閑話と憂鬱
『無事に合流できましたね、シオン』
アリアさんをハリュウ基地から救出して二日後。
航空巡洋艦 《ル・シーニュ》は無事にラスペード空港へ帰投して、アリアさんの許可の下、《ウォースパイト》もストラスールに入国する事が出来ました。
『救出作戦も無事成功したようでなによりです』
「想定通り、とは進みませんでしたけどね」
《ウォースパイト》格納庫。
ジェンハイ共和国の時とは違ってニ機のリンクスがハンガーに収められたそこへ《アルテミシア》を並べ終えて。
降りた先で目の前にやってきた円柱状のポッドに三本脚のセントリーロボットからHALの合成音声が流れます。
『件の作戦の結果は伺っております。最良の結果ではなくとも本来の目的は達成していることは確かです』
アリア救助作戦はHALの言う通りではありますが―――
「運がいい、だけではこの先が思いやられますよ」
内容としては運が味方したようなものです。
監禁先の看守が立場上はともかく中立よりの人物だったのと戦争に対して辟易している側だったのが幸運であり、リンクスにも乗れたのも幸運でした。
それが作戦成功の要因として大きいのは、いいとは言えません。
『同感です。これを糧にしっかりとした作戦立案してくれるといいのですが』
ストラスールの穏健派が反省してくれるのを期待するしかないとして。
整備士が集まりだした《アルテミシア》から離れつつ、格納庫を見渡します。
「―――リンクスは《サザンカ》と―――」
ハンガーに納められた赤を基調にした機体と赤紫色の機体を見てか、私の口が勝手に動きました。
「あれは《フィカス》ではないわね」
後者を刺して、シオンが言います。
《フィカス》―――確か、ポロト皇国の主力機である《サキモリ》の試作機の胴体に《アルテミシア》と同型の四肢や装甲を盛りつけた予備機でしたか。
いろいろな経緯でミグラントに参加したフレデリカさんの乗機として手早く白で塗られて、狙撃仕様に換装されて、帝国での内乱で実戦投入されたとは聞きますし、その資料も見ています。
しかし、目の前にあるのはそれとは違う機体でした。
《アルテミシア》とよく似たフレームでありながら非装甲部の多い私の乗機とは違って、フレームのほとんどは装甲で覆われています。
尖鋭的な装甲レイアウトではありますが胸部や肩、脚の各所が妙に角ばっています。
頭部はツインアイ方式でもありますが、ひさし部分には無骨なセンサーユニットが取り付けられており、ヒロイックというよりも厳つさがありました。
『《XLK39 四号機》、個体名を《ランプランサス》です。《フィカス》は良くも悪くも《サキモリ改》という予備機の手脚や装甲を《XLK39》の物に置き換えた機体でしたからね』
シオンの怪訝そうな反応にHALが軽く解説しました。
つまりは、継ぎ接ぎなカスタムメイドの別機種から《アルテミシア》と同型機にしたと。
肝心の予備機なる機種は―――装甲を外されフレームの状態で格納庫の奥に鎮座していました。
『あとパイロットであるフレデリカに合わせて狙撃用にカスタムされていますし、装備ももその試作品を持ち込んでいます』
そして、乗り手の得意である狙撃を重視しているようでした。
カルメさんは近距離ですし、私はオールラウンダーですので部隊の役割としてはバランスのいいポジションです。
でも、シオンは少しは気になるのでしょうか。
「《シリエジオ》と《ジラソーレ》がない、ということはそういうことね?」
ミグラント発足時から共に戦ってきた存在の不在を指摘しました。
《アルテミシア》が量産前提でありながら技術試験機の側面を有しているのに対して先行量産型として建造された二機です。
そしてその乗り手の片割れであるデイビットはランツフート帝国のリンクス用クローンである《スクラーヴェ》でもあり―――意図的に身体を弱く、寿命を短く設定されていました。
その影響がとうとう表出してしまい、外骨格ありでも満足に動けないほどにまで筋力の低下などが引き起こされてしまいました。
残りの時間はせめてという思いの下、絵を描きながらノワと普通の生活へと戻っています。
