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【物語紀行】――主役も悪役も、役割を辞めたがっている。  作者: Taku
第1章 Season3【人魚姫編】「声は沈んだ。想いは浮かんだ。」

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第1話(後編)「会議室、海の底に沈む」

―――会議室に戻って―――


カノジョが会議室に戻ると、女将が待っていた。


「おかえりなさい」


女将は、カノジョの肩を優しく抱き寄せながら、温かいスープの入った水筒を手渡した。


「中継セクターから持ってきたものよ。まだ温かいわ」


「わーい♪あっ、博士!ツナ昆布おにぎりは?」


スープの湯気に目を輝かせながらも、ちゃっかり本命の進捗を確認する。


博士は小声で呟く。

「あー、もうちょっとだ」

(セクター間転送で余計なことをすると監査役から指摘入るしな)


カノジョは、水筒を両手で包んだ。

その温もりが、冷えた指先に染み込んでいく。


女将は、カノジョの頭を優しく撫でた。


「声は届かなくても、お腹の底が温かくなれば、人間は怖くなくなるものよ」


カノジョは、小さくうなずいた。


スターも、水筒を受け取って一口すする。


「……沁みるなあ」


「スターさんもお疲れさま」


女将が微笑む。


その時――


「……私の分は?」


雇い主が、控えめに、しかし確かな声で尋ねた。


女将が振り返る。


「ありますよ」


「……よかった」


雇い主が、ほっとしたように肩の力を抜く。その小さな安堵が、会議室の空気を少しだけ和らげた。


その時、会議室のホワイトボードに文字が浮かんだ。


『ミッション:海の底の歌を記録せよ』


「……歌?」


雇い主が、その文字を見つめる。


「声がないのに、歌を記録しろってのか?」


博士が呟く。しかし、彼の目は、もう「分析不能」を恐れていなかった。


「……やるしかないな」


博士は、そう言って端末を開いた。


カレシは、人魚とカノジョを見つめながら、自分の端末を閉じた。


(記録できないものを、どう記録するのか――それは、僕がこの旅でずっと向き合ってきた問いだ)


彼は、端末を置いた。


「……僕も、行く」


「カレシ?」


雇い主が驚く。しかし、カレシはもう窓の外へと歩み出ていた。


その背中を見送りながら、スターはギターを抱えて微笑んだ。


「いいね。その感じ」


彼はギターを肩に掛け、窓の外の漆黒を見渡した。


「……海のライブか。悪くない」


「ところで観客は?」


カノジョが窓の外を指さす。


「そこにウツボさんいるよ」


スターは指さされた方向を見て、一瞬だけ顔を引き攣らせた。


「……なんか怖いな」


でも、彼はもう笑っていた。


海の底に、三人が立っている。


カノジョ、カレシ、スター。


彼らはまだ、何も知らない。この世界がどんな物語を持っているのか。リラという名の若い人魚が、どんな願いを抱えているのか。海が、毎日少しずつ深くなっていることを。


でも――


「……歌、見つけに行こう!」


カノジョが言った。


その声は、水の中では音にならなかった。


けれど。


三人の足元で、小さな泡が一つだけ桃色に光った。


その泡は、進む先を知っているように、ゆっくり前へ浮かんでいった。


世界が小さく息をした。



―――中継セクター・並行観測―――


青年は端末の画面を睨んでいた。


『……青年さん』


学生の声が真剣だった。


『さっきの虹色の泡、下層へ沈んでいってます。このセクターの最深部に向かって。何か分かりますか?』


「……あの泡は、この世界の『始まり』かもしれない」


青年は呟く。


「俺たちが今まで見てきた世界も──あの泡の中に沈んでいる気がする」


学生は何も言わなかった。でも、その沈黙は了解の代わりだった。



【システムログ:人魚セクター・初期観測】


現実確率:計測不能

歪みレベル:小


――未確認オブジェクト(会議室)の海底着地を確認。


――対象セクターの深度:浅層。光量:極小(会議室の非常用照明のみ)。


――住人の音声データ:全員欠落。代わりに泡による意思疎通を確認。


――観測者カノジョの触覚による反応を確認。泡が初めて桃色に発光。


――スターのギター音が泡を震わせる現象を確認。


――なお、観測者の端末から離れた場所にて、虹色に光る泡(コード:0612)の浮遊を確認。カノジョのみが視認。


また、泡は逆方向(下層)へ沈降中。泡が「沈む」という異常現象に注意。


観測を継続します。


──次回予告──


「声を失った者たち」


人魚の集落で見たものは――泡の会話、光の色、そして「泡になりたくない」と願う一人の少女。


「私、まだ、終わりたくない」


次回、カレシが初めて「記録」を諦める。


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