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【物語紀行】――主役も悪役も、役割を辞めたがっている。  作者: Taku
第1章 Season3【人魚姫編】「声は沈んだ。想いは浮かんだ。」

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第6話「存在そのものが歌になる」

―――海の底・人魚集落・翌朝―――


リラの泡が桃色に変わってから、集落の空気は静かに、そして確実に変わり始めていた。


最初は、リラの隣にいた幼い人魚の泡だった。彼女の泡は、かすかに桃色が混ざっていた。次に、リラの親しい人魚の泡が、銀色に輝き始めた。さらに、集落の端にいた年配の人魚の泡が、淡い緑色に変わった。


「……広がってるな」


スターが、その光景を見つめながら呟く。


「リラの変化が、少しずつ他の人魚たちにも伝わってるんだ」


カノジョが、リラのそばに座りながら言う。


「声がなくても、伝わるんだね」


リラは、自分の泡を見つめている。桃色の光が、彼女の指先で優しく揺れている。それは、まるで彼女自身が初めて見る光のように、新鮮で、少しだけ不思議そうだった。


その時だった。


泡守が、リラの前に現れた。


彼は、白い泡を揺らしながら、静かにリラを見つめている。その目には、困惑と、どこか悲しみにも似た色が浮かんでいた。


『……リラ』


彼の泡が、冷たく輝く。


『あなたの泡が、周囲に影響を与えている。それは、私たちの秩序を壊すことだ』


リラは、その白い泡を見つめた。でも、彼女はうつむかなかった。


『桃色は、私たちの色ではない。青こそが、私たちの在り方だ』


「……そうかな」


カノジョが、立ち上がった。


泡守が、彼女の方を見る。


「リラちゃんの泡は、リラちゃん自身の色だよ。誰かに決められるものじゃない」


『……あなたたちは、外から来た者だ。私たちの世界を、知らない』


「知らないよ。でも──」


カノジョは、リラの手を握った。


「──知ろうとしている。一緒に」


泡守は、何も言わなかった。でも、その白い泡が、わずかに揺れた。


その日、スターはリラに音楽を教えようとしていた。


彼は、小さなギターを抱えて、リラの前に座っている。


「……こうやって、指を置くんだ」


スターが、ゆっくりと弦を弾く。優しい音が、海の底に広がる。


リラは、その音を聞いている。彼女の目が、少しだけ輝いている。


「……やってみる?」


リラは、うなずいた。


彼女は、ギターに手を伸ばした。指先が、弦に触れる。でも──音が出ない。彼女の指は、震えている。


もう一度。弦を弾く。かすかな音が、海の底に消えた。


リラは、自分の手を見つめた。その目には、悔しさが浮かんでいる。


『……できない』


彼女の泡が、かすかに揺れる。


スターは、静かにギターを置いた。


「……そうだな。俺が教えようとしても、上手くいかないな」


彼は、立ち上がった。そして、リラの前に立つ。


「……俺が歌ってみる」


スターは、深く息を吸った。


そして──歌った。


彼の声が、海の底に広がる。美しい。完璧な。誰もが認めるような歌声。


でも──


海は、反応しなかった。


泡は、揺れなかった。魚も、珊瑚も、何も変わらなかった。


「……!」


スターは、もう一度歌う。今度は、もっと感情を込めて。


それでも、海は動かなかった。


「……なぜだ」


スターの声が、初めて焦りを帯びる。


その時だった。


リラが、そっと手を伸ばした。彼女の指先から、一つの泡が浮かび上がる。桃色の、小さな泡。


その泡が、海の底に広がった瞬間──


海が、光った。


魚が、泳ぎ始めた。珊瑚が、輝いた。泡が、呼吸するように膨らみ、縮む。


スターは、その光景を見つめたまま、動けずにいた。


「……そうか」


彼は、静かに呟いた。


「歌うことじゃない」


彼は、リラの方を見た。


「そこにいることだったんだ」


リラは、何も言わなかった。でも、彼女の泡が、優しく輝いた。


その夜、海の底が変わった。


リラが泡をなぞるたびに、その光が周囲に広がっていく。桃色の光が、他の泡に触れる。青い泡が、ほんの少しだけ、色を変える。


そして──魚が、泳いだ。今まで動かなかった魚が、リラの泡の光に触れて、優雅に回遊し始める。珊瑚が、光を反射して輝く。海草が、流れに揺れて、まるで呼吸しているかのようだった。


「……海が、動いてる」


カレシが、その光景を見つめて言う。


「リラの変化が、海そのものを変え始めてるんだ」


リラは、泡をなぞる手を止めた。彼女は、自分の周りで起きている変化を、静かに見つめている。


『……私が』


彼女の泡が、揺れる。


『──私が、変えたの?』


「ああ」


カレシが、うなずく。


「君が、変えたんだ」


リラは、何も言わなかった。でも、彼女の泡が、一層強く輝いた。


その時──泡守が、遠くからその光景を見つめていた。


彼の周りの白い泡が、かすかに揺れている。彼は、何かを考えているようだった。


『……変わっていくのか』


彼は、誰に言うでもなく、呟いた。


『この世界が、変わるのか』


彼の泡が、静かに揺れた。


その夜、リラは初めて、自分の泡で「これから」をなぞった。


桃色の光が、海の底に広がる。それは、彼女の未来を描くように、ゆっくりと、確かに。


『──私は、ここにいたい』


その泡は、そう伝えていた。


カノジョが、その泡を見つめながら、微笑んだ。


「……うん。それが、リラちゃんの歌だよ」


海の底が、光で満たされていく。それは、新しい始まりの光だった。



【システムログ:人魚セクター・観測記録】


現実確率:33.8%

歪みレベル:極大


――セクター全体の光量上昇を確認。泡の色が多様化。


――スター、「歌うことではなく、そこにいること」と気づく。


――魚や珊瑚など、環境そのものがリラの泡に反応し始める。


――泡守、変化に対して静かな困惑を示す。彼の白い泡に、かすかな亀裂が入る。


――コード:0612、再浮上の兆候を確認。


観測を継続します。



──次回予告──


「忘れられた泡の記憶」


海の底が光で満たされた夜。

カレシは、一つの泡に触れる。


「……これは、誰かの『始まり』だ」


次回、Season4への布石が、ついに明かされる。

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