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並行異世界ストレイド  作者: 機刈二暮
黎明を征く
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喪失感




 一先ず、一日の休息は得られるのは確かでした。


 その理由としては皇国とストラスール―――ストラスール外交団代表のサイカさんとアリアさんの交渉があることと、東部諸国の外交官の所在を把握するのにそれだけの時間は最低でも必要であり、その間は《ミグラント》は動けません。


 となれば待機なのですが私とフィオナさんは他の人達よりも数日先行してストラスール国内に侵入―――もとい入国し、仕事を行っています。


 寝る時間はもちろんありましたが、前もって動いている分の振替は必要です。


 特に戦う兵士に休息は必須。


 そういうことで今日は休みになるのですが。


「………」


「………」


 《ウォースパイト》艦内―――ARルーム。


 可動する床と、ホログラムによる空間投影により設定された風景を構築できるという部屋の中央。


 この惑星ではない―――HALがいた地球の、どこかの森を再現したその空間。


 私とフィオナさんは用意したハンモックに寝そべり、何もやることなくただただ時間が過ぎていくのを待つだけのような堕落しきった過ごし方をしていました。 


 時計は正午を回って、昼の十二時三九分。


 起床から二時間ほど経過しました。


 午前のほとんどを無為したかのような起床時間ですがあんまりな理由があります。


 経緯を考えれば誰が悪い、というのもありません。


 世の中の問題の多くはあらゆる要因が積み重なって、破綻して初めて発生します。


 この場合は―――アリアさんが私との再会に喜びすぎて、皇国について以降の話をせがんだこと。


 いろいろな経路で帝国の事も知っていたとしても、エアリスさんが即位するまでの帝国情勢等を知りたがったコトネも加わったこと。


 それに対して私とシオンはほどほどに応じればいいものを、塩梅を考えずこれまでの日々を語ってしまったこと。


 二人きりになる時間はありましたが他所の艦というのもあって、いろいろと疎か気味になったフィオナさんの鬱憤は貯まりに貯まりました。


 発散しようにも前述したように他所の艦なのでその方面で迷惑は掛けれないですし、伴侶の親しい人物と親族(厳密にはちょっと違う)に当たるのもよくはありません。


 そうして貯まった鬱憤の発散は、憂さ晴らしと誰を優先すべしか。


 (チハヤ)とシオンに対して一番好意を持っているのは誰かをわからせるべくフィオナさんはコトに走りました。


 まあ、私とシオンもそれは理解しているので拒否はしませんし、出来ません。


 そうして彼女が満足するまで意識を交代させながら溺れたわけですが。


 ―――流石にしんどいですよねぇ。


 おそらくは虚ろだろう瞳で天井―――ホログラムで再現された鮮やかな緑と木漏れ日を見上げます。


 フィオナさんが揺らすハンモックで静かにしていますが―――感じているのは心地よさよりも歩きたくないほどの疲労感で動けないだけです。


 いくらシオンと身体の主導権を交代させたところで肉体の体力まで別々な訳がありません。


 せめて別々分かれていたのは快楽に対する脳への負担でしょうか。


 何度も交代していなければ気絶していたことでしょう。


 流石にシオンもダメージは大きいようで妙に静かです。


 正確には入れ替わった瞬間に来る動くのもしんどい疲労感に辟易しているのですが。


「………♪」


 当の加害者、フィオナさんは満足したのかご機嫌です。


 ハンモックで揺れるというのに、器用に私を抱き寄せて鼻歌を歌っています。


 私とシオン、二人で仲良く経緯はさておき限度云々はと小言を言いましたが。


 なにもせず、ただハンモックに揺れるだけですので―――少しは反省していると思いたいですね。


 そうして揺られる事、いくばくか。


 フィオナさんを背に揺られ続けて―――


 ―――ふと、なんとなく。


 私の身体の前に回されている彼女の手を見ました。


 色白で、細く長い綺麗な指。


 自然の中で採取生活を営んでいたらしい、柔らかく見えて余分なものが無さそうな指です。


 私の失った手指は、どうだったか。


 それなりに細かった自負はありますが人と比べて長くはなかったか。


 いつかの十一ヶ月間の日々で傷つき汚れた手だったのは確かですが。


 少なくとも、私の容姿と体躯に合わせて作られた機械仕掛けの指よりは厳つく短いものだったと思います。


 そしてこの機械仕掛けの腕は《linksシステム》の転用で失った四肢から先の神経をシステムで接続、再現して私の意思で動く義手です。


 触覚は当然ない手ですが―――どうしてか。


