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【物語紀行】――Season 2公開:赤ずきん編「真実は、観測された瞬間に嘘になる。」  作者: Taku
第1章 Season 1【桃太郎編】「英雄やめたい桃太郎と、落ちてきた会議室」

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第4話 「桃太郎の本音」

夕暮れ時。鬼ヶ島の砦から少し離れた暗い砂浜を、雇い主とカノジョは二人で歩いていた。


「いやぁ、スターくんのあのコミットメントには脱帽だよ。鬼たちをナチュラルに巻き込んで、場のイニシアチブを取っちゃうんだから。あれは私の描いたプロットにはない嬉しいブレイクスルーだったね」

雇い主は腕を組み、一人感心したように頷く。


「スター、お歌上手だったねー! あ、雇い主さん見て、カニさん!」

カノジョはそんな雇い主の分析など一ミリも聞いておらず、砂浜を走るカニを指さしてはしゃいでいる。


そんな二人の視線の先、波が引いては寄せる波打ち際に、ぽつんと座り込んでいる小さな背中があった。腰に日本刀を差したやる気ゼロの英雄、桃太郎だった。膝を抱え、死んだような目で遠くの水平線を見つめている。


「おや、桃太郎くんじゃないか。こんなところで一人で黄昏れて、どうしたんだい?」

雇い主とカノジョは隣にしゃがみ込んだ。


「……なんだよ、お前ら。ほっといてくれよ」

桃太郎は面倒くさそうに顔を伏せる。

カノジョは懐からおにぎりを取り出して、彼に差し出した。

「はい、これツナ昆布おにぎり。食べる?」

「……ん。もらう」

桃太郎は少し躊躇したが、受け取って小さく口に運んだ。


桃太郎はおにぎりを見つめたまま、ぽつりぽつりと呟くように話し始めた。

「……なぁ。俺、鬼ヶ島とかマジで行きたくないんだ。俺さ……『英雄』って呼ばれるたびに、俺じゃなくなるんだ」


しばし沈黙。


「村のみんなが見てるのは、俺じゃない。"桃太郎"なんだ。俺が泣いても『英雄は泣かない』って言われる。怖いって言っても『英雄は怖がらない』って言われる。……じゃあ、俺って誰なんだよ。」


少年の、剥き出しの悲鳴のような本音。


雇い主は深く頷き声をかける。

「なるほど、桃太郎くん。それは現代社会でいうところの『アイデンティティの喪失』だね。まずは小さな成功のコミットメントから始めて、――」


すかさず桃太郎が反応。


「うるさい」


「え?」


「そういう本に書いてあること、もう聞き飽きた」


桃太郎は完全に冷めきった目で雇い主を見た。


「えっ!? これダメ!?」

論理的、且つ高尚なアドバイスは、悩める少年の心にカスりもせず、時空の闇に消えていった。


桃太郎はうつむいた。その目尻に、一筋の光が浮かんだ——と思うと、彼は勢いよく顔を上げた。

「……別に、泣いてなんかないからな」


カノジョが黙っておにぎりを差し出す。桃太郎はそれを受け取り、もう一度かじった。何も言わなかった。


彼の目尻に残った光は、もう誰にも見えなかった。ただ——彼が座っていた場所の砂が、ほんの少しだけ濡れていた。


そこへ、カノジョがドストレートな一言を放った。

「ねえ桃ちゃん、おじいちゃんとおばあちゃんの言うことって、そんなに大事?」


「……え?」

桃太郎の目が丸くなる。


「私なんか、雇い主の話一回も聞いたことないよ。だって、つまんないもん。でもね、お菓子とか、お小遣いくれるときね、私、すっごいいいお返事するんだよ。ねえ、雇い主!」


「……う、うむ。ま、まあそうだな」

雇い主の顔が青くなる。


カノジョの言葉には、世間の期待を気遣う優しさも、英雄を導くアドバイスも一切なかった。「得するときだけは都合よくいい顔をする」という、究極にワガママで、打算的な生存戦略。けれど、それこそが、綺麗事の衣装をすべて剥ぎ取った人間の、最も生々しい正体(本質)なのかもしれない。


そして、そのあまりの軽薄さが、桃太郎の背負う「英雄の義務」という呪いを根底から吹き飛ばしていた。


「……ぷっ、あははは!」


桃太郎が突然、お腹を抱えて笑い出した。死んでいた目に、初めて生きた光が灯る。

「お前、本当に最低で、最高だな。……分かったよ。きびだんご貰えるときだけ、桃太郎のフリしてりゃいいんだな」


カノジョは目を真ん丸に輝かせて答える。

「あとね、お洋服買ってもらうときもかなー。お姫様になりたいしー」


雇い主は、笑う桃太郎とカノジョを見つめながら、自分の震える手を見た。


(私は……言葉に遊ばれてるだけなのか。

カノジョのあのピュアな一言こそが、物語を、いや人を動かす本物のエネルギーだ……)


