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【物語紀行】――主役も悪役も、役割を辞めたがっている。  作者: Taku
第1章 Season3【人魚姫編】「声は沈んだ。想いは浮かんだ。」

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第5話(後編)「カノジョ、泡の中に飛び込む」

―――泡の中・第二層―――


青い世界が、深くなっていく。泡の数が増え、その光が強くなる。


その中に、一つの大きな泡があった。


その中に、リラがいる。今のリラよりもずっと幼い。彼女は、誰かの前に立っている。その誰かの顔は、見えない。でも、その手が、リラの手を握っている。


リラが、口を開ける。


『……私、』


彼女の声が、かすかに聞こえる。


『──伝えたいことが、あるの』


でも──


その時、リラの口から、泡が出てきた。言葉ではなく、泡。彼女の声は、泡になって消えていった。


『……え?』


リラが、もう一度口を開ける。また、泡。言葉にならない。


『……声、出ない』


彼女の目が、揺れる。


『──誰か、聞いて』


でも、誰も、振り返らない。


リラは、その場に立ち尽くした。彼女の周りの泡が、すべて、青く変わった。


カノジョは、その記憶の中に立っていた。


彼女は、幼いリラの前にしゃがみ込もうとした。


その時──


バチン。


何かが、カノジョを弾き飛ばした。


「……!」


カノジョの身体が、後ろへ倒れる。彼女は、青い世界の中を何度か転がって、ようやく止まった。


「……何、これ」


彼女が顔を上げると、幼いリラの姿が歪み始めていた。その目が、カノジョを見つめている。でも、その目には、もう涙はなかった。


『……あなたも』


リラの声が、冷たく響く。


『あなたも、帰るんでしょ』


「……違うよ」


カノジョが、立ち上がる。


『みんな、そうだ。誰も、私を見ていない』


「見てるよ」


カノジョが、一歩前に出る。


『……嘘つき』


リラの記憶が、さらに歪む。青い世界が、濁り始める。


『あなたも、いなくなる』


カノジョは、もう一歩前に出た。


「……いなくならないよ」


『……!』


リラの記憶が、カノジョを押し戻そうとする。強い光の壁が、彼女の前に立ちはだかる。


カノジョは、その壁に手を触れた。冷たい。まるで、氷のように。


「……冷たいね」


彼女は、もう一歩前に出た。


「でも──」


彼女の手のひらから、かすかに温もりが漏れる。


「──私は、冷たいままで終わりたくない」


光の壁が、震える。


カノジョは、その壁を押しのけるようにして、前に進んだ。


「もう一回、行くよ」


彼女は、幼いリラの前に立った。



―――泡の中・最深部―――


リラの記憶が、再び形を取り戻していく。


幼いリラが、そこにいた。彼女の目には、まだ涙が浮かんでいる。


「……ねえ」


カノジョが、しゃがみ込んだ。


リラが、顔を上げる。


「あなたの声、ちゃんと、ここにあるよ」


リラの泡が、かすかに震える。


「私が、聞いてるよ」


カノジョは、リラの手を握った。


「だから──もう、大丈夫だよ」


その時──リラの泡が、光った。


桃色の光が、青い世界を貫く。


「……!」


周囲の泡が、次々と桃色に変わっていく。


記憶の中のリラが、ほんの少しだけ、微笑んだ。


『……ありがとう』


その言葉は、泡にならなかった。


でも、確かに、届いていた。


カノジョは、その光の中で、立ち上がった。


「……帰ろう。みんな、待ってるから」


彼女は、光の中へ歩いていった。



―――海の底・人魚集落―――


カノジョが泡の中に消えてから、どれほどの時間が経っただろうか。


集落の人魚たちは、リラの泡を見つめている。青い泡が、ゆっくりと、桃色に変わっていく。


「……変わってる」


スターが、呟く。


「ああ」


カレシが、静かにうなずく。


その時──リラの周りの泡が、一斉に光った。


青。桃。白。銀。緑。すべての色が混ざり合って、一つの大きな光の塊になる。


そして──その光の中から、カノジョが現れた。


「……ただいま!」


彼女は、笑っていた。


リラの泡は、もう青だけではなかった。桃色と銀色が混ざった、新しい色。


『……ありがとう』


その泡が、そう伝えていた。


カノジョは、リラの手を握った。


「うん。届いたよ」


その時──彼女の視線の端で、一つの虹色の泡が、ゆっくりと浮かび上がった。


他のどの泡とも違う光。


カノジョの心臓が、もう一度、強く脈打った。


「……また、来たね」


彼女は、誰に言うでもなく、呟いた。



【システムログ:人魚セクター・観測記録】


現実確率:計測不能

歪みレベル:──(システム停止中)


――カノジョ、リラの泡の中へ突入。


――泡の中の記憶:第一層(幼少期の記憶)・第二層(声を奪われた瞬間)を確認。


――カノジョ、二度目の突入に成功。幼いリラと接触。


――カノジョの接触により、リラの泡が桃色へ完全に変化。


――システム監視、一時的に完全停止。原因:カノジョの「共鳴」がシステムを超えた可能性。


――コード:0612、浮上を確認。カノジョのみが視認。


観測を継続します。


──次回予告──


「存在そのものが歌になる」


海の底が、光で満たされていく。

人魚たちの泡が、次々と色を変える。


「声がなくても、ここにいること自体が歌なんだ」


次回、Season3の核心が、ついに明かされる。

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