公開演習、三日目①
オルレアン連合軍総合軍事演習、三日目。
午後三時。
この日は、一番の目玉とされるリンクス同士の模擬戦の日です。
『ノーシアフォール』が発生したレドニカの街並みに近い演習場では抽選で選ばれたリンクスの部隊が『交戦』していました。
距離に応じて訓練用誘導弾が飛び出し、滑空砲が火を噴き、ライフルが火を噴き、ブレードが振るわれる。
それに応じるようにリンクスのブースターがプラズマを撒き散らし、砲弾を避け、建物の影へと姿を隠す。
そんな、リンクス戦でよく見られる光景が、そこで繰り広げられていました。
カナクタ基地のリンクス格納庫前。
両膝をついた駐機姿勢の黒いリンクス、《プライング》のコクピット内。
パイロットスーツに身を包んだ私は、バイクの座席のようなシートに跨がってシート正面のパネルを見ていました。
《プライング》は既に起動済み。待機モードで各部のチェックを見ています。勿論エラーなどありません。整備班の日頃の手入れが行き届いている証拠です。
装備は両手のはほぼいつもの。前腕部の補助腕、その格納スペースには訓練用ナイフ。
背部サブアームのハードポイントには、両方とも16連ミサイルコンテナ。つまり32発分あります。中身は大半は訓練用誘導弾ですが6発はジャミングスモッグ。2発はECM発生機。撃ち分け出来る便利なものです。
「チェックどうだ? 終わったか?」
「はい。終わりました。皆さんの 要 望 通りです」
上から覗いて訊ねてきた大男、ゴーティエさんに『要望』を強調して答えました。
背中のミサイルは私の要望ではありません。アルペジオやエリザさんといった同僚からの、一方的にやり過ぎない為の措置です。目眩まし用にスモークが許されましたが、それはあくまで待避用にです。
「がははは。お前さんと《プライング》が本気で戦ったら、まともに相手出来る部隊がここしかねぇからな。仕方ねぇよ」
口を大きく空けて笑うゴーティエさん。誉めてるのかなんなのかわかりません。
「まあ、納得はしていますよ。接待ですし、失礼無いように、ですから」
頬をついて、ため息をはきながら呟く。
「不満駄々漏れじゃねーか」
「滑空砲がアウトなのが不満なだけです」
許されなかった装備を口に出します。
確実に行動不能に出来て、仕留めれて、弾を複数選べれるの三拍子揃ったこれを装備しないで何を装備すればいいんですか。炸薬次第ですが直接照準からの砲撃や、間接照準による支援砲撃まで出来る至り尽くせりな装備を。
そう思っていると、機体の正面にトレーラーがやって来ました。リンクスを運搬、輸送する為の超大型トレーラーです。
「―――おう。トレーラーが来たぞ。乗せてやってくれ」
それを見たゴーティエさんがそこから退きました。当然ですが動くリンクスは乗っていても危険だからです。
「《ヒビキ》。ハッチ閉鎖」
『了解。ハッチ閉鎖します』
事務的な女性の声がして、頭上のハッチがスライドして閉まります。見えないところでは前に倒れる用に開いていた頭部が閉まって、後ろへスライドして固定されているでしょう。
メインモニターには、昇降用タラップを降りきるゴーティエさんが映り、すぐにタラップも壊されない為に離されていきます。
機体正面に立ったこの基地の誘導員が立ち上がる許可を示すサインを送ってくれました。トレーラーの荷台、リンクス固定用のアームが持ち上がります。《プライング》はオルレアン連合製の機体ではありませんが、トレーラーのホールドアームは範囲内の規格ならどのリンクスでも固定が出来るそうです。《ノーシアフォール》から回収されるリンクスの規格のばらつきのせいでもあるそうな。
「立ちます」
外部スピーカーで周囲に呼び掛けながら、《プライング》を立たせます。
誘導員の指示に従って、機体をトレーラーへと乗せます。
正座の姿勢にして関節をロック。
それを見てからか、トレーラーのホールドアームが下がって《プライング》の肩部を上から押さえます。
普段は寝かせて運搬なのですが、複数運搬する時や緊急時の即応性から座らせて運搬出来るようにと考えてあるようです。
まあ、《プライング》は寝かせるのが出来ないのですが。
トレーラーが動き出して、演習場へと運ばれていきます。
運ばれている間に、演習場の地図と所々の写真やリンクスの交戦写真をメインモニターに映して再確認します。意外とリンクスが立って隠れるぐらいの建物が多いですが、それは中央寄りや何らかの施設がある数ヵ所。訓練場の縁へ近づけば近づくほど建物は低くなります。
「確か、計画都市だったんですよね」
数日前の、街を散策中の時のデリアさんの話を思い出します。
《ノーシアフォール》発生する前の時代に、交通の要所として整備された街が旧カナクタ市街だ、と。
「よく見れば道が真っ直ぐで幅も思いのほか広いですね」
写真に写る街並みは、大抵はリンクスが二機ほど並べそうな幅の通りが多く、中には一機通れるかと思える様な幅まで。もっとも広い通りは街の中央、東西南北へと走る大通り。この道だけはなかなか広く、気を付けていればリンクスが派手に動いても建物にぶつかりそうにないほどの幅があります。写真の様子では訓練場にした際に広げたような痕があります。
