第2話 「鬼ヶ島取材班、結成」
1.
会議室の窓から這い出た一行は、うっそうと茂る山道を鬼ヶ島へと向かって歩いていた。
先頭を行くのは、腰に日本刀を差したやる気ゼロの英雄、桃太郎。
その後ろには、スターがどこから調達したのか「ディレクター」と書かれた紙の腕章を巻き、肩にレンズ部分がトイレットペーパーの芯でできた段ボール製のカメラを担いでいる。
「おい、その洋語で『Cannon』(かんのん:観音)って手書きしてる段ボールのカメラ、使い物になるのか? 呼び捨てとは罰当たりだぞ」
不機嫌そうな顔で後ろを振り返った。
「ノン、ノン、桃太郎くん、その顔。いいか、こうやって口角を上げるんだ。主役の放つアトモスフィアが観客を惹き付けるんだ」
ニカッとパーフェクトな笑みを太陽に照らしてみせると、スターはパシャパシャと口でシャッター音を鳴らしながら指示を出す。
「何だよ、その、あともすふぃあってのは。新種の怪獣か?……」
やる気なさげな声を漏らす桃太郎の口に、横からひょいと、細長いお菓子が突っ込まれた。
「あはは! 桃ちゃん、お顔が固いよー! はい、ポッキー追加!」
カノジョが満面の笑みで、桃太郎の口にポッキーを容赦なく突っ込んだ。
「あむ……んぐ。お前ら、緊張感なさすぎだろ」
そんな三人(と一箱のポッキー)の様子を数歩後ろから眺めながら、カレシは手元の情報端末を睨みつけていた。画面をフリックする指に、心なしかいつも以上の力が入っている。
「……フッ。カノジョが。……スターの演出にすっかり乗っかって。論理的に、あのカメラに光学的な記録機能など一切存在しないのに。……非効率極まりない」
隣を歩いていた青年が、ニヤニヤとした笑みを浮かべて肩を突っついてきた。
「あや、カレシくん。嫉妬? 俺、なんとなく未来が見えるんだけど気になる?」
「し、嫉妬!? 私が!?青年さん、無駄なことに予知を使わないでください」
カレシは眼鏡をキッと押し上げた。
「私はあくまで、中継セクターの記録担当として、データの正確性と業務の遂行能力を評価しているだけです。あの二人のスタンドプレーが——」
言いながら、端末を操作していた指が、無意識に強く画面を叩いていた。
その音が、青年の耳にやけに大きく響いた。
「…………ちょっと強く叩きすぎじゃね?」
「……あっ、すみません。何でもありません」
「まっ、何かあったら相談のるよ」
青年はお気楽に両手を頭の後ろで組んだ。
その後ろでは、腕を組んだ長老が、周囲の景色を厳しい目で見つめながら重々しく呟いていた。
「しかし、嘆かわしい。英雄たる者、戦う前からテンプラだの、コンパだの、耳慣れぬ言葉を口にし、あのような軟弱な態度とは。かつての英雄は、己の血をたぎらせて大義のために命を賭したというのに……」
「長老、それは『かつて』の、それも書き手側にとって都合のいい神話ですよ」
博士が歩きながらノートPCを開き、キーボードを叩く。
「現代、あるいはこのバグの発生した世界の価値観では、彼の主張は極めて真っ当な労働者の権利です。英雄神話という絶対的なシステムが、住人の精神に過度な負荷をかけている。私はこの歪みの構造に非常に興味がありますね」
「フン、理屈ではない! 物語には超えてはならない『品位』というものがあるんじゃ!」
長老が不機嫌そうに髭を震わせた。
二人の口論を余所に、隊長が大きな盾を構えながら、周囲の藪を警戒する。
「皆さん、足元に気をつけて!どんな世界であろうと、物理攻撃には、この強靭な肉体がお守りします」
「ふふ、頼もしいわね、隊長さん」
後ろから微笑ましく一同を見守る女将のさらに後ろ。雇い主は女将の言葉をイライラしながら聞いていた。
「むう……」(無駄な胸筋もこういう未知の場では頼りになるのか)
