第4話(前半)「カノジョ、境界を歩く」
―――融合セクター・三つの境界―――
カノジョは、歩いていた。
桃太郎の村。赤ずきんの森。人魚の海。
三つの世界が混ざり合ったこの場所で、彼女だけが自由に動ける。他の誰もが境界に惑い、足を止めるのに、彼女の足取りは迷わなかった。
「……不思議だな」
彼女は、自分の足元を見つめた。桃太郎の村の土の上に、赤ずきんの森の落ち葉が積もり、その上を人魚の海の泡が転がっている。普通なら混乱するはずの光景が、彼女の瞳には「それぞれ別の境界」として捉えている。
「……まるで、全部が繋がってるみたいだ」
彼女は、しゃがみ込んで、地面に落ちている桃の種を拾い上げた。それは、桃太郎の世界のものだ。でも、その隣には、赤ずきんの森のたんぽぽが咲いている。そして、その根元には、人魚の海の泡がかすかに光っている。
「……全部、一つなんだな」
カノジョは、その三つを手のひらに乗せた。桃の種。たんぽぽ。光の粒。
それぞれが、それぞれの世界のものだ。でも、今は、彼女の手の中で並んでいる。
その時、彼女の手のひらが、かすかに光った。
「……!」
カノジョが、息を呑む。桃の種が、たんぽぽが、光の粒が、一つの光に溶け合っていく。それは、まるで最初から一つのものだったかのように、自然に。
「……何、これ」
彼女が、その光を見つめる。その光は、温かくて、優しくて、どこか懐かしい。まるで、ずっと昔に会った誰かの手のひらのような。
「……カノジョ」
声がした。振り返ると、博士が立っていた。彼は、端末を手に、何かを確認している。その顔には、驚きと、そして何かを確信したような色が浮かんでいた。
「博士! 見てよ、これ!」
カノジョが、手のひらを差し出す。光は、まだ消えていない。桃色と、銀色と、金色が混ざり合った、柔らかな光。
「……それは」
博士が、端末を向ける。でも、そのデータは記録できない。何も表示されない。ただ、彼の目にはっきりと、その光が映っている。
「……解析不能だ。この光は、記録できない」
「……そっか」
カノジョが、その光を見つめる。
「じゃあ、これは、私だけのものなんだね」
博士は努めて冷静にカノジョに伝える。
「……カノジョ。君は、この世界を自由に歩ける。桃太郎の世界も、赤ずきんの世界も、人魚の世界も──君は、すべての境界を越えられる」
「……それが、どうしたの?」
「それが、どうした、ではない」
博士は、真剣な目で彼女を見た。
「その力は、この世界の『鍵』だ。すべての物語を繋ぐ、伝線のような存在だ」
「……伝線」
カノジョが、その言葉を繰り返す。
「それって、どういう意味?」
「……まだ、確かなことは言えない」
博士は、首を振った。
「でも、ひとつだけ言える。君は、この世界で最も特別な存在だ。だからこそ──」
「……だからこそ?」
「──システムは、君を狙っている」
(第4話後半へ続く)