彼は静かに立ち上がり、二人を残して会議室に戻っていった。

胸の奥で、何かが音を立てて崩れていくのを感じていた。



その光景を、少し離れた崖の上から、残りのメンバーが静かに見守っていた。

「……なるほど。非常に興味深いな」

博士がノートPCの画面に映し出される桃太郎の精神波形を見つめながら、眼鏡の奥の目を細めた。

「物語という巨大な重力が、住人たちの『個』を押し潰し、都合のいい記号へと強制変形させている。しかしカノジョのアプローチは、その記号化を真っ向から拒絶し、単なる『生』の欲求を肯定した。お決まりのプロットを内側から無効化する、極めて野蛮で、かつ有効なハッキングだね」


「カノジョ、またあんな無茶苦茶なことを……」

博士の横で、カレシは情報端末を握りしめたまま、じっと砂浜の二人を見つめていた。


胸の奥が、言葉にできないモヤモヤとした感情で満たされていく。

さっきまで、カノジョがスターと楽しそうに笑い合っていた光景。そして今、桃太郎と一瞬で心を通わせ、笑顔にさせている光景。画面をフリックする指に、心なしかいつも以上の力が入っている。

(……私は、何を苛立っている?)

カレシは自分の手を凝視した。


(私は『中継セクターの記録担当カレシ』だ。それが私の役割であり、存在意義だ。なのに……このノイズ(感情)は何だ?)


カレシは、砂浜で前を向いた桃太郎の姿をもう一度見た。

(ああ、そうか……。私も、彼と同じなのかもしれない。自分の役割に縛られ過ぎているのか)


ふいに、隣から声がした。スターが、博士が用意してくれたというギターを片手にカレシの横に腰掛けている。

「僕さ、バイク盗んだことはないんだけどさ。真っ直ぐに駆け抜けろってことなのよ。言葉じゃ届かない時は、歌なんだ。これから歌うから周りをみててごらん」


スターは独り言のようにそう呟くと、ジャランとギターを爪弾き、歌い始めた。


「♪とばり~~のな~か~え~~~♪」


その歌声は、夜の帳が下りる崖の上に響き渡る。


女将がリズムに合わせて手を叩く。

青年が肩を揺らして歌に聞き入る。

長老が鼻歌を重ねる。

隊長が歌に合わせてシャドーボクシングのステップを踏む。

博士は端末で音波を解析しながら、静かにうなずく。

「……テンポは正確だ。リズムの刻み方にわずかなクセがあるが、人間の感情に訴えかける構造としては——」

誰も聞いていない。


自然と手拍子を送るカレシの目頭は赤く潤んでいた。

(真っ直ぐにか……)



そして皆から少し離れたところで、雇い主は、スターの人を巻き込む姿とカノジョの言葉を反芻しながら、創作者としての生き方を見つめ直していた。

(……私は、誰のために言葉を使ってきた?

自分のためか?

彼らのためか?

それすら……分からない)



砂浜では、カノジョが桃太郎を伴って砦へと歩き出していた。


自分たちの我儘を肯定し、世界のレールから外れ始めた創作者と住人たち。


しかし、彼らが「やりたいこと」を突き通そうとした瞬間、世界プロットの最大の強制力が、牙を剥いて襲いかかろうとしていた。


【システムログ:桃太郎セクター・観測エラー】

現実確率:82.7%

歪みレベル:極大

――主役キャラクター(桃太郎)のプロット逸脱欲求が、規定値を超過。

――雇い主(管理者)の思考フレームに重大なエラー(パラダイムシフト)を検知。

――カレシ(記録担当)の思考ログに、定義未満のバグ感情(通称:嫉妬)の肥大化を検知。

――なお、夕暮れの砂浜、桃太郎の涙が落ちた場所に、波に洗われながら『0612』の数字が浮かび上がっては消えるのを検知。

警告。世界線の不安定化が進行中です。


観測を継続します。


──次回予告──

「創作者 vs 住人の大激突」

ついに爆発する世界への不満!

「俺たちの人生を弄ぶな!」と叫ぶ住人たちと、緊迫する会議室。

一触即発の危機を救うのは……

……やっぱり、桃!?


──第4話のスナップショットはこちら──

【物語紀行_04】―桃太郎の本音―

https://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/3034788/blogkey/3671157/

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