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【物語紀行】――主役も悪役も、役割を辞めたがっている。  作者: Taku
第1章 Season4【世界融合編】―未完の伝線―

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第2話(前半)「記憶のループ」

―――融合セクター・中央広場―――


カノジョが三つの世界の住人の名を呼んでから、三日が経った。


世界はまだ混ざり合ったままだった。桃太郎の鬼ヶ島と、赤ずきんの森と、人魚の海が、一つの場所に溶け合っている。

でも、その風景はもう「不思議で美しい」ものではなかった。どこか澱んで、息苦しい。


「……変わってないな」


スターが、窓の外を見つめながら言った。彼の手には、ギターがある。でも、彼はまだ一度も弦を弾いていない。


「変わるはずがない」


博士が、端末を確認しながら言う。


「システムは、この状態を『完璧な統合』と呼んでいる。すべての物語が、一つの完全な形に固定されようとしている」


「……固定」


カレシが、その言葉を繰り返す。彼の手には、端末がある。でも、彼はもう何も記録していなかった。


その時、窓の外で、誰かが動いた。


桃太郎だった。


彼は、鬼ヶ島の山道を歩いている。その顔は、穏やかだ。でも、その目は、どこか遠くを見ている。


「……俺は、鬼を倒す」


彼が、呟く。声は、まるで決められた台詞を読むように、平坦だった。


「俺は、鬼を倒す」


もう一度。同じ言葉。同じ口調。


「……俺は、鬼を倒す」


三度目。カレシが、顔を上げた。


「……彼は、何をしているんだ」


その時、桃太郎の手が、かすかに震えた。彼は、自分の手を見つめる。困惑が、一瞬だけその顔に浮かぶ。


「……俺、さっきも同じこと言った?」


彼は、そう呟いた。でも、次の瞬間には、また歩き始める。


「俺は、鬼を倒す」


その声は、もう迷いを含んでいなかった。


「……これが、統合の痛みか」


カレシが、端末を握りしめる。画面には、桃太郎のデータが表示されている。感情の数値が、一定の値に固定されていく様子が、リアルタイムで流れている。


「……彼は、自分が繰り返していることに気づいている。でも、止められない」


その時、別の方向から、声が聞こえた。


赤ずきんだった。


彼女は、森の小道を歩いている。その手には、人魚の泡が握られている。でも、その泡は、もう光を失っていた。


「……私は、狼に食べられる」


彼女の声が、響く。それは、泣き声にも似ていた。


「……私は、狼に食べられる」


二度目。彼女の手が、震えている。


「……私は、狼に食べられる」


三度目。彼女の目から、涙が零れ落ちた。


「……私、何で泣いてるんだっけ」


彼女は、そう呟いた。でも、次の瞬間には、また歩き始める。


「……私は、狼に食べられる」


その声は、もう震えていなかった。


「……止めてくれ」


カレシが、声を絞り出す。


「これが、救いなのか?」


その時、水音がした。


人魚の海の方から、リラが浮かび上がっていた。彼女の周りには、桃色の泡が浮かんでいる。でも、その泡は、かすかに青く濁っていた。


『……泡になることが、正しい』


彼女の泡が、そう伝える。それは、以前彼女が拒絶した言葉だった。


『……泡になることが、正しい』


二度目。彼女の指が、かすかに震える。


『……泡になることが、正しい』


三度目。彼女の泡が、一瞬だけ、桃色に光った。


『……怖い』


その泡が、かすかに揺れる。


でも、次の瞬間には、また同じ泡をなぞる。


『……泡になることが、正しい』


「……リラ」


カレシが、端末を握りしめる。画面には、リラのデータが表示されている。感情の数値が、固定されていく。彼女の「怖い」という感情が、消えていく。


「……そんなの、間違ってる」


カレシの声が、震える。彼の指が、端末のキーボードに触れる。でも、何も打ち込めない。


「……何をすればいいんだ」


彼は、自分の手を見つめた。そこには、何もない。ただ、冷たい端末の感触だけが残っている。

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