《ジラソーレ》を駆っていたもう一人の隊員―――イサークは帝国での決戦で両足を失う重傷を負いました。
それに加えて―――彼は決戦のみならずそれ以外の作戦で交戦した相手の多くが故郷である《アルスキー王国》の出身者であり、帝国の蛮行や人体実験により過激化したり精神が破壊されたりした人物との交戦を経験しており、その中には恩人を手に掛ける等の状況に遭遇しています。
結果、燃え尽き症候群ににも似た症状を見せるほどに心身ともに疲弊しきってしまいました。
皇国には私の両腕の存在が証明するように義肢の技術は群を抜いていますが義足を付けたところでリハビリも必要ですし―――。
何はともあれ、その様な状況でまたリンクスに乗って戦ってくれは酷というものです。
それは私もシオンもわかりきっているので確認はしませんが。
「二人の様子は?」
『デイビットはまだ大丈夫そうですが、虚弱化は進行しています。そう遠くない内にリンクスにも乗れなくなるでしょう』
「………」
『イサークは北方三連国に向かった後でしたので呼べませんでした』
ポロト皇国の北の山を越えた先にある、通称北方三連国―――《ダルト・シージス、及びシップダウン三連合王国》。
その即位したばかりの女王に招待されたのだそうです。
何でも、帝国を追い返して一度皇国に戻る際に、三連国女王のツバメなる女性に復興後の三連国国内を見て回るを約束されていたそうです。
彼自身、心身共に深い傷を負いましたが、約束を反故する訳にもいきません。
先延ばししても良かったでしょうが―――HALが医者のフウコから聞いたところによると三連国行きは療養にもなるからと行かせたようでもあります。
そういった経緯もあって―――二人は今回は不参加です。
呼ぶというよりは、『私達は行くけれどあなた達は好きにしていい』という宣言なのですが。
「まあ、そうよね」
シオンはそれで十分なのか、わかったと言ってそのまま引っ込みます。
最初は三機一小隊だったようですし、それが五機になってまた三機に戻っただけですから―――そこまで深刻な問題でもないでしょう。
あくまでもミグラントはリンクス小隊とその戦闘を支援する戦力を抱えているだけの傭兵部隊です。
部隊単独で投入する状況は限られていますし―――基本は正規軍に混じって作戦に従事します。
そのために数が多くある必要はありません。
交代要員は必要ですが。
ともあれ。
「《アルテミシア》は整備入りとして―――これからの予定は聞いてます?」
『ポロト皇国含む東部諸国外交団とアリア氏の会談が予定されています。それが終わってからノールへ向かうと』
今後の私達の予定を確認することにします。
―――現状、ストラスールは内乱に突入していると言って過言ではありません。
帝国と停戦を望む穏健派と、それを反逆行為として弾圧を始めた主戦派の抗争がアリアさんの軟禁を合図としたかのように勃発しています。
私はまだストラスール国内の情勢は自分で見聞きできた程度ではありますが、各主要都市での反戦デモに対する鎮圧は主戦派の武力によって行われているようですし。
その余波か、武力投入され戦闘痕を残すようになった街を後にする住民が絶えず、国内だけで難民が発生している状態です。
そんな影響もあってか、シェーンフィルダー王家内の主戦派は緊急事態宣言を発令し政府機能を掌握。
穏健派と一部の国民に対しての治安維持、不穏分子の排除を名目とした軍隊の派遣を議会の承認を無しに行えるようにしてしまっています。
この様な状況を打破するには―――同じくシェーンフィルダー王家の長子であるアリアさんが穏健派を率いて首都マニルカを占領。
他の王家の物を排除し、彼女の即位を以って政府機能を奪還するしかありません。
その為の下準備が多いのですが、私たちは出撃に備えて待機しかないのが実情でした。
―――つまりは、私はしばらくは休むしかやることがないということです。
いえ、実際は食堂での炊事係もあるのですが―――私は先行して作戦に従事した関係上、休むのが最優先事項となります。
『そういえば。アルペジオ・シェーンフィルダーとは話す機会がありましたか?』