 左手で、フィオナさんの右手に触れます。


 指を絡めるように握って、離しては擦って。


 本来であれば相応に柔らかいだろう感触も、体温の差でわかるだろうぬくもりも感じられない。


 握る強さには最大限気をつけていますが、これでいいのか不安にも駆られます。


 ―――お前が手に取るのはそれではないと暗に言われているような。


 こんな時間を享受しているような資格はないと、言われているような。


 時折疼く、私の暗い悪性が告げているような気がして。


 ―――この時間を守るの為に戦ってきたという自負はあると。


 小さく首を振ります。


「どうしたの?」


 そんな私の動きが不思議に思えたのか、フィオナさんが声を掛けてきました。


 すっと彼女の左手が私の首元を擦るのは、体温がわかる肌の位置がそこだったからでしょう。


 暖かな熱がそこにありました。


 生きている人のそれがじんわりと冷たい私の身体の一部を温めます。


「少し、今の手が恨めしいと思っただけです」


「恨めしい?」


「本当なら、あなたの手の温かさも私との温度差も時折知れたのに。今じゃわからない」 


 かつての自分の行動の結果ですが。


 無いなら無いで不便であるのは確かです。


 右の肘が残っているだけでも出来る事はありますが、大抵の事を一人では出来ません。


 服を着る事も、ご飯を食べる事も出来ません。


 可動域までも人に寄せた義手があるから普通に暮らせています。


 だからこそ、内心で感じているように生身ではないが故の喪失感が大きい。


 感触が無い、そのことだけが失われた腕を機械で補っているのだと認識させられています。


「そうね。私も恨んでるわ」


 返って来たのは同意の言葉でした。


 声音も少し怒りが混ざっています。


 まあ、当然ですよね。


 複雑な経緯だったとはいえ、伴侶の両手がないのはフィオナさんにも思うことがない訳ではないでしょう。


「腕を失ってるのもそう。結果的に生還したとはいえ、あなたを拾えたのは機体が見えてたからだったし、見えてなければ私達はあなたを置いて皇国に向かってた」


 何もかも偶然だったと、彼女は言います。


 《ウォースパイト》から見えるところで墜落した。


 生命維持が出来る設備が《ウォースパイト》にあったこと。


 皇国に腕のいい医者がいたことが幸いして、私は一時期に記憶喪失になったものの生き延びた。


 それが結果です。


 何かが違えば、私とシオンはここにいないでしょう。


「私を何度も独りにしかけるし。恨むわ」


 抱き寄せる力が少し強くなりました。


 それは否定出来ません。


 状況が許してくれないといいますか、経緯が経緯と言いますか。


 帝国ではそこそこ危ない目にあったようですし、なんなら帝国のアブレヒトなる都市で実際撃墜されています。


 再起動で私は記憶復活と、それまで表立って活動していたシオンという人格の維持によって多重人格者となってしまいましたが。


 そして今の連合の情勢と、そこに飛び込む選択は命を大事にしているとは言い難い。


 危ない橋を渡り続けているのは間違いありません。


 いつか来る問題ですし、私の蒔いた種でもあるので関わらない理由はないのですが。


 だからこそ、理解はしてもフィオナさんは本心から納得し許してくれるわけではないのです。


「何もかも分かち合えないと思ってるけど、さ。―――あなたの手に対する認識は一緒よ」


 そう言って、彼女は首元を振れる左手を私の頬へと動かします。


「失われたその手で触れて欲しかったし、私の手を握って欲しかった」


「………」


「その気持ちは一緒。だから一周回って分かち合えてるなって思うわ」


 どこか嬉しそうに言うフィオナさん。


 分かち合う。


 いつか―――そう。


 いつかの屋上での告白で伝えた言葉です。


 生と死や、幸福や不幸が分かち合えないかもしれなくとも―――。


 巡り巡ったかはさておき、ここでこの言葉が返ってきますか。


「そうですか」


 その因果が、少し笑えました。


 彼女にとっては私に対して気に病まなくていいと言いたいのでしょうけれど。


 私が送った言葉が彼女の中に確かにあって、こうして帰ってくるならば、悪くないなとも。


「そうよ」


 少し気が楽になった気配を私から感じ取ったのでしょうか、背後の気配が安堵へと変わるのがわかりました。


「なら、もっと分かち合えるものを見つけていきましょうか」

 

 その為の時間は忙しくなるこれからの合間にもあるはずですから。


 そう言って私は左の義手で彼女の手を、指を絡めるように握りしめて。


 それに応じるようにフィオナさんの右手が機械仕掛けの手を握り返すのを見ました。



 

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