北のやや西よりの所は広場があります。地図では判りにくいですが、四角く区切る壁と付近の建物から昔の軍の駐屯地でしょうか? 《プライング》が全力でブースターを噴けそうです。
東の南よりには池があります。付近には建物はありませんが、水路の跡が瓦礫として残っています。ここまで水を引いていたのでしょうか。運河からは離れた地域ではありますが。
《プライング》は東側のやや北より。やや敷地の広く大きめの屋敷が並ぶ住宅街が演習の開始地点です。
まだ先程の演習で交戦していたリンクスの小隊が撤収中です。もう少しでそれも終わり、開始地点へ行くよう指示が出るでしょう。
まず、そこからどこへ移動しようかと考え始めた所で。
『―――チハヤ。聞こえて?』
コクピットにお腹を空かせているに違いない王女様の声が響きました。
「アルペジオ。どうやって通信を?」
少し驚きながらも訊ねます。確か、今はリンクスの模擬戦を観戦する観客席のモニターの所へいるはずですから。
移動の合図や連絡等の為に無線は開いてますが、その相手は全く知らない人です。
『あんなところなんて抜け出してきたわ。場所は管制塔のオペレータールームからよ』
さも当然のように答えるアルペジオ。
「大丈夫なんですか、それ」
『いいのよ。アリアお姉様とアルフィーネには伝えてるから。―――それに、チハヤがやり過ぎないように監視しないと、なに無礼をやらかすかわかったものじゃないわ』
そこまで外に見せれないような嫌らしい戦い方しましたっけ……? 最初にドローンで索敵して、狙撃による各個撃破は駄目だったのでしょうか。今回はそれは出来ないのですが。
『それに、こっちの方が状況分かりやすいし』
「それが本音では?」
『……《クナモアリル》の量産機、《アーバイン》はともかく、クラリス殿下の専用機、《ミカエル》の交戦映像ってあまりないのよ。あっても《コーアズィ》の対応とその際の射撃映像のみ』
アルペジオ曰く、カタログスペックと僅かな戦闘記録しかその機体の事は分からないそうです。
『王家所有のリンクスだから本来のスペックは隠したいのでしょうね。そんなこと、どこも一緒だけれど』
カタログスペックは基本的に、というか、あえて低めに記載されます。相手に正直に教える理由はありません。
それにしても。
「シェーンフィルダー家で所有する機体がありそうな口振りですね?」
アルペジオの口振りからでは、シェーンフィルダー家でもリンクスを持っているような印象があります。
『まあ、あるわよ。アリアお姉様ではないけれど、姉の一人が持ち出しているのが一機。もう一機は倉庫の中よ』
思いのほか、あっさりと答えてくれました。複数持っていたようです。
持ち出さないのはやはり、破損した際の修復が困難だから、でしょう。
実物だけで図面無しという状況では、使われている金属は何か? 加工方法は何か? 装甲に使われている素材は何か? 各寸法の誤差はどこまで許容されるのか? というのがわかりません。もしかしたら一部の部品は、職人の感覚によって作られた部品かもしれません。
そういったデメリットから、異世界から来たままのリンクスは使えないのです。
例外があるなら、《プライング》のように『図面も一緒にきた』から使えるという例外ぐらいでしょう。
「持ち出さなかったんですね。残りの一機」
『直せない機体なんていらないわ。姉様のあれもそうだけど、不細工だし』
ルックスは良くないようです。
『一人だけ違う機体なんて嫌だから。―――ええ、わかったわ。伝える。―――スタート地点に向かってって』
どうやら、というより、もう先程の演習のリンクスの小隊が演習場から退場したようです。
トレーラーが停車して、機体を固定していたホールドが持ち上がります。
「お話は、もうおしまいですね」
そう言って《プライング》を立たせます。誘導員の指示に従いながらトレーラーから降ります。
ここからは歩行でスタート地点まで移動です。
『そうね。早く位置につきなさい。待たせたら五月蝿いわよ、王女様なんて』
「アルペジオみたいに?」
『失礼ね! 私がいつも五月蝿いって?!』
「だって、プリン強請る時は喧しいじゃないですか。フィオナさんと揃って」
図星なのかぐぬぬ、という音が返ってきます。
特に最近は、夕食後のプリンを賭けた争奪戦―――もとい各種ゲームが壮絶と化してます。
……週一ペースな上に、材料は余った卵とか牛乳ですし、絶対数、少ないですからねー。
取り合いになって当然です。
ババ抜き(私が教えました)、ポーカー、ブラックジャック(私がイカサマの監視役)などのトランプから、チェス、リバーシなどのボードゲーム、果てにはHALが持ち込んだ対戦ゲームでプリンが賭けられます。
……そろそろ、私費で材料を買いましょうか。
プリン獲得に至る果て無き闘争とその栄光、そして悲劇等のお話は―――まあいずれ語るとして。
「では、早くステージに立ちましょうか」
そう言って《プライング》の歩行の速度を上げました。