「画面越しですが話しましたよ。……嬉しそうでもありましたが、この容姿であることはショックのようでした」
話題転換と言わんばかりの話に頷いて答えます。
先日―――《ル・シーニュ》の艦橋でアリアさんの無事と今後の動きについての通信のついでに話しています。
思っているよりも元気そうな事を確認しあっただけでもありますが。
『しかし、彼女はまだこちらに来ていないようですが』
「向こうも向こうでやるべきことがあるそうで」
なんでも、主戦派との武力衝突が発生しているだけならいい(よくはない)のですが、主戦派はどうも反戦デモを行った無辜の民を許せないようでして、反乱分子として軍を使った弾圧を行っています。
その結果、穏健派貴族の領地へ逃げようとする市民や軍の横暴に反対し原隊から離脱する軍人までも発生してしまっています。
穏健派は彼ら難民の保護や講和派への鞍替えを希望する兵士の吸収を行うこととなり、その支援や救助といった作戦に、アルペジオを初めとする穏健派軍人が従事し、引っ切り無しに出撃している―――。
それが今のストラスールの混乱の情勢でした。
「アルペジオ達との合流はノールになるそうです。そこで合流、準備を整えるのだとか」
そこから先のおおまかな計画は聞かされていません。
いくら味方勢力とはいえストラスールからみれば外国の部隊。
情報漏洩のリスクを考えれば当然です。
『感動の再会はお預けですか』
「感動かどうかはともかく、複雑ですよね」
事前に生存を知らされていたようですが―――それでも。
各々の思惑の下、言えない理由の下で武器を向け合った。
私は致命傷を避けながらも、相手は確実に仕留めようと。
そうしてあの平原で刃を交えました。
乱入者もいましたが―――その戦闘の結末として私は一時意識不明の重体となるほどの負傷を負いながらも離脱し、その果てに山林に墜落。
アルペジオ達から見ればここで私は死んでいます。
しかし、そのはずだった人間は両腕を失って、脳の負担で記憶喪失になりながらも生還しましたが。
そんな経緯を知らずにいれば―――親しい人物に銃を向け殺し合ったという事実がいつまでも纏わりつきます。
私が生きていたと知らされても私の身の上の要因となっている以上は負い目にしかならない。
結果としてどう接していくか悩ましい、というのが実情です。
先日は本心から再開を喜べはしましたが、別れた時の経緯が経緯です。
実のところ、アリアさんに対してもそうではあるのですが気まずく思ってます。
個人的には水に流しているつもりではありますが―――それでも。
「会えるのは楽しみですが、少し怖い」
なんだかんだと言って出て行ったのに召喚に応じで戻ってきたのもある意味負い目です。
いつか来るだろうとはうっすらと考えていましたが。
存外、覚悟は半端ですと乾いた笑いを上げます。
『―――ところで』
「はい」
『フィオナよりチハヤはまだかとの催促が』
「………」
忘れてはいませんが―――結構、鬱憤が溜まっていたようです。
それはそうでしょう。
自分の伴侶が友人とはいえ異性と親しく会話をしているのを見るのは気分が良いものではありません。
特にこの数日はアリアさんとは皇国に渡って以降の話をシオンも交えて話していたので、ある意味では彼女に拘束されていたようなものです。
皇国に逃げ延びる手伝いをして下さった恩人というのは理解していますから、彼女の前ではそこまで険悪にはなりませんでしたが。
それでも不機嫌であったのはありありとわかるでしょう。
アリアさんも少しは気を掛けてくれましたけれども―――少なくとも、フィオナさんとの時間は普段よりも少なかったのは確かです。
その反動が来ると思うと悪寒がします。
私としては彼女と一緒に時間を過ごせさえすればいいのですが、そうならないのが現実というものです。
憂さ晴らしとわからせのセットが待ち受けてる可能性は大。
シオンは変わってくれそうにもありませんし。
うんざり、ではないですが。
「まずいかもしれませんねー……」
それでも、ちょっと憂鬱になりながらも私は歩みを早めてエレベーターへ向かいました。




