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【物語紀行】――主役も悪役も、役割を辞めたがっている。  作者: Taku
第1章 Season3【人魚姫編】「声は沈んだ。想いは浮かんだ。」

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第8話「そして、物語は浮上する」

―――海の底・最深部・古い泡の前―――


古い泡が割れてから、海の底はゆっくりと変わり始めていた。


最初は、かすかな光だった。桃色。青。白。銀。緑。金色。すべての色が混ざり合い、海の底全体を包み込んでいる。それは、泡の光ではなかった。世界そのものが、光を放っているのだ。


「……これが」


雇い主が、その光の中で立ち尽くす。


「『歌』ってやつか」


誰も答えなかった。でも、その光は確かに、彼らの心に響いていた。


集落に戻ると、人魚たちが集まっていた。


彼女たちの泡は、もう青だけではなかった。それぞれが、それぞれの色で光っている。桃色。銀色。金色。淡い緑。そして──白。


でも、その白は違っていた。以前の白は「終わり」の色だった。でも、今の白は、温かく、柔らかい。まるで、新しい何かの始まりを告げるような光だった。


「……泡になることが、終わりじゃないんだ」


カレシが、静かに言う。


「この世界では、泡になることは、新しい形で存在し続けることだったんだ」


リラが、彼の隣に立っている。


彼女の泡は、もう青ではなかった。桃色と銀色が混ざった、温かい光。彼女は、自分の泡を見つめながら、静かに息を吸った。


その時──泡守が、前に出てきた。


彼の周りの泡は、以前の白ではなく、かすかに桃色が混ざっていた。彼は、深く息を吸うと、ゆっくりと泡をなぞった。


『……私も、変わろうと思う』


彼の泡が、静かに揺れる。その白い光が、ゆっくりと──


桃色に変わった。


『……』


人魚たちが、息を呑む。


泡守の泡が、完全に桃色に変わった。彼は、長い間守り続けてきた白い泡を、ついに手放したのだ。


『長い間、青い泡を守ってきた。それが、正しいと思っていた。でも──』


彼は、リラの方を見た。


『──変わることが、必ずしも壊すことではないと、教えられた』


リラは、何も言わなかった。でも、彼女の泡が、優しく輝いた。


その時──スターが、ギターを抱えて、中央に立った。


「……そろそろ、行くか」


彼は、何も言わずに、弦を爪弾いた。


――ジャラン。


低く、優しい音が、海の底に広がる。


その音が鳴った瞬間──海の底全体が、一層強く輝いた。


泡が、光の粒となって、浮かび上がる。


「……!」


人魚たちの泡が、次々と光の粒になる。彼女たちは声を取り戻したわけではない。でも──存在そのものが、歌になっていた。


リラも、その光の中に立っている。


彼女の身体が、徐々に光の粒に変わり始める。


『……ありがとう』


彼女の最後の泡が、そう伝えた。


カレシは、その光を見つめながら、静かに言った。


「……こちらこそ」


リラが、微笑んだ。声はない。でも、確かに微笑んだ。


彼女の身体が、光の粒となって、海の底を浮かび上がっていく。


その時──


リラが、口を開けた。


彼女の口から、音が漏れた。


「──あ」


たった一音だった。高くもなく、低くもなく。ただ、そこに在るだけの音。


でも──


その一音が、海の底全体を震わせた。


泡が、一斉に光った。魚が、珊瑚が、海草が、すべてがその音に共鳴して、輝き始める。


「……!」


集落が、静まり返る。


人魚たちが、泡を止める。魚たちも、珊瑚も、すべてが動きを止めて、リラを見つめている。


リラは、もう一度、口を開けた。


「……ありがとう」


かすかに、確かに。


彼女の声は、二度目の音だった。でも、その音は、海の底に確かに響いていた。


「……私、ここにいたい」


それが、彼女の最初で最後の言葉だった。


彼女の身体が、光の粒となって、海の底から浮かび上がっていく。その光は、他の誰よりも強く、美しく輝いていた。


会議室が、ゆっくりと浮上し始めていた。


「……戻るのか?」


雇い主が、窓の外を見つめながら言う。


「どうやら、そのようだ」


博士が、静かに答える。


窓の外では、光の粒が無数に舞い上がっている。人魚たちの泡が、海の底から空へと向かっているのだ。


「……声を失っても、存在が歌になる」


雇い主が、呟く。


「それが、この世界の物語なんだな」


その時──


「はい、これ」


女将が、彼の手に温かいスープの入った水筒を差し出した。


「……ありがとう」


雇い主は、それを受け取って、そっと口にした。


「温かい……」


「声がなくても、温かさは届くものよ」


女将が、微笑む。


「……確かに」


雇い主が、小さく笑った。


光が、視界を埋め尽くす。


会議室が、海の底から浮上していく。泡が、光の粒となって、彼らの周りを舞っている。


「……みんな、ちゃんと歌ってる」


カノジョが、窓の外を見つめながら言う。


「声がなくても、ここにいることが、歌なんだ」


彼女の手のひらに、一つの光の粒が舞い降りた。


桃色の、温かい光。


「……ありがとう、リラちゃん」


カノジョが、その光を握りしめた。


会議室が、水面を突き破った。


空が、広がっている。青く、高く、どこまでも続く空。


「……戻ったんだな」


隊長が、窓の外を見つめて言う。


「ああ」


スターが、ギターを抱えたまま、うなずく。


「戻ったよ」


その時──彼のギターの音が、最後の一音を奏でた。


――ジャラン。


その音が、海の底から水面を突き抜けて、空へと昇る。


泡が、光の粒となって空へ昇る。人魚たちは声を取り戻さない。でも、存在そのものが歌になった。


「……これが、君たちの物語だ」


雇い主が、静かに言った。


「声を失っても、存在そのものが歌になる」


誰も答えなかった。でも、その言葉は確かに、彼らの心に響いていた。


その時──


カノジョが、窓辺に立っていた。


彼女の手のひらには、まだリラの光の粒が残っている。彼女は、その光を窓の外に向けて放った。


光の粒が、風に乗って、どこかへ飛んでいく。


「……届いたよ」


彼女は、誰に言うでもなく、呟いた。


その声は、海の底から空へと昇る光の粒のように、確かに、そこにあった。



【システムログ:人魚セクター・最終ステータス】


現実確率:29.1%(安定化傾向)

歪みレベル:中(観測可能)


――セクターステータス:『浮上(進行中)』


――人魚たちの泡は光の粒となって空へ。彼らは声を取り戻さないが、存在が歌となった。


――リラ、最初で最後の声を発する。「──あ」の一音が海全体を震わせた。


――泡守、白い泡を桃色に変える。完全な変化の受容を確認。


――コード:0612、リラの一音に共鳴して浮上。カノジョのみが視認。


――警告:次なるセクターにて、複数の物語世界の混在を予測。


――観測チーム、次のセクターへの移動準備を開始します。



──次回予告──


次回、Season4の前に、元の世界に戻った彼らに束の間の休息、いや新たな試練が待ち受けていた。

幕間③:『― 他作品を読んでみた ―』

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