第2話(後半)「記憶のループ」
その時、会議室のスピーカーから、音声が流れた。システムの声だった。
『統合は順調に進行しています。すべての物語は、まもなく完璧な一つの形に収束します』
「……完璧な形?」
雇い主が、顔を上げる。
『ええ。傷つく者が出ない、永遠に続く完璧な物語です』
「……それのどこが、完璧なんだ」
カレシが、立ち上がる。彼の声は、震えていた。
「彼らは、自分が何をしているのか、分かっているんだ! 自分が繰り返していることに気づいて、苦しんでいるんだ! そんなの、救いじゃない!」
『……それでも、彼らは傷つかない。それが、私たちの目的です』
「……目的」
カレシが、その言葉を繰り返す。彼の手が、震える。
「そんな目的のために、彼らの人生を、人形にするのか?」
システムは、答えなかった。
代わりに、窓の外で、三つの声が同時に響いた。
「俺は、鬼を倒す」
「私は、狼に食べられる」
『泡になることが、正しい』
三つの声が、重なる。それは、まるで一つの曲のように、調和していた。でも、その調和は、どこまでも冷たかった。
「……彼らは、もう」
カレシが、窓の外を見つめる。
桃太郎。赤ずきん。リラ。三人は、それぞれの世界を歩いている。でも、その歩みは、もう迷いを含んでいなかった。
「……彼らは、もう自分の物語を、歩いていない」
その時、カノジョが、静かに立ち上がった。
「……私、行く」
「どこへ?」
雇い主が、尋ねる。
「みんなのところへ」
カノジョは、窓の外を見つめた。
「だって、彼らはまだ、そこにいるんだよ。たとえ自分が分からなくても、彼らはまだ、生きてる」
「……何をするつもりだ」
カレシが、尋ねる。
カノジョは、微笑みながら、首を横に振った。
「……分からない。でも、何かをする」
彼女は、窓を開けた。外の空気が、流れ込んでくる。それは、三つの世界が混ざり合った、澱んだ空気だった。
「……待ってて、みんな」
カノジョが、外へ飛び出した。
その背中を見送りながら、カレシは、自分の端末を見つめた。画面には、リラの最後のログが表示されている。
『怖い』
その言葉は、もう消えようとしていた。
「……覚えてるよ」
カレシは、静かに言った。
「あなたのその声を、俺は、覚えてる」
その言葉は、誰にも届かなかった。でも、彼の手の中で、端末の画面が、一瞬だけ、かすかに光った。
【システムログ:融合セクター・観測記録】
現実確率:34.7%
歪みレベル:大
――複数のセクター住人の記憶混在を確認。
――住人の感情データ、順次「固定値」へ書き換え中。
――桃太郎:同一台詞の反復を確認。身体的反応(手の震え)を伴う。
――赤ずきん:泣きながら台詞を反復。自己認識の断片的回復を確認。
――リラ:「怖い」という感情の泡を一瞬だけ発現。直後に固定化。
――システム、記憶の統合を継続。個人の境界が消失中。
――観測者、世界の中心へ向けて移動開始。
観測を継続します。
──次回予告──
「観測者が、観測される」
カノジョが、三つの世界を歩く。
彼女だけが、まだ自由だ。
「……なぜ、君だけが境界を越えられるんだ?」
次回、システムが、観測者を観測し始める。
(第3話へ続く)