2
「――着いたぞ。あれが鬼ヶ島だ」
桃太郎が指差した先。
どんよりとした暗雲が立ち込める海の向こうに、文字通り角のような奇岩が突き出た、禍々しい島が見えていた。
「よし! 取材班、突撃だー!」
スターがカメラを構えて駆け出す。カノジョが「おー!」とそれに続く。
雇い主が「まぁまぁ、安全第一で!」
とおろおろと追いかける中、いつの間にか用意されていた小舟に乗り込み、ついに鬼ヶ島の門をくぐった。
不気味な静寂が漂う、黒い岩肌に囲まれた砦の広場。
そこには、赤鬼、青鬼、緑鬼といった、絵本で見た通りの巨体たちが集まっていた。
「出たな、鬼! 覚悟しろ!」
隊長が最前線に躍り出て、盾をガツンと地面に打ち鳴らす。
しかし。
鬼たちの反応は、一行の予想とは全く異なるものだった。
赤鬼が金棒を地面に放り出した。
「……あー、また来たよ。今回、何人死ぬ予定?宝はこっちが用意すんの?」
「は?」
隊長が拍子抜けした声を上げる。
桃太郎が横で小さく呟く。
「……来た早々、言うなって」
青鬼が、頭を抱えながら愚痴る。
「今回、どこのクルーよ? スケジュール、聞いてないよね?事前予約制だって、この前、決めたじゃん!」
「いや、俺、知らんし……」
桃太郎が気まずそうに目を逸らす。
緑鬼が諦めにも似た落ち着いた声で続いた。
「俺たちさぁ……毎回理由もなく殴られる役、もう嫌なんだよね。宝がそんなに欲しいなら持ってけば?」
「えっ……戦わないの?」
一番遠い所から雇い主が声を掛ける。
赤鬼が腕を組み、睨みつけた。
「戦うわけねえだろ。また同じ芝居やるのか?」
「拒絶……された?」
長老が驚きに目を見開く。
カレシは端末を凝視したまま、声を震わせた。
「信じられません……鬼たちのデータに、『過去の周回の記憶』が混在しています」
緊迫した空気が、砦の広場を支配する。誰も動けない。誰も言葉を発せない。
その沈黙を破ったのは、やはりカノジョだった。
「えー? 鬼さん、怒ってる? ……おにぎり食べようよ。レジャーシート、持ってきたんだ!」
全員の視線がカノジョに集まる。鬼たちでさえも、一瞬だけ呆気に取られた。
青鬼が冷たく言い放つ。
「…………お前、今の空気読める?」
カノジョはきょとんとして、大きく息を吸い込んだ。
「読めるよ! だってこんな気持ちいい空気、現代にも未来にもないもん。だからおにぎり食べるのっ!」
その返答があまりにもズレていたため、青鬼は何も言い返せなかった。
赤鬼は何か言いかけて——やめた。
「……なんか変な奴」
ほんの少し、鬼の表情が緩んだ。
鬼たちは知らなかった。カノジョのあの真剣な目が、おにぎりの食欲を満たせていない一点から来ていることを。
その横で、スターはカメラを下ろし、静かに呟いた。
「……悪役が降板した舞台か。……それじゃ拍手は起きないな。どうするかな……」
さて、おとぎ話の「悪役」たちから突きつけられた、痛烈な拒絶。
ドキュメンタリー取材班は、結成早々、世界の根深いバグの前に立ち尽くすことになった。
【システムログ:桃太郎セクター・観測エラー】
現実確率:95.1%
歪みレベル:中
――重要キャラクター(鬼)の発言に、設定外の自己意識を検知。
――なお、中継セクターの通信ログの端に、島陰の岩肌に『0612』の刻印を確認。
観測を継続します。
──次回予告──
「犬・猿・雉の楽屋会議」
きびだんご一個で命を賭けろって、マジで言ってんの?
次回、ブラック労働の現場から、衝撃の暴露が始まる!
──鬼ヶ島での記念撮影の様子はこちら──
【物語紀行_02】―鬼ヶ島取材班、結成―
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