛けて、新聞は折り畳んで机の隣にある段ボールに入れる。
そうちまちまと片付けし続けていたら。
「……これ、人相書き?」
人の顔を描かれた一枚の絵が新聞の下から出てきた。輪郭や影が上手に描かれていて、写真と大差ない精密さがそこにはある。
ここまで絵が上手い人って騎士団に居ただろうか、等と考えてしまう。
そして誰が描いたのだろう、という思考はすぐに消え失せた。
描かれていたその人は、僕には見覚えがあったからだ。
歳は僕とそう変わらないぐらい。長い黒髪をポニーテールにしている。顔立ちは、僕と比べれば『この人は男だな』程度には中性的で整っている。左目は青く、右目は五枚の花弁を見事に咲かせた花。
「……どうしてこの人が?」
思わず声に出る。
何故ならその人は、この世界に来る前に会った人であり。自殺しようとした僕を引き留めた張本人だからだ。
いや、HALが居た世界の僕と、並行世界の同一人物に該当する僕のように、僕の知る人の並行世界線上の同一人物かもしれない。
そうだとしても、仮定で同一人物だとして。もし僕の知る人物だとしたら。
「……誰が書いたのだろう?」
一瞬で消えてしまった思考がまた声に出た。
知る限り、僕はこの人の容姿を誰にも語っていないし、描いた覚えもない。それに絵心はない。
ただ、絵がある以上描いた人はいる。
イオンさんが描いたのだろうか?
そうだとしても、彼は僕が居た世界の住民のはずで、彼女は知らないはず―――。
そこまで思考して、あることに気付く。
その時の彼の言葉も、思い出す。
『“あれ”に飛び込めばいい。それなら誰も止められないし、止める人もいないだろう。――――もしかしたら異世界に繋がってるかもしれないけど』
もしかしたら異世界に繋がってるかもしれない―――。
その時はただの冗談だと思っていた。彼の下らない戯れ言だと思っていた。
事実、異世界に繋がっていた。
あの言い方は、もしかしたら。もしかしなくても。
「彼は、事実を言っていた?」
また、変な歯車の填まり方だと思う。
異世界、並行世界なんて空想だと思っていた。
現実はどうだ? 事実、僕やHAL、イオンや他の人達もこの世界へと転移している。
あり得ない、想像しえない。空想でしかないとされた現象が起きている。
それを知っていた?
知っていて、かもしれない等と言ってあり得ない事を、絶対的にあり得ないと思わせた?
何故、そんなことを言った? 異世界の存在を隠すようなことを。
「じゃあ、彼は何者?」
少なくとも、二つ以上の世界を行来していた? 確信でも確定でもないが、少なくともこの人相書きからイオンさんか誰かが彼と会ったと思われる。
それはつまり、違う世界で同一人物が活動していた?
どうしてそんなことが起きるのか。
考えたところで、答えを出すには証拠も何もないのだが